402 ▽天輝士の憂鬱
砂をふるいにかけるような甲高い音が残暑の残る大気を震わせ、大型輝動二輪
王都エテルノの仰ぐような偉容が見えてきた。
ベラはブレーキを握りしめ、機体を減速させる。
後ろに続くグローリア部隊の隊員たちもそれに倣う。
街門が開いたのを確認。
ベラはアクセルを軽く回したまま低速で進んだ。
凱旋を称える市民たちに、仕事を終えた姿を見せるためだ。
「グローリア部隊の帰還だ!」
「エヴィル討伐お疲れ様です!」
「ベレッツァ様、ばんざーい! グローリア部隊、ばんざーい!」
人々の歓声を受けながら、市街を横切って王宮へと向かう。
王宮に入ると、まずは厩舎番に機体を預ける。
ベラはそのままグローリア部隊の会議室へと向かった。
剣と輝術を駆使した実戦任務。
その後は事務処理という面倒だが大切な仕事が待っている。
独立遊撃部隊という性質上、細かい雑務も自分たちで行わなければならないのだ。
多少団員が増えたとはいえ隊長であるベラが自室でゆっくり休んでいるわけにもいかない。
「ずいぶんとお疲れのご様子で」
王宮の廊下を早足に歩くベラに声を掛ける人物がいた。
壁にもたれるように立っているのは、海のような深青色の輝士。
アビッソである。
現在はグローリア部隊の副隊長。
本隊ではベラに継ぐ立場にある人物だ。
出会った当初こそ陰気臭い態度が気に入らない人物であったが、互いに剣を取り合って背中を預けてみれば、実によく働く気の良い男だということがわかった。
実力は十分。
元ロイヤルガードという立派な肩書きもある。
単に人付き合いが苦手なのだろうと、ベラは彼を評していた。
自然、彼に対しては自然に愚痴をこぼすことができる。
「ああ。こう毎日、出撃が続いてはな」
ベラの率いるグローリア部隊は通常の輝士団の枠組みに捉われない。
ただ、ひたすらにエヴィルと戦うことだけを目的に設立された部隊である。
設立以来、彼女たちは確かな成果を上げ続けている。
国内に三つ作られたエヴィルの小規模巣窟は一か月ですべて壊滅させた。
本拠を叩いたというのに、残存エヴィルの出現率は一向に減らない。
しかも何故か、きまって王都の周辺にばかり現れるのだ。
おかげで移動が楽という利点はあるが……
「部隊を三つに分けたのは、やはり失敗だったかな?」
ベラが内心で思っていることを、アビッソが代わりに口にする。
だが、それに賛同するわけにはいかなかった。
「レガンテやヴェルデ殿も苦労しているのだ。我々も頑張らなくては」
巣窟を壊滅させてほどなく、グローリア部隊は王都の本隊と別に二つの分隊を作った。
以前のように出発拠点を分けるための派遣ではなく、文字通り別組織として運営していくというシステムである。
それを提案したのはレガンテだが、反対する者は誰もいなかった。
エヴィルに組織的な活動が見られない以上、戦力は一極集中させるよりも分散させた方が効率がいい。
ヴェルデやブルといった古参の老兵たちには、北部のフィリオ市に向かってもらった。
この辺りは国境にも近く、場合によっては隣国まで足を伸ばすこともある。
彼らが呼びかければ協力する兵は現地でいくらでも集まるだろう。
そしてレガンテには、フィリア市に向かってもらった。
これは彼自身が希望したことである。
フィリア市は
魔動乱の時も、人間同士の戦争の時代にも、大きな被害を受けたことはない。
二か月前に都市内でエヴィル出没事件があったが、あれは特殊な事例だと言っていいだろう。
とはいえフィリア市が重要拠点であることは間違いない。
数々の
もしこの都市に異常が発生すれば、フィリア市だけに留まらず、
近年発達著しい
現在は
今まで被害を受けたことがないとはいえ、万が一の事がないとは限らない。
それに個人的にも、あの都市はベラの大事な故郷のひとつなのだ。
フィリア市は海に面し、山側に城壁を持つ天然の要塞である。
外部からの攻撃で危機に晒される要素はほとんどないと言っていい。
レガンテが持つ権限を使い、市内の輝士団を指揮すれば、十分に都市防衛は可能だろう。
だからレガンテは部隊から人員を割かず、単身でフィリア市に向かった。
本隊にできるだけ戦力を残しておいた方が良いという彼自身の気遣いだ。
はたして、ある意味それは正解だった。
レガンテは類まれな輝術戦士にして、輝攻戦士でもある。
彼を失ったことによる戦力ダウンは痛いが、それ以外の人員はほとんど再編成以前のままだ。
もっとも彼が危惧したフィリア市へのエヴィル襲撃は未だ行われておらず、もっぱらベラたちのいる王都周辺ばかりが、変わらぬ急がしさを見せているのだが……
「しかし、エヴィルは一体何を考えているのだろうな」
「何を、とは?」
ベラはアビッソと並んで歩きながら、先日以来の疑問を口にした。
「残存エヴィルを指揮していたケイオスは倒した。やつは死ぬまで対話を拒んだが、何らかの意図を持って我が国を攻撃したのは明らかだ。そのくせ本拠地の守りは余りにも脆すぎた」
「戦力を整える余裕がなかったんだろうよ。なにせ魔動乱から十五年も経ってるんだ。残存エヴィルだって、突然の決起に右往左往してるんじゃないか?」
「それだと拠点討伐後の残存エヴィルの動きに説明がつかない。ケイオスがエヴィルを指揮しているのなら、我々の反撃を予知した時点で周辺のエヴィルを集めるだろう。そうしなかったということは、国内に一定の勢力を残しておくためじゃないか?」
「巣窟にいたケイオスは捨て石にされたと?」
ベラは頷いた。
少なくとも、やつは自身が犠牲になってでも成したかった『何か』があった。
つまりあのケイオスの他に、この辺り一帯を束ねる、上位のケイオスが存在する可能性が高い。
だが、そいつの目的は一体何だ?
戦力を小出しにすることに利点があるとは思えない。
こちらは少数精鋭で迎撃しているのだから、消耗するのはエヴィルたちの方だ。
まるで、足止めだけが目的のような――
そこまで考えた時、聞き慣れたサイレンの音が耳を貫いた。
エヴィル出没の知らせである。
さすがに一日に二度の出撃は珍しい。
とは言え、絶対にあり得ないというわけでもない。
隊員の多くは三日に一度の休息をとるが、指揮官であるベラに休みはない。
そんな彼女を見かねたのか、アビッソもこのところは週六のペースで働いてくれる。
「やれやれ事務処理が片付きゃしない。こりゃ今夜も徹夜かな」
「ぼやくな。さっさと行くぞ」
ベラはその場で踵を返し、再び戦場へと向かった。
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