354 ▽優先順位

 集団戦開始の銅鑼ゴングが鳴った。

 砂を振るいにかけるようなエンジン音が一斉に響く。

 輝士たちの駆る輝動二輪の排輝の煙が、大型闘場を白く染めた。


「攻撃部隊、前へ!」

「了解!」 


 こちらの攻撃部隊が一斉に敵陣に向かって駆けて行く。

 ベラは一人で右翼の防衛地点へと移動した。

 さて、ここからどう出るか――


「よぉ」


 戦況を読むべく中央に目を向けていると、後ろから声をかけてくる者がいた。

 ゆっくりと輝動二輪を近づけるのは、先ほど口論になった男である。

 胸に付けているバッヂの数字は十一番と書いてある。

 名も知らないし、十一番と呼ぼう。


「暇してるだろうと思ってな、お喋りしに来てやったぜ」

「配置にもどれ。お前の担当は本陣の防衛だろう」


 戦闘前に絡んだこともあって、ベラは一応この男のポジションを覚えていた。

 守りの要である本陣の防衛役は下手に動いてはいけない。

 この男がしているのは明らかな命令無視である。


 この集団戦は単に己の力を振るうだけが目的ではない。

 規律を守り、チームのために力を尽くすことが評価に繋がる。

 そうでなければ、ベラも真っ先に攻撃部隊に参加していただろう。


「いやいや、隊長から命令を受けたんだよ。いくら戦略的意味の薄い地点とはいえ、配置の穴に余剰戦力を裂くのは当然だと思うぜ」

「なんだと?」


 配置の穴、という言葉が耳に引っかかった。


「ほら、言ったそばから来たぜ」


 複数の駆動音が正面から近づいてくる。

 槍を構えた輝士が三人、横に列を成して攻めてきた。


「搦め手から切り崩すのは集団戦の常套手段だ。端っこに配置されたからって、サボっていられると思ったら大間違いだぜ」


 ベラの属するチームは本陣一点突破を狙う短期決戦狙いである。

 それに対し、敵は防御を固めつつ遊撃部隊が着実に戦力を削っていく戦術のようだ。


 伏兵を用いて守りの薄い所を攻める。

 ベラはこんな所に単独で配置された理由がわかった。

 相手の戦術を見極め、敵兵を引きつける役目を担えということだろう。


 つまりは囮である。

 だが、かえって好都合だ。

 二対三ではやや分が悪いが、守りきれば評価は高いはずだ。


「先制攻撃で右端の輝士を仕留めるぞ。私が突入するから、貴様は左から廻ってかく乱を――っ!」


 連携の指示を出した、その直後。

 十一番が槍を構えてこちらに突進してきた。


 ベラはとっさに機体を前進させる。

 十一番の機体はベラの後ろを通り過ぎていった。

 もし避けなければ、彼の槍は今ごろベラに突き刺さっていただろう。


「ひゅー、危ない危ない。上手く避けたね!」

「……おい、どういうつもりだ」


 仲間割れをしているような状況ではない。

 ベラは内心の怒りと動揺を押し隠し、努めて冷静に問いかける。


「へへ、悪い。手が滑った」

「貴様」


 冗談ではない。

 十一番の槍は間違いなくベラの胸元を狙っていた。

 避けるのがもう少し遅かったら、落馬……

 いや、落馬で済めばマシだ。

 下手をしたら串刺しになっていた可能性もある。


「たあぁっ!」


 敵の輝動二輪部隊が迫ってきた。

 三つの槍は全てベラだけを狙っている。


 防御は不可能と判断。

 ベラはあえて機体を前に進めた。

 体を沈め、槍先をくぐり抜けるように突撃を躱す。


「くっ……」


 体重移動で後輪を滑らドリフトせ、素早く機体を反転させる。

 これは習得までにかなりの練習を要した高等テクニックである。

 輝動二輪を直進させることしかできない輝士など、戦場では役に立たないのだ。


 ともあれ攻撃を避け、相手の後ろを取ることに成功した。

 これで十一番と相手を挟み撃ちする格好になった。

 ピンチから一転のチャンスである。


 ……はずなのだが、


「そういうことか……」


 敵は全員、機体を反転させベラに槍を向けた。

 反対側にも敵がいるに関わらずに、だ。


 敵の大将は古参のベテランである。

 ベラを抜いても本陣は防衛隊に固められている。

 戦術的に意味の薄い場所に三機も寄こすのは不自然なのだ。


「へへ……まんまと誘い込んでやったぜ」

「お前はこのまま前進しろ。本陣脇に伏兵がいて、こっちから攻めれば簡単に落とせるはずだ」

「ありがたいが、この女が地べたを這い蹲るところを見てからにするぜ」


 敵輝士と十一番が会話している。

 つまり、こいつらはグルなのだろう。

 自分が高評価を得るため、互いに味方の情報を流し合っているのだ。


「輝士の風上にも置けない、腐ったやつらだ」


 自己利益のため敵と共謀するなど、味方全体に対する裏切り行為に等しい。

 本当の戦争ではないとはいえ、王宮輝士団に所属する者として言語道断である。


「なんとでも言え。戦いは結果がすべてだし、どっちにしろてめえはここで終わりなんだよ!」


 たしかに、裏切りを責めたところで意味はない。

 ここでベラが失格になれば、後で何を言っても結果は覆されないだろう。


 なんとか凌ぎきるしかない。


 突撃槍という武器の特性上、多数を同時に相手にするのは難しい。

 普通なら囲まれた時点で敗北は必至だが、ベラは諦めるつもりなど微塵もなかった。


「おら、行くぜお嬢ちゃん!」


 敵輝士の一人が前進してきた。

