400 ▽輝鋼札

「え?」


 ターニャとフォルテの声が重なった、ちょうどその時。

 繕ってもらったターニャの服を片手に、レティさんが部屋の扉を開けた。


「おまたせ……って、どうしたの? 二人とも変な顔して」

「え、ええ? えええっ?」


 フォルテは驚き、レガンテとレティの顔を交互に見比べた。


「なぁに? レガンテ、あんたが変なこと吹き込んだんじゃないの?」

「そんなことはないさ。君と言う素晴らしい女性に出会えてよかったと、彼らに話していたんだ」

「ふぅん……まあいいけど。はい、ターニャ」

「あ、え」


 レティから服を受取る。

 さっきまではざっくりと破れていた袖。

 今は縫った跡が見えないくらいに奇麗に修復されていた。


 この短時間にこれほど完璧に直してしまうなんて。

 ターニャは少し驚いたが、さっきのレガンテの話から、あることに思い至った。


「輝術ですか?」

「まあね」


 この完璧さはプロの仕事か、あるいは輝術師でなければ成せる業ではない。

 やはりターニャの推測は当たっていた。


「じゃあ、本当にレティさんは、レガンテさんの師匠なの!?」


 目を見開いて大声で尋ねるフォルテ。

 そんな彼にレティは苦笑いで応えた。


「師匠なんて大それたもんじゃないよ。輝士証は持っていたけど、どちらかと言えば衛兵隊お抱え輝術師みたいな立場だったしね。剣術もさほど得意じゃないし。アタシは作法と業務のイロハを教えただけで、レガンテはほとんど自力で輝士になったようなもんさ」

