356 ▽第二の選別

機械マキナ技術が発達してから……いや、それ以前か。人間同士の戦争が絶えてから、ファーゼブル王国は弱体化の一途を辿っている。それは魔動乱の時にはっきり露呈した」


 魔動乱初期、迫り来るエヴィルの群れに対して、ファーゼブルの輝士団は全くの無力だった。

 他の大国と比べて輝攻戦士の数が極端に少ないのもその原因の一つである。

 エヴィルの猛攻に対し、自国の防衛だけで精一杯だったのだ。


 輝術師を中心とした決死の防衛の甲斐あって、最終的に輝工都市アジールへの被害は全くなかった。

 だが初期の対応を誤ったせいもあり、いくつかの町村は壊滅、多くの難民を生んだ。

 輝士団の海外派遣を断り続けたため周辺諸国からの信頼も低下した。


 結果、常に対エヴィルの最前線に立っていたシュタール帝国や新代エインシャント神国と比べ、ファーゼブル王国の国際的な発言力は大幅に失われた。


 現在のファーゼブル王国は、五英雄のひとり英雄王アルジェンティオの功績と、機械マキナ産業の開発力及び輸出によって、なんとか地方の盟主たり得ているのである


「今も、国中の輝士がこんなお祭り騒ぎに興じている。こんな状態でエヴィルの攻勢が再開されたらどうなる? この国には絶対的に危機意識が足りないんだ。俺は未来の有事に備えるために、天輝士となって規範となる姿を周りに見せ、かつての栄光あるファーゼブル輝士団の姿を取り戻したい……そう思って、この選別会に参加したのだ」

「そうか」


 そっけない返事だが、ベラは素直に感心していた。

 この男はファーゼブル王国の未来を本気で憂いているのだ。 

 天輝士を志す理由に違いはあれど、信頼できると思うようになってきた。


「……同感ですね。僕も今のファーゼブル輝士にはうんざりしていますよ」


 背中を刺されたようなゾッとする悪寒が走った。

 ベラは剣の柄に手を掛けて背後を振り向く。

 そこには見知らぬ男が立っていた。


 深海のような青い髪。

 急所だけを護る軽装な銀色の鎧。

 どことなく気だるげで、陰気そうな印象の男だった。

 胸につけてるバッヂを見るに、彼も選別会に参加した輝士だろう。


 一体いつから後ろに立っていた?

 誰かがいるような気配はまるで感じなかった。

 レガンテと会話していたとは言え、話しかけられるまで気付かないとは……


「さっきも会ったね。何の用かな?」


 レガンテに焦りは見られない。

 こいつの存在に気付いていたのだろうか。


「魔動乱が終わり、平和な時代が訪れてはや十五年。あんな時代はもうやって来ないと誰もが無根拠に信じている。それが市井の民ならまだわかるが、輝士団までが平和ボケしているという現状には心底から辟易する。あなたの言うとおり、これではいけない」

「そいつはどうも……で、君は誰なのかな?」

「アビッソです。お見知りおきを」


 男は名乗り、足音を立てずに近づいてきた。

 ベラは思わず剣を抜きそうになったがぐっと堪えた。


「第三の選別で相見えるのを楽しみにしてますよ」


 男はそれだけ言うと、ベラの返事を聞かずに去って行った。


「薄気味の悪い男だな」


 レガンテが呟いた。

 その感想には同意せざるを得ない。


「知り合いか?」

「第一の選別で同じチームだった。それだけだ」


 第三の選別とあいつは言った。

 それは参加者同士が刃を交える実戦試合である。

 つまり、ベラたちはあの男から宣戦布告されたわけだ。


「あの男は本陣の防衛を任されていたが、仲間の陰に隠れつつ敵を死角から狙うという戦法をとっていた。不意打ちだけで七人も討ち取っている」

「七人?」

「今回の集団戦では二位の成績らしい。やり方はともかく、かなりの実力者であるのは間違いない」


 出会ったばかりでなんとも言えないが、あいつからは得体の知れない嫌な感じがする。

 ベラのチームの十一番といい、本当に書類選考はまともに行われているのだろうか?


