372 ▽特殊部隊の日々

 近隣にエヴィルの集団が出没したとの報告が入った。


 位置は王都とフィリオ市のほぼ中間あたり。

 近隣の警備兵が出した早馬で伝えられた情報によると、その数はおよそ二〇体。

 ゆっくりではあるが、王都を目指して南下中であるという。


 どこかの巣窟から抜け出したとの情報はない。

 フィリオ市の輝士団も、西部国境警備隊も、気がつかなかった。

 エヴィル共はまだ、こちらが知らない潜伏拠点を持っている可能性が高い。


「出撃する!」


 ベラは直ちに厩舎に向かった。

 整備させておいた輝動二輪に乗って出陣。

 レガンテとアビッソの二人もすぐ後をついて来る。


「飛ばしすぎだ、隊長。今からそんなんじゃ、到着した時の体力が残らないぞ」

「私たちが遅れれば、そのぶん誰かが被害に合う可能性が高くなる。一秒でも早く駆けつけたい」


 レガンテの諫言に毅然とした態度で反論するベラ。

 彼は軽く肩を竦めてみせたが、それきり何も言わなかった。


 一時間ほど走っただろうか。

 唐突に、周囲の空気が変わった。

 張り詰めたような妙な緊張感が漂っている。


「いるな……」


 そうベラが確信した直後。

 前方にエヴィルの群れが見えてきた。


「どうする、このまま突っ込むか?」

「決まっている」


 ベラはさらに機体を加速させる。

 輝言を唱えながら、特攻キーのレバーを引いた。

 機体の先端がランス状に変形し、全体が淡い光に包まれる。


「ギギィ!」


 先端のランスが先頭にいた魔蜘型エヴィルアラクネーを貫いた。

 ベラはさらに速度を増す機体から跳び下りる。

 同時に、唱えていた輝術を放った。


爆炎破弾フラゴル・エクスプロジオーネ!」


 炎が後続の魔犬型エヴィルキュオン二体を包む。

 その陰から飛び出してきた別のキュオンを抜き打ちで両断。


 瞬く間に三体のエヴィルを葬ったベラは地面に降り立った。

 その横を特攻キーを作動させた後続二人の輝動二輪が通り過ぎていく。


「さあて、いっちょ暴れますか!」

「数は少ないが、油断するなよ」


 三条の光が敵集団を貫く中、三人の輝士はエヴィルの群れへと立ち向かっていった。




   ※


「特殊部隊の人たちが帰ってきたぞー!」

「よくやってくれた! ありがとう!」

「ベレッツァ様、素敵ですー!」


 エヴィルを全滅させて王都に凱旋した三人は、民衆による盛大な歓声に迎えられた。

 ベラたちが結成した対エヴィル部隊はすでに国民も知っている。

 出陣の報は映水放送によって伝えられていたようだ。


「名声を求めていたつもりはないが……」


 このサプライズは素直に嬉しかった。

 自分のしたことが認められるのは、やはり喜ばしい。

 沿道の人々に手を振りながら、ベラは自然と表情を綻ばせていた。


 しかし、同時に心配もあった。

 ベラたちの部隊は輝士団の指揮系統から外れている。

 そんな自分たちに対して、嫉みの声が他の輝士から上がるのではないか?


 いくら天輝士とはいえ、内部からの反発はやはり問題だろう。

 他の輝士の見本になってこその偉大なる天輝士グランデ・カバリエレなのだから。


 厩舎の整備班に輝動二輪を預け、陛下に戦果を報告しに行った。

 その帰りにベラは元老院の顧問官に呼び止められた。


「ベレッツァ様、これを」


 渡されたのは、先日打診していた要望への返答である。




   ※


 翌日。

 部隊の会議室。

 ベラはレガンテとアビッソに元老院の決定を報告した。


「部隊の人員補充については、各隊から希望者を募るので、自由に選定されたし。輝士団内には新たに斥候部隊を設立し、国内各所でのエヴィル集団の早期発見に力を入れる。なお輝攻戦士の増加、および洗礼条件の引き下げについては、慎重に討議を重ねた結果その一切を棄却する……とのことだ」