 こちらを侮っているのか、単機で攻めて来る。

 好都合だ、相手の槍先を狙って武器を弾いて、反撃の機会を――


「おらっ!」

「っ!」


 しかし、敵の槍はベラの体を狙わなかった。

 腰を低く屈め、乗っている輝動二輪の前輪を突き刺そうとする。


 機体に攻撃を受ければ耐えようがない。

 間一髪の所で急発進。

 攻撃をかわす。


「次ィ!」


 次の敵輝士がすぐさま同じように前輪を狙ってくる。

 それを避けたら、残った三人目が。

 さらに反転した最初の敵が。


「くっ、こいつら……」


 敵は執拗に機体ばかりを狙ってくる。

 体を狙われるのなら、まだ捌きようもある。

 だが、これでは攻撃を避けるだけで精一杯である。

 ましてやベラは、まだまだ輝動二輪の操縦が不得手なのだ。


「ほらほら、逃げてるだけじゃ勝てねえぞ!」


 弱点を突くのは戦術の基本。

 集団攻撃も卑怯などと言うつもりはない。

 だが、これは伝統ある天輝士の選別会である。

 相手の乗り物を狙うなど、輝士として手本となるべき姿とはとても言えない。


「貴様ら、いい加減にしろ!」


 思わず怒り任せに叫んでしまう。

 敵輝士たちはニヤニヤと笑っている。

 波状攻撃は止まらず、代わりに十一番が応えた。


「そりゃ褒められるやり方じゃねぇが、戦いは勝てりゃそれでいいんだよ」

「これは名誉ある天輝士を選ぶ試合だぞ!? 卑怯なやり方で地位だけを手に入れて嬉しいか!」

「伝統だとか格式だとか、そんなもんにこだわってどうする。王国の盾たる輝士が負けたら守るべき民も守れねえんだよ。どんなときでも最良の手段を用い、なんとしてでも敵に勝つのが、真の輝士ってもんだろうが!」

「……!」


 ベラは言葉を失った。


 十一番の言っていることは正しい。

 ああ、間違いなく、嫌になるほど正しい。

 自分の名誉と護るべき人、どちらが大切かなど、比べるまでもない。


 甘えていたのは自分の方だった。

 不覚にも、敵の言葉がベラの心を動かした。

 ベラは左手でブレーキを引き、機体を停止させる。


「おっと、覚悟を決めたか?」


 ベラは答えない。

 顔を俯けたまま、そっと呟く。


「守るべき者を守るため、か……」

「どうやら諦めたみたいだな。おい、さっさとその女を引きずり倒せ」


 十一番の声に呼応するように、敵輝士の一人が機体を走らせた。

 前輪を狙ってくるその敵輝士めがけて、ベラは持っていた槍を投げつける。


「なっ!」


 ベラの行動は予想外だったのだろう。

 敵輝士はとっさに機体を傾け、投擲を避けた。

 バランスを崩しそうになりながら、なんとか体勢を立て直す。


「悪あがきを……だが、武器を捨てたってことは、負けを認めたってことかよ!」


 敵輝士は再びベラに槍を向ける。

 その額には冷や汗が浮かんでいた。


 対して、ベラは余裕の笑みさえ浮かべていた。

 腰の剣を抜き、水平に構える。


「けっ、何のマネだそりゃ。まさか槍相手に剣で闘おうってんじゃねえだろうな」


 輝士の武器と言えば剣というのが一般的である。

 だが、それはエヴィルとの戦闘が多くなった魔動乱以降の話。

 かつて人間同士の戦いが主流だった頃の会戦では、槍でと弓で闘うのが当たり前だった。


 今でも輝動二輪に乗ったまま闘う時は槍を使うのが普通である。

 生きるか死ぬかの戦場では、リーチの長い武器を使う方が有利なのだから。


「剣が槍に通用しないかどうか、試してみるがいい」


 ベラは左手でアクセルを捻り、機体を走らせた。

 敵は槍を突き出し、懲りもせずに前輪を狙ってくる。


 攻撃が何処に来るのかわかっていれば避けることは難しくない。

 直前でハンドルを切り、槍先をかわし相手の懐に飛び込む。

 そして、すれ違いざまに手にした剣を一閃!


「ぐおおおおおっ!?」


 ベラの斬撃は敵輝士の鎧の隙間に命中。

 攻撃を受けた輝士は叫声を上げながら落馬した。


「まず一人」

「おのれ、小娘!」


 二番手の敵輝士がベラに迫る。

 今度はベラの体を真っ直ぐ狙い、槍を向けてくる。


 ベラは敵の動きを確実に見切っていた。

 剣で槍先を弾き、そのまま機体を前進させる。

 突進する勢いのまま、脳天めがけて刃を振り下ろす。


「ぐげっ」


 敵輝士が地面に投げ出された。

 直後、派手な音を立てて乗っていた輝動二輪が倒れる。

 ベラは倒した敵を顧みることなく、無防備に立ちすくんでいる三番手へと向かった。


 その喉元に渾身の突きをお見舞いする。

 敵輝士は声も上げずに吹き飛んだ。


「二人、三人」


 剣を手にすればベラは無敵だ。

 体の一部と言えるほどに馴染んだ柄の感触。

 切っ先はベラの思う通り、相手の急所を正確に捉える。


 たとえ騎馬戦の定石からは外れようとも、リーチの差など問題ともならなかった。


「ば、バカな……こんな」


 残ったのは裏切り者の十一番。

 ベラは彼を嘲りを含んだ表情で睨みつけた。

 裏切り者でも味方である以上、攻撃するわけにはいかない。


「命拾いしたな」


 ベラは十一番を無視して機体を翻した。

 時間とともに戦局もだいぶ変わった。

 敵味方ともに数も減っている。


 中央部に駆けるのは今だ。

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