「ちなみに、一番多く敵を倒した選手の記録は九人だ」

「それはどこの誰だ」


 レガンテはにやりと笑い、立てた親指で自分を指した。




   ※


 ファーゼブル王国は今でこそ機械マキナ先進国としての側面が大きい。

 だが、かつては西の新代エインシャント神国と並び、東の輝術大国と呼ばれていた時代もあった。


 シュタール帝国の星輝士と違い、天輝士には輝術を用いた総合力の高さが求められる。

 輝士でありながら高度な輝術も扱えることが天輝士となる絶対条件なのだ。


 第二の選別は大勢の観客がいる中での輝術披露だ。

 もちろん、輝術学校で習うような初歩の術では意味がない。

 よほど高位の術か、あるいは自ら編み出したオリジナルの術でなければ。


 術の性質をよく理解し応用すれば、新しい輝術を開発することもできる。

 とはいえ、口で言うほど簡単にできるものでもない。


 必要なものは膨大な知識と経験とセンス。

 そして飽くなき反復練習である。


 そういった輝術研究者の中には、自ら開発した術を公の場で使用することを嫌う者も多い。

 参考書に書かれていないような輝術を見る機会は、輝士であっても多くはないのだ。

 だからこの輝術披露も、第一の選別とは違った意味で盛り上がっていた。


 観客席から見上げる形の特設舞台。

 そこでは第一の選別を通った選手たちが、次々と派手な高位輝術を披露していた。


 さすがに天輝士を目指すだけあって、選別会の参加者たちは強力な術を多く習得している。

 上空から炎を降らせる者。

 地面から雷の刃を撃ち出す者。

 ほとんどが第三から第四階層の派手な攻撃輝術を使っていた。


 とは言え、第二の選別はあくまでパフォーマンスである。

 これらの殺傷力の高い術を人間にぶつけるわけにはいかない。


 ベラの番がやってきた。

 舞台上に彼女が姿を現すと、客席から野次が飛んだ。


「おい、こりゃまた別嬪さんが現れたよ」

「なんだぁ、第一の選別ってのは顔の良さだけでも通るのかよ!」


 ベラはそれらの言葉をまったく気にしない。

 肩に担いだ袋を下ろし、目を瞑って意識を集中した。

 そして、古代語で紡がれる輝言――術の発動に必要な言葉を唱え始める。


光舞桜吹雪フィオーレ・ディ・チリエージョ


 詠唱を終え瞳を開く。

 ベラの周囲に花びらが舞った。

 一つ一つがキラキラと輝く、まるで光の花吹雪だ。


「おいおい、演芸会じゃねーんだぞ!」


 派手な術を期待していた観客が文句を言う。

 採点席に座る輝術師たちも怪訝そうな顔で見ていた。


 まあ、見てろ。


 ベラはその場でしゃがみ込んだ。

 そして、持ってきた袋から鋼鉄製の兜を取り出す。


閃熱果実フラル・フルッタ


 手にした鉄の兜を無造作に放り投げ、それが光の花びらに触れた。

 瞬間、兜はズタズタに切り裂かれ、複数に分割された鉄片が舞台上に散らばった。


「おおっ!?」


 観客からざわめきの声が上がる。

 鋼鉄の防具を紙のように切り裂いた光の花吹雪。

 その正体は、触れればすべてを焼き切る超高温の閃熱フラルである。


 さらにベラは袋の中から可愛らしいクマのぬいぐるみを取り出した。

 観客席がざわつく中、ベラは一言だけ輝言を付け加える。


光花ル・プリム


 そして、ぬいぐるみを採点席の方へ放り投げる。

 誰もが兜と同じくズタズタになるぬいぐるみの姿を想像しただろう。

 しかしぬいぐるみは光の花吹雪の中を無傷で通過し、みごと審査員の机上に着地した。


 会場全体が静まり返る。

 光の花びらがすべて地面に落ちた。

 それは地面を溶かすことなく、幻のように消えていく。


 ベラは一礼して台上から降りた。

 直後、盛大な拍手が観客席から沸きあがった。




   ※


 舞台の反対側の階段から降りる。

 途中、ベラは足下をふらつかせた。

 周りに気付かれないよう背筋を伸ばして前を向く。


「みごとな術だった。その独創性もさることながら、たった一行付け加えるだけで術の性質を変化させるとは、まことに恐れ入ったよ」


 目の前に先ほどの青髪の輝士がいた。

 たしか、アビッソと言ったか。

 次はこの男の番なのか。


「他の参加者たちはなにもわかっていない。詠唱が長いだけの強力な術など、そこらの輝術師を集めて数を放てば十分代わりになる。その点、あなたの術は一度発動してしまえば身を守る鎧にも、味方を護る結界にもなる。数多の戦場を駆ける天輝士にふさわしい見事な術だったよ」

「輝術は得意でな」


 やたらと饒舌に話しかけてくるやつだ。

 とは言え褒められているようなので素直に受け取っておく。


「しかし、あんな素晴らしい術をここで使ってしまってよかったんですかね?」

「構わないよ。見たからと言って簡単に破られるような術ではない」


 オリジナルの術を他人に見せるのを嫌う人間が多い理由は一つ。

 どんな強力な輝術であれ、対策さえ練られてしまえば効果は半減するからだ。

 エヴィル相手の実戦ならともかく、次の第三の選別では参加者同士の試合が待っている。


「いえ、あれほどの術なら、消耗も激しいのではないかと思いましてね。今も足元がふらついておられたようですし」

「……っ」


 アビッソの指摘の通りである。

 光舞桜吹雪フィオーレ・ディ・チリエージョの欠点は、その消耗の激しさにあった。

 術の性質変換という特異な現象を発生させるため、第六階層に相当する輝力を消費してしまう。

 詠唱にかかる時間も長く、気軽に実戦で使える術でもない。


「忠告痛みいる。だが、心配は無用だ」

「左様で」


 アビッソはクックッと笑い、ベラの脇をすり抜けて舞台に上がった。

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