401 ▽怪しい誘い

「じゃあ、おれもグローリア部隊に入れてもらえるんですか!?」

「本隊員ではなく俺直属の特別編成分隊という扱いになるが、それでもよければ協力してほしい」

「します! おれなんかでよかったら、ぜひやらせてください!」


 実際に叩かれても無傷だったフォルテには、力を得た実感があるのだろう。

 レガンテの言葉に彼は何の疑いも持っていないようだった。

 しかし、ターニャは半信半疑である。


 輝力を与えるカードだって?

 そんな便利なものが、どうして今まで知られていなかったのか?

 個人差はあるようだが、一般人に輝力を与える道具なんて、かなり危険な代物なんじゃないか?


 仮に、そんなものが存在するとしてもだ。

 それが伝説級の道具で、国家によって厳重に管理されているのならまだわかる。

 グローリア部隊とはいえ、一輝士であるレガンテさんの独断で使用できるなんて、果たしてそんなことがあるのだろうか?


「お嬢さんも、試してみるかな?」

「え……」


 急に水を向けられてターニャは言葉に詰まった。

 正直に言えば、そのカードは怪しい。


「怖ければ無理にとは言わないよ」

「いえ、怖いわけでは……」

「こんな便利なカードが存在していて、それを私たちが持っていることが不思議なのか?」


 思っていたことを指摘され、つい視線を逸らす。


「君の疑問はもっともだ。だが、これは昔から輝士の家系で使われてきたものなのだよ」

「輝士の家系で?」

「そう。輝士となることが約束された人間は、幼い頃からこのカードを使って修行をしている。実際に輝力を使った英才教育を受け、成人する頃には優れた素質を開花させているという仕組みさ。今の天輝士も幼少の頃からこれを使って修行していたはずだ」

「へー、そうだったんだ。輝士の家系の人って、やっぱり生まれた時から恵まれてるんだな」

「私もこのカードに触れなければ、自分の才能を知ることもなかっただろう」


 フォルテはしきりに感心している。

 レガンテの言葉を完全に信じているようだ。


 だが、ターニャはどうにも疑わしさを拭えずにいた。

 さっきまでは踏み出す勇気が大事だなんて言っていたのに。

 今度はやたらと才能という言葉に拘っているのにも違和感がある。


「あら、そういえば今の天輝士って、この街の出身じゃなかったかしら」

「ベレッツァ先輩」


 ターニャが呟くと、レガンテは面白そうな顔をする。


「ベラを知っているのか?」

「私の通う学園の卒業生で、何度かお話したこともあります」


 現天輝士のベレッツァは、南フィリア学園の卒業生だ。

 二代前の天輝士を祖父に持ち、輝士課程は中学時代にすでに修了。

 在学中は剣闘部で三年連続二カ国大会優勝という、前人未踏の偉業を残している。


 加えて、容姿端麗で成績優秀。

 あのナータでさえ、彼女には及ばない。


 卒業と同時に輝士に就任。

 それからすぐに天輝士選別会に参加。

 史上最年少で王国最高の名誉を手に入れた、奇跡の才女。


 グローリア部隊も彼女が構想し、自ら設立した部隊だと言われている。

 年上の部下たちを率いてエヴィルと戦う天才美少女輝士。

 まさに現代の生きる伝説だ。


「それは、運命的なものを感じるわね」


 レティはレガンテの肩にしなだれかかりながら言った。


「試しに触れてみるだけでもいい、やってみないか?」

「そうだよ。もしかしたら、ターニャにもすごい力があるかもしれないよ」


 フォルテも一緒になって勧めてくる。

 輝士の家系に伝わるなどという胡散臭い話はともかく……

 彼がこれだけ夢中になっているんだから、自分も試してみたいという気持ちはあった。


「心配しなくても、触れるなら効果は持続しないよ。二度、三度と定期的に触れることで、始めて力を自分のものにできるようになるからね」

「力を与えたとたん、ハイさよならで悪用されたら困るからね」


 輝士二人にやんわりと詰め寄られるターニャ。

 この状況は、ほとんど脅迫みたいなものだと思った。


 ターニャは思い切って手を伸ばす。

 カードに指先が触れた、その瞬間。


「きゃっ!?」


 指先に電気が走ったような衝撃。

 ターニャは思わず手を引っ込めてしまう。

 光はカードの上で輪を描き、しばらく空中でくるくるとまわっていたが、やがて四散した。


 フォルテの時とは明らかに違う。

 輝力が自分の中に入って来なかった。

 これは、素質がないということだろうか?

