355 ▽衛兵隊長

「おおおっ!」


 気合いの声を発しながらベラは機体を疾走させる。

 こちらに気付いて槍を向けた敵軍の輝士の攻撃を掻い潜り、剣で胴体を叩く。


「ぐむうっ……!?」


 リーチの差はベラにとってハンデにはならなかった。

 自分の剣術は先輩の輝士たちにも通用する。

 それどころか、苦手だった輝動二輪も、今はこんなに上手く操れてる。

 このスタイルこそ、自分にとって最良の戦い方なのかもしれない。


 六人の敵輝士を打ち倒してもベラの勢いは止まらない。

 次の攻撃標的を目掛けて疾駆する。


 正面には一人の輝士。

 その敵に狙いを定めた直後。

 後ろから物凄い勢いで迫ってくる駆動音が聞こえた。

 先ほど闘技場の端に置いてきた十一番だった。


 まさか、この期に及んで同士討ちをするつもりもないだろうが……

 ベラは前方に注意を払いつつ、念のため機体を停止させた。

 その脇をすり抜け、十一番は眼前の敵に向かっていく。


「こうなったら、俺も一人くらいはっ!」


 集団戦はすでに終盤に差しかかっている。

 ほとんど何もしてこなかった十一番は焦っているようだ。

 このままでは、生き残ったところで失格になるのは目に見えている。


「ふん……」


 勇敢にも敵に迫っていく姿は、一人の輝士として認めてやれないこともない。

 しかし、十一番が敵の機体まで数メートルの距離に迫ったその時。

 敵の輝士は突然持っていた槍を放り投げた。


「なっ!」


 思わぬ行動に十一番は機体を急停止。

 直後、敵輝士がいきなり加速した。


「ぐげっ」


 懐から剣を抜き、十一番を斬り付ける。

 十一番はあっさりと吹き飛ばされ落馬した。

 鎧の上からとはいえ、かなりのダメージだろう。


 敵の輝士はそのままベラに迫ってくる。


 ――面白い!

 相手はベラと同じ。

 槍を捨て、剣で挑んできている。

 ならば正々堂々と相手をするのが、輝士としての礼儀というものだ。


 二人の距離が近づく。

 すれ違う直前、敵の輝士は機体を急減速させた。

 ベラは勢いのまま剣を振り抜くが、軌道が僅かに逸れる。


 二人の剣が交差し、甲高い音を立てる。

 タイミングをずらされたため、相手の攻撃を受ける形になった。

 が、易々と武器を落とすほど軟弱な握力はしていない。


 敵の輝士と視線が交わる。

 青い瞳、金髪の青年輝士だ。


 ――この男、出来る!