「子どもたちの前だからって謙遜を」


 瞳を閉じてフッと笑う二人。

 ただの恋人でも師弟関係でもない。

 彼らの間には、不思議な繋がりがあるように見えた。


「今は王宮で働いてるんですか?」


 ターニャは素朴な疑問を口にした。

 休暇が終われば王都に戻るのだろうかと。


「実を言うと、今月からフィリア市に異動になったんだよ。今はまだ正式に着任してないから、つかの間の休暇を楽しんでるわけさ」

「へー。どうしてフィリア市に……」


 尋ねようとして、フォルテは途中で言葉を詰まらせた。

 左遷だとか、そういうことを想像したのだろう。

 失礼だがターニャもそう考えてしまった。


 二人の疑問は、本人に代わってレティが答えた。


「レガンテはね、グローリア部隊なのよ」

「グローリア部隊!?」


 またもターニャとフォルテの声はハモった。


「じゃ、じゃあ、輝攻戦士なんですか!?」

「そういうことになるかな。今年の夏からだがね」


 グローリア部隊。

 残存エヴィルの活性化に伴い、今年の夏に結成された、独立遊撃部隊の名称だ。


 部隊設立を提唱し、率いているのは偉大なる天輝士グランデカバリエレの称号を持つファーゼブル王国最強の輝士。

 その構成員もまた、国内の精鋭を集められた、選りすぐりの輝士ばかりだと言う。


 エヴィルの活性化からしばらくの間、ファーゼブル王国に住む人たちは誰もが恐怖に怯えていた。

 都市出入り制限のため、街壁の外をうかつに歩くこともできなくなった。


 しかし、グローリア部隊が結成されてからひと月半ほど。

 彼らはあっという間に、国内のエヴィルの住処を三カ所とも壊滅させてしまった。


 残存エヴィルの活動は弱まり、国内には一定の平穏が戻った。

 一般人の出入り制限はまだ解除されていないが、流通はやや回復傾向を見せている。


 すごい人どころではない。

 国内トップクラスの輝士が目の前にいるのだ。

 フォルテじゃなくても、その事実には驚くことだろう。


 ターニャもまさか、レガンテがそれほどすごい人だとは思っていなかった。


「国内にあるエヴィルの拠点はすべて潰したのでね。今は部隊を複数に分け、それぞれの方面監視に当たっているんだよ。こちらの輝士団にはまだ秘密だがね」

「秘密任務の遂行中ってことですか!?」


 フォルテの言い方はずいぶん子供っぽかったが、実際にその通りなのだろう。

 拠点を潰したのなら、あとは各地の残存エヴィルの掃討戦になる。

 中央に戦力を固めておくよりは分散した方が効率が良い。


 街の輝士団に秘密にしているのは、余計な権力闘争に巻き込まれないためか。

 貴族会にいるような古い老人達の煩わしさをよく知っているターニャは、そう想像した。


「まあ、そんなところかな。それだけが理由じゃないけれどね」

「他にも何か目的が?」


 ターニャは聞いてから、しまったと思った。

 秘密作戦の遂行中と言ったばかりである。

 詳しい話を民間人に教えるわけがない。


 怒られるかもしれない……

 と思ったが、それはなかった。

 レガンテはレティの方を向き、何事か相談する。


「どうかな、この子たちでいいと思うか?」

「アタシはかまわないよ。素直そうないい子たちじゃないか」

「そうだな」


 レガンテは頷き、真剣な目でターニャたちを見た。


「君たちに頼みたいことがあるんだが、聞いてもらえるか?」

「頼みたいこと、ですか?」


 聞き返すフォルテ。

 その声には期待の色が混じっていた。


「実は、このフィリア市にいるグローリア部隊のメンバーは、まだ私一人だけなんだ」

「え、どうしてですか?」

「本隊が人員不足なのでね。現地で戦力を補強しようと考えていたんだ」

「メンバーを募集してるんですか!?」


 フォルテが興奮して立ちあがる。 


「もともとグローリア部隊は現在の天輝士が独断で集めた部隊だからね。身分や役職に関わらず、国を守る気持ちと実力がある者なら誰でも大歓迎だ。別に正式な輝士じゃなくてもいい」

「じゃ、じゃあ、おれも……」


 その先を口にしようとして、フォルテは言葉に詰まった。

 グローリア部隊の任務はエヴィルとの戦闘である。

 自分にそんな力はないと気づいたのだ。


「すみません、なんでもないです……」


 希望に満ちていた彼の表情が、みるみるうちに落胆の色に染まっていく。

 すると、レガンテは何故か薄く笑い、懐から一枚のカードを取り出した。


「これは?」


 いくつもの幾何学模様が合わさった、不思議な図形が描かれたカード。

 レガンテはそれを何も言わずにフォルテの前に察し出す。

 フォルテが恐る恐るそれに手を触れると、


「わ、わわっ」


 カードが光を放った。

 光は塊となってフォルテの周囲を舞う。

 輝きは数秒ほどで収まり、やがて幻のようにかき消えた。


「ほう……」

「へぇ、あれだけの量を吸収しちゃうなんてね。ひょっとして、いきなりアタリかしら?」


 レガンテとレティは感心したような顔でフォルテを眺めていた。

 ターニャはもちろん、当のフォルテも何が何だかわからない様子だ。


「失礼」


 レガンテが傍らに置いてあった剣を掴む。

 と、それでいきなりフォルテに殴りかかった。


「フォルテ君!」


 突然の暴力。

 信じられない彼の行動に、ターニャは思わず叫んでしまった。

 鞘に収まったままとはいえ、あんなもので殴られたら、大怪我をしてしまう。


 しかし。


「え?」


 フォルテは何事もなかったかのようにきょとんとしていた。

 肩を強く叩かれた筈なのに、全く痛みを感じていないらしい。


「あの、今のは……」

「驚かせてすまない。君がどれだけの能力を得たか、確かめてみたくてね」


 能力を得た? 


 フォルテはまったく怪我をしていない。

 だが、あの勢いで寸止めということもないだろう。

 レガンテの剣を注視してみたが、どう見ても本物らしい重みがある。


「さっきは輝士以外からもメンバーを募集をしてると言ったがね。エヴィルと戦える力を持つ人間なんて、一般人の中に都合よくいるはずはないだろう?」

「だから、アタシたちは才能を持つ者を探しているのよ」


 レティさんはさっきの札を指先で挟み、顔の前でひらひらと振る。


「これは『輝鋼札シャインカード』というものなの」

「シャインカード?」

「輝攻戦士は知っているわね? 輝鋼石の洗礼を受け、借り受けた輝力で自分自身を強化することで、超人的な力を操る輝士のことよ」


 フォルテは頷いた。

 彼が知らないはずはない。

 輝攻戦士は男の子の憧れである。


「ただ、輝鋼石から引き出す輝力はあまりに協力すぎて、扱いこなすには厳しい修行が必要になる。対してこの輝鋼札は、触れた人の輝力容量キャパシティを自動的に察知し、無理のない範囲で輝力を与えてくれるのだ」


 レガンテさんがレティさんの説明を引き継ぐ。

 それは、実に驚くべき話だった。

 ……輝力を、与える!?


「輝力を授かった人間は簡易輝攻戦士とでも呼ぶべき力を得られる。といっても、普通は多少身体能力が強化される程度なんだがね」

「まれに、人並み外れて輝力容量が大きな人間もいるの。そういう子は少し鍛えるだけで即戦力になる。アタシたちは、その才能を持った人間を探しているの」


 二人の話をフォルテは茫然としながら聞いていた。

 すぐには受け入れがたい事実である。

 確認するよう、彼は尋ねた。


「おれが、その才能の持ち主ってこと……ですか?」


 レガンテは頷いた。


「君たちに頼みたかったのは、才能持つ人間を探すのを手伝って欲しいということだったんだ」

「もっとも、いきなりすごい才能の持ち主が見つかっちゃったみたいだけどね」

「マジか……!」


 フォルテはみるみる笑顔になっていく。

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