373 ▽栄光

「今の隊長さんは戦闘を通じて己が強くなってゆく感覚が楽しいのだろう。その気持ちは輝士としてわからんでもない」

「なんだアビッソ。まだ居たのか」

「居ちゃ悪いか、お前と違って俺は分析も仕事のうちなんだ」


 エヴィル討伐の帰路。

 レガンテとアビッソがいつものように仲良くいがみ合っている。

 そんな光景を横目で見ながら、ベラは自分の今の気持ちについて考えてみた。


 ……強くなっていくのが楽しい?


 そうかもしれない。

 剣士として、輝術師として、より高みを目指すのは至上の喜びだ。

 ただ、そんな向上心とは別に、ベラにはできる限り強くなっておきたい理由がある。


 やがて来る魔動乱の再来。

 その時には、誰にも負けない輝士なっておきたい。

 大切な人を守るため、あの子の一番近くで剣を取れる人間でありたい。

 それはベラの心からの願いであった。


「確かに、この一ヶ月でベラは本当に強くなったよ。いま試合したら手も足も出ないかもな」

「謙遜はよせ。今日も敵を仕留めた数はお前のほうが多いだろう」


 輝攻戦士でないハンデを物ともせず、ますます戦術の幅を増やしているレガンテ。

 集団戦の極意を実戦で学びつつ、次の戦闘に活かせる才能を持つアビッソ。

 二人とも、選別会の頃と比べて格段にレベルアップしている。

 一対一の戦いではまだ確実に勝てる自信はない。


 ちなみに、レガンテは輝攻戦士になるための洗礼を来週に控えている。

 それが終わったら、彼はすぐフィリオ市に行くことになっている。


 王都北部にあるフィリオ市では、先に向かったブルが部隊の支部を立ち上げた。

 すでにブルの元部下が何人か加入しているため、そこそこ戦力も潤っているようだ。

 とはいえやはり輝攻戦士は不足しており、戦力向上ためにはレガンテの一刻も早い移籍が必要なのだ。


「しかし若い才能とは恐ろしいものだな。隊長さんを見ていると、あの時の少年を思い出す」

「あの時の少年? 誰だ? お前の愛人か?」

「違う」

「危ねえ! 悪かったって!」


 アビッソがレガンテに輝動二輪を幅寄せ、二人揃ってよろける。


「……で、その少年ってのは?」

「以前に講師として輝士養成学校に行った時、短期間で驚くほど成長した学生がいてな」


 アビッソが輝士養成学校の講師をしていたという話は初耳である。

 達人である彼が一目置く学生がいるというのは実に興味深い。

 ベラは輝動二輪を走らせながら二人の会話に耳を傾けた。


「剣術に関しては群を抜いて優秀な生徒だった。しかし、教えたことを即座に吸収していく姿は驚きを通り越して脅威すら感じたほどだ。最終日の模擬戦は迂闊に手加減もできなかったしな」

「お前がそこまで言うなら、本当にすごいやつなんだろうな。輝士団入団は来年か?」

「去年に十七だったから、何事もなければ来年には入団する予定だったが……ダメになったようだ」

「どういうことだ?」

「聞いた話だが、少し前に学校を中退したらしい」

「中退? それほどの生徒が、なんでまた」

「理由は知らんよ。続けていれば期待の新人輝士になったろうに、もったいないことだ」

「穏当な理由なら良いが、そんなやつが山賊にでもなったら厄介じゃないか?」

「その心配はないだろう。腕は立つが、山賊なんぞに身を落とすタイプの男ではなかった。どちらかというと普段は控えめで、剣術以外は取り立てて突出したところもない生徒だったよ」