 ベラはこいつがこれまでの相手と違うことを悟った。

 輝動二輪の操縦技術も非常に巧みである。

 このまま抜ければ背後を取られる。


 全力で加速すれば振り切ることも可能かもしれない。

 しかし、それは一騎討ちを避けたも同然だ。


 一瞬の葛藤。

 その後、ベラは機体を反転させた。

 そのまま逃げるより、男との決着を望んだのだ。


 だが、機体を向けると同時に、金髪の青年輝士は剣を鞘に収めた。

 ベラはアクセルを捻らずに金髪剣士を睨みつける。


「どういうつもりだ」

「確かに、君の剣技は素晴らしい」


 金髪輝士は落ち着いた声で応える。


「しかしその反面、輝動二輪の扱いはまだまだだ。このまま戦えば間違いなく俺が勝つ」


 ベラは内心で舌打ちをした。

 悔しいが、この男の言う通りである。


 並の輝士が相手なら、一撃で打ち倒せば問題ない。

 だが、この輝士の強さは本物だ。

 このままやりあえば必ず長期戦になる。

 そうなれば慣れない騎馬戦という不安が一気に圧し掛かってくる。


「この場で失格にするには惜しい。別の機会に全力の貴女と剣を交えてみたいし、それに――」


 輝士が言い終わるより速く、闘技場に銅鑼の音が鳴り響いた。


「もう時間切れだ」




   ※


「やあ」


 選別終了後、ベラは結果を待つため控え室へと戻ろうとしていた。

 その途中の廊下で先ほどの金髪輝士に呼び止められた。


「もしよかったら、少し時間をいただけるかな?」

「ちょうどいい。私もあなたと話がしたかった」


 不利な状況ではあったのは認めよう。

 しかし、コイツはっきりと「自分が勝つ」と宣言した。


 ベラはあれをケンカを売られたものと認識している。

 向こうから会いに来なければ、こちらから探し出してやるつもりだった。


「そう睨まないでくれ。言い方が気に障ったのなら謝る」


 が、意外にも彼は温和な物腰で、丁寧な自己紹介を始めた。


「レガンテだ。フィリオ市衛兵隊の第一分隊長を務めている」


 意外な相手の立場にベラは拍子抜けした。

 わずかに刃を交えただけだが、彼の剣術が優れているは理解した。

 あれだけの技量の持ち主、てっきり隊長クラスの輝士だとでも思っていたのだが……


 衛兵隊と言うことは、輝攻戦士でもないだろう。


 選別会ではあらゆる技量が試される。

 第三の選別からは輝攻戦士化も解禁される予定だ。

 記念参加をしただけの、輝攻戦士でない者はたいていそこで脱落する。

 だから本気で天輝士になりたいのなら、まずは正当なルートで輝攻戦士を目指すのが常道なのだ。


 自分以外にも無茶を承知で参加をしている人間がいる。

 ベラは彼に対して奇妙な親近感を抱いた。


「ベレッツァだ。親しい者はベラと呼ぶ」

「よろしく。俺のことは名前で呼んでくれ」


 挨拶は交わしたものの、互いに握手は求めない。

 選別会の参加者である以上、今は敵同士。

 簡単に気を許すつもりはない。




   ※


「新米輝士が六人も討ち取るなんて、前代未聞の記録だろうな」


 控え室へと向かう道すがら、自ずと二人は肩を並べて歩く。


「ブランド氏の孫娘が参加しているという噂は聞いていたが、まさかこんな美人だったとはね」

「からかっているのか?」

「本心さ。やはり幼い頃から祖父に習って修行を?」


 ベラとしては競合相手と馴れ合うつもりはない。

 答えるべきか迷ったが、レガンテの態度に悪意はない。

 少しくらいは会話に付き合ってやってもいいだろうと思った。


「物心ついた時から剣を握らされ、十五の頃には一通りの輝士修行を終えていた」

「なるほど。そもそも年季からして、先任輝士にも劣ってないわけだ」


 正式な輝士になるためには、いくつかの資格が必要になる。

 まず、ある程度の年齢になったら、現役輝士の側付きを行わなくてはならない。

 そこで剣術作法から日常生活のあり方まで、あらゆる輝士らしさを徹底的に学ぶのだ。


 昔は輝士の家に生まれたら、ベラ位の年齢で修行を始めることは当たり前だった。

 が、教育制度が整った現代では、輝士学校を卒業してから修行に入るのが一般的である。


 これは同時に輝士の高年齢化という弊害をもたらしているが、王宮輝士にある程度の知識水準を保つためには仕方がないことである。


 ベラのように、高等学校卒業と同時に輝士になる人間は今では珍しい。

 生まれてこの方、ベラは輝士となるために育てられてきた。

 同世代は元より先任の輝士にも負けるつもりはない。


「その若さで天輝士を目指すのも、あながち早すぎるというわけではないのだな」

「貴方は何故、選別会に?」


 ベラほどではないが、レガンテも相当に若い。

 さすがに年齢は聞けないが、おそらくまた二十代だろう。

 まともな出世コースで衛兵隊長にまでなったのなら、十分たいしたものだ。


 しかしそれ故に、周りの目を気にする立場でもある。

 衛兵隊にも選別会への参加資格はあるが、まず出場者はいない。

 周囲の輝士に睨まれてもなお、天輝士を目指そうと思った理由があるのだろう。


「ベラは今のファーゼブル輝士団をどう思う?」

「どう、とは?」

「いくら強いと言っても、君は去年まで学生だった女の子だ。そんな君に現役の輝士が六人も討ち取られた。国を護る者として余りに弱過ぎると思わないか?」


 ベラは眉を吊り上げてレガンテを睨みつけた。

 やはりこの男も、自分を女と思ってバカにしているのだ。


 お前が勝てたのは、相手が輝士として落第点だったからだ。

 自分が強いなどと勘違いするなよ。

 つまりはそう言いたいのだろう。


「私の力が本物かどうかは貴方自身が確かめてみるといい」

「ああ、違う違う。言い方が悪かった。君を低く見ているわけじゃないんだ」


 レガンテは歩みを止め、手を振って取り繕う。

 そして真面目な表情で語りはじめた。


「君は強い。しかし彼らは正式な輝士だ。最低限、各部隊で定められた日々の修練も積んでいるはず。俺が言いたいのは、この国の輝士の質が低下しているんじゃないかという話だよ」


 言われてみれば、その通りだ。

 ベラは自分の剣術に絶対の自信がある。

 それにしても、あまりに手ごたえがなかった。


 正式な輝士になってから、何度か訓練には参加した。

 だが、いつも周りの輝士たちは本気を出していないように見えた。

 手抜きならばそれはそれで許せないことであるが、もしあれが全力だったら?


 作法や伝統ばかりを重んじて肝心の戦い方を忘れてしまったのか。

 そんなが輝士ばかりの現状は、強く憂うべきかもしれない。

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