「まあ、元老院の爺どもにしてはマシな答えなんじゃないか」


 アビッソは比較的満足そうである。

 が、やはりベラには納得がいく結果とは言いがたかった。

 輝攻戦士の増加は、国防における最重要課題だと、なぜ理解しないのか……


「斥候部隊の設立は素直にありがたいな。俺たちだけじゃ情報収集能力には限界がある」

輝工都市アジール間の移動規制も始まったし、それなりの危機感はあるってわけか」

「魔動乱の時の失敗を反省しているんだろうな」


 レガンテの言う移動規制のことは、ベラも先ほど小耳に挟んでいだ。

 規制が敷かれると、国内三大輝工都市アジールの出入りは厳しく制限される。

 もちろんフィリア市も例外ではない。


 あの方が……ベラにとって最も大切な人が帰ってくるのも、難しくなるだろう。

 今は大きな意思の元で物事が動いている。

 無用な心配と思いつつも気持ちが沈んでしまう。


「あとは、どれだけ志願者が集まるかだな。今日は数が少なかったから三人でも楽勝だったが、これ以上の規模になると、流石にオレたちだけじゃ手が回らない」

「俺もいつまでも居られるわけじゃない。最低でも輝術師が三、四人は欲しいな」


 レガンテはブルと共にフィリオ市に拠点を映す予定だったが、現在はまだ王都に留まっている。

 輝攻戦士になるための洗礼を受ける手続きに時間が掛かっているのだ。

 下手をしたらあと二、三ヶ月待たされる可能性もあるらしい。


 レガンテは現状でもアビッソとほぼ互角に闘える実力がある。

 対エヴィルにおいて、今のままでも十分頼りになる男だ。

 彼の穴を埋めるとなると、かなりの人材が必要だろう。


「心配することはないさ。何も今すぐ危機が迫ってるって訳じゃ――」


 アビッソが言いかけたとき、廊下を駆ける足音が遠くから響いてきた。

 足音は部屋の前で止まり、興奮気味の声とともに兵士がドアを叩く。


「王都北西部に、約三〇体のエヴィルが出現しました! 現在、近隣の警備隊が迎撃に当たっています! 特殊部隊の皆様方、出撃をお願いします!」

「……だとさ」


 アビッソは気まずそうに言葉を飲み込んだ。

 苦笑いを漏らすレガンテ。

 そんな彼を横目に、ベラはすぐさま厩舎へと向かった。




   ※


 それから、さらに一ヶ月の時が過ぎた。

 ベラ率いる特殊部隊の人数は三〇人にまで増えている。


 輝術師を中心に前線で戦うのはベラとアビッソ。

 未だ輝攻戦士になっていないレガンテは主に援護を担当する。


 驚いたことに、志願者の数は思っていたよりずっと多かった。

 選定の人数制限について上限を増やしてもらえるよう、元老院と揉めたほどである。

 対残存エヴィルの最前線で戦うベラたちの活躍は、輝士団全体の憧れの的になっているらしい。


 それ自体は嬉しい誤算と言える。

 だが、部隊の任務は決して楽ではない。

 エヴィルの群れは一ヶ月前にも増して頻繁に出没している。


 多いときは一日に三箇所。

 少ないときでも三日に一度は必ず。

 斥候部隊が定期的にエヴィルの群れを発見してくる。


 部隊設立から数えて、既に三〇〇体以上のエヴィルを退治している。

 人員が増えたおかげで、最初の頃に比べるとかなり楽にはなっている。

 が、それでも長距離の移動と戦闘の連続は、かなり隊員たちを疲弊させていた。


 現在は出撃の有無に関わらず、二日おきに隊員の三分の一が休息日を取るシステムとなっている。

 アビッソとレガンテも、敵の数が少ない時には交代で出陣を見送っていた。


 しかしベラほとんど休むことなく、全ての戦場で先陣を切っていた。


「大丈夫か?」


 今日もまた、街道筋に現れたエヴィルの群れを退治した帰りである。

 輝動二輪の操縦中にバランスを崩してよろけたベラに、レガンテが心配そうに声を掛けた。


「心配ない……少し眠いだけだ」

「昨日も夜中に叩き起こされたもんな」


 残存エヴィルは人間の都合などお構いなしに出没する。

 夜間は探索範囲が狭まるとは言え、斥候隊がエヴィルの集団を発見すれば、すぐさま王都に報告が入る。


 近隣の警備隊も駆けつけるため、即座に出陣せねばならないこともない。

 だが、ベラはどんな時でも報告が入り次第、輝動二輪を駆って現場に向かっていた。


 昨晩も深夜の一時から出陣し、帰ってきて寝付いたのが明け方のこと。

 昼前には別のエヴィル集団出現の報に起こされて、今に至る。


「お互い様だ、気づかいは無用」

「俺は適度に休みをもらっている。だが、お前はずっと戦い通しだろう。いい加減に体力も限界なんじゃないか?」

「眠いだけだと言っただろう。それに、日はほとんど戦闘を行っていない。休んだも同然だよ」


 今日の戦場は、エテルノから南西数十キロほど離れた場所だった。

 輝士団の出撃が間に合ったため、ベラたちが到着した時にはほとんどの敵は全滅していた。


 ベラたちの活躍に触発されたのだろう。

 最近では輝士団全体がエヴィル退治に積極的になり始めている。

 魔動乱の頃と比べ、より素早く適確になった対応には目を見張るものがある。


 今回のようにわざわざ出向くまでもなく、敵が全滅していることもしばしばあった。


「なにも、俺たちだけが張り切る必要はないんだ。疲れてたら休んだっていいんだぞ」

「本当に大丈夫だって。身体はむしろ調子いいくらいなんだ」


 ベラの言葉は決して強がりではない。

 エヴィルとの戦いが日常になって随分立つ。

 ここ最近は戦闘が始まると、身体が羽のように軽くなるのだ。


 戦いの勘が掴めてきたのだとベラは思っている。

 繰り返される実戦を経て、確実に強くなっている実感もあった。

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