 恐る恐る顔をあげると、レガンテたちはわざとらしい驚き顔をしていた。


「まさか、信じられん……!」

「もっとレアな子を見つけちゃったわね」


 いったい、何だ?


「輝力が体内に入ることなく弾かれた。君はすでに異質な輝力を持っているということだ」

「ど、どういうことですか……?」

「輝攻戦士にせよ輝術師にせよ、輝力は輝鋼石の洗礼を経て借り受けるものだ。しかし実は人間なら誰しもある程度の量を最初から持っている。それは輝術としては到底使えないほどの微量だが、ごく希に輝力容量が人並み外れて大きい人間がいるのだ」

「……天然輝術師!」


 ターニャはその言葉を口にする。

 レガンテはこくりと頷いた。


「輝力容量が大きくても、自分では気付かない場合がほとんどだろう。何らかのきっかけで輝術を扱えるようになった者のみが天然輝術師と呼ばれるようになるんだ」


 ルーチェの話がなければ作り話だと思っていた、天然輝術師。

 それが、まさか、自分も?


「け、けど、天然輝術師って、忌み嫌われたものなんじゃないんですか?」

「君は勉強熱心だね。その通り、本来なら天然輝術師はこの国に存在してはいけない、国家の平和を脅かしかねない危険な存在だ。だが我らグローリア部隊は国王陛下から対エヴィルのためにはあらゆる人材の登用を保障されている。天然輝術師だとしても我らの部隊に所属しているのならば何の問題もないだろう」


 部隊に所属しているなら……ね。

 そうでなければ許されないと暗に言われている。

 ターニャは見事に退路を断たれた形になってしまった。


「ちょっと、見ててね」


 レティが人差し指を立てる。

 すると、立てた指先に小さな火が灯った。


「わ、輝術!」

「やってごらんなさい」


 本物の輝術を見て驚くフォルテ。

 しかしターニャは落ち着き払っていた。


 レティの真似をして人差し指を立てる。

 そして、心の中に火を念じる。


 物語に憧れて、輝術の真似ごとをやったことくらいある。

 イメージを浮かべるのは問題ない。


 輝言も唱えていないのに、ターニャの指先に火が灯った。

 レティのより、少しだけ明るく大きく燃える火が。

 指を振ると、それはあっさりとかき消えた。


「すごいわね、初めてとは思えないわ」


 レティが感心したように言う。

 ターニャが生み出した火が自分のものより大きく力強かったことは、何とも思っていないようだ。


「すごい、ターニャすごいよ! おれもだけど、すっごい状況なんじゃないの、これって!?」

「ああ。私はこの出会いを運命だと思っている」


 レガンテさんが大仰に腕を拡げながら言う。


 ターニャは俯いていた。

 笑いをかみ殺しているのだ。


 運命なんて、白々しい言葉はどうでもいい。

 この人たちが何を考えているのかも、今のところは興味ない。


 だが、せっかくこんな力をというのだ。


 面白そうじゃないか。

 フォルテと一緒ならばなおさら。

 ターニャに断る理由は何もなかった。


「それで、私たちは何をすればいいんですか?」

「簡単なことだ。街の若者たちの中から、素質がありそうな子を探して連れてきてくれればいい。テストは私たちが行うから、君たちは気にせず仲の良い子にでも声をかけてくれ。もちろん最後の判断は当人たちの意思に任せる」


 若者限定……ね。

 その方が騙しやすいものね。


 ターニャは頷いて了解の意を示す。

 そして、とっくに冷めた紅茶を一気に喉に流し込んだ。

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