「よくわからないやつだな。なんという名前なんだ?」

「確かフェスタ……いや違うな、なんと言ったか……」


 二人の会話を聞いているうちに、気がつくと王都の城壁が見えてきた。

 それと同時に、強烈な眠気がベラを襲う。

 やはり戻ったらもう一眠りしよう。


「思い出した。たしか、ジュストという名だった。茶色い髪のごく普通の青年だったよ」




   ※


 よく晴れたある日の午後。

 ベラはサポォと一緒に王都の中央商店街を歩いていた。


「すまないな。色々と忙しいだろうに、わざわざ付き合ってもらって」

「いいえ。休日にベラ様とご一緒させてもらえるなんて、身に余る光栄です」


 普段なら城内の鍛錬室に篭もるか、会議室で出陣を待っている時間。

 この日のベラは、珍しく休暇を取って街に出ることになった。


 繰り返される戦いの日々。

 放っておくと一日たりとも休もうとしない。

 彼女の身を案じたレガンテたちに、無理やり休みを取らされたのだ。


 強がって見せても、疲労が溜まっていたのは間違いないようだ。

 その証拠に午前中はひたすら寝て過ごした。


「どちらに行かれますか?」


 サポォも心なしか楽しそうである。

 やはり、今日くらいは戦いを忘れてもいいだろうか。


 天輝士になってから、サポォと会う機会はめっきり減ってしまった。

 彼女は王宮の侍女室に転属になったため、雑務で何かと忙しい身である。

 今日はベラが侍女長に頼み込んで一日だけ付き合ってもらうことになったのだ。


「そうだな。とりあえず武具店を見て廻ろうと思う」


 一応、休息の表向きの理由は、武具の買い替えということになっている。


 ベラの愛剣は以前に祖父から譲ってもらったものである。

 輝鋼精錬された逸品であるが、長く使い続けていれば劣化もする。

 昨日の出撃の帰りに、とうとう刃毀れしているのを見つけてしまった。

 このまま闘い続けて、戦闘中に刀身が折れでもしたら、目も当てられない。

 

 輝士が使う剣は頼めば調達もしてもらえる。

 しかし、配給されるのは一山いくらの数打ち物である。

 もちろん配給品でも輝鋼精錬はされているし、それなりの強度もある。

 だが長く使い続けるなら、やはり職人の魂が篭った物が良いに決まっている。


 自分に合った武器を探すのも立派な輝士の仕事である。


「考えたのですが、グローリアというのはどうでしょう? スティーヴァ帝国時代に名を馳せた女将軍から取りました」


 サポォがいきなりよくわからないことを言い出した。


「何がだ?」

「ベラ様の特殊部隊の名前です」


 そう言えば、レガンテに押しつけられ、部隊の名称を考えることになったのだった。

 少し前に王宮ですれ違ったとき、サポォにも相談したような気がする。


 グローリア。

 南部古代語で『栄光』という意味だ。


「申し訳ありません。出すぎた真似をいたしました」


 ベラが黙っていたのを勘違いしたか、サポォは慇懃に頭を下げた。


「いや、そうではない。グローリア部隊か……悪くない名だと思う」

「本当ですか?」

「ああ、正式にそう命名しようと思う」

「よかった」


 サポォが胸をなでおろす。

 助かったのはむしろこちらの方だ。

 やはり、こういう時に彼女は頼りになる。


 自分にはおよそ名付けセンスというものはない。

 帰ったらレガンテに報告しておこう。


 肩の荷が一つ降りたところで、記憶を頼りに祖父行きつけの武具店を探していると、


「あれ、ベラじゃないか?」


 聞き覚えのある声に呼び止められた。

 視線を向けると懐かしい人物が手を振っていた。


「レスタ! 久しぶりだな、変わりないか?」

「あんたこそ……って、こっちは毎日映水放送テレビで見てるけどね」


 学生時代の旧友だった。

 思わず喜びの声を上げてしまう。

 少し照れながらサポォを振り返ると、彼女の目が「どなたですか?」と問いかけていた。


「南フィリア学園の同級生、レスタだ。こっちは少し前まで私のお側付きをしてした、サポォ」

「レスタだよ、よろしく!」

「サポォです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 気さくに手を上げて挨拶するレスタ。

 対してサポォは慇懃に頭を下げる。


「あのベラも、いつの間にかお側付きなんて侍らすような輝士さまになっちゃったんだねぇ……」


 正式な輝士になれば、新米であってもお側付きの一人くらいは当然である。

 しかし、輝士の常識など知らないレスタにとっては、ベラが大層な身分になってしまったように見えるみたいだ。

 まあ、今のサポォはベラ専属というわけではないのだが。


「立ち話もなんだから、うちの店に寄っていきなよ。お茶くらいおごるよ」

「そうだな……サポォ、いいか?」

「はい。せっかくのご学友との再会ですから、私のことはお気になさらず行ってらっしゃいませ」

「そうじゃなくて」


 ベラは買い物を後回しにすることを断ったつもりだったが、サポォは気を利かせて一人で帰ろうと思ってしまったらしい。


「そうだよ、サポォさんも一緒においでよ」

「ですが、せっかくのご学友との歓談のお邪魔に……」

「邪魔なものか。茶の席はみなで囲んだ方が良いものだ」

「そうそう、ベラの言うとおり」


 サポォはベラとレスタを交互に見比べる。

 少し悩んだような素振りを見せた後、嬉しそうに頷いた。


「では、ご馳走になります」

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