353 ▽第一の選別

「ベ、ベラさま、何もあんなに挑発しなくても……」

「気にするな。私があの程度の男たちに遅れを取ると思うか?」

「周りからも顰蹙を買ってますよぅ」


 サポォの言う通りである。

 唐突に起こった喜劇のような余興。

 それが終われば後に残るのは新米輝士に対する不快の念だけだ。


「あいつ、本気で参加するみたいだぞ」

「見世物としては面白かったが、選別会を甘く見すぎだ」

「輝士と言うものがまるでわかっていない。次に恥をかくのは自分だというのに」


 ベラの不遜な態度は周りの輝士たちの心証を悪くした。

 正面から突っかかった男は滑稽で哀れだが、新米輝士、しかも女がいい気になるのは許せない。


 選別会本番ではそれをわからせてやろう。

 そんな風に考えている周囲の気配がひしひしと伝わってくる。


 この状況はベラにとって好都合だ。


「そうだな。これで負けるわけにはいかなくなった」


 自信の作り笑いを浮かべるベラ。

 サポォは戸惑いと不安の混じった複雑な表情をしていた。




   ※


 その様子を少し離れたところで見ている男がいた。


「ベレッツァと言ったか、なかなか骨のある女だな」


 金髪の輝士である。

 木にもたれ掛り、腕を組んでいる。

 彼のお付らしい若い輝士が預けた剣を運んできた。


「あの人、僕と同期なんですけど、輝士叙任の最終試験を一番の成績で突破したんですよ。なんでも、十歳にも満たない頃から、先々代の天輝士相手に剣術の手ほどきを受けていたとか」

「大口を叩くだけの自信はあるということか」

「けど初年度で選別会に参加するのは、さすがに逸りすぎだと思うのですが……」

「誰だってそう思うさ。ファーゼブル輝士団はそれほど甘くはない」

「そういえば、レガンテ様はどうして今回の選別会への参加を決められたのですか?」

「俺とて男だ。それなりの野心は持っている」


 レガンテと呼ばれた金髪の輝士は、その端正な顔に笑みを浮かべながら、中庭を去っていくベラの後姿をジッと見つめていた。




   ※


 選別会の日は快晴に見舞われた。

 真夏の日差しが焼けるように熱い。

 加えて、お祭り気分の見物者も多く集まっている

 舞台となる城内闘技場周辺は、異様な熱気に包まれていた。


 今次選別会の参加者は四十人を超えると言う。

 王宮勤めの隊長クラスはもちろんのこと、フィリア・フィリオ両輝工都市アジールの常駐輝士、果ては国境警備隊に至るまで、多くの輝士たちが今日のために王宮へと集まっていた。


「ベラ様」


 出場選手に割り振られた控え室の小屋。

 輝動二輪の整備を行っていたベラは作業の手を止めた。

 背後からの声に振り向くと、サポォがドリンクを差し出している。


「ありがとう。そこに置いておいてくれ」


 礼を言ってベラはまた整備作業に戻る。

 第一の選別は輝動二輪に乗馬しての乱戦である。

 全参加者を二つの部隊に分け、それぞれが大将の指揮の下に槍を向け合う競技である。


 人間同士が争う戦乱の時代、輝士は乗馬して槍で戦うのが通例だった。

 第一の選別で行われるのはその時代の再現。

 半ばショー的なイベントである。


 とはいえ、落馬すれば即座に失格である。

 最後まで残ったとしても、競技中の振る舞いが輝士としてそぐわないと見なされれば、第二の選別には進めない。


 ベラは剣での戦いには慣れている。

 しかし、輝動二輪に乗馬しながらの戦いも、槍の取り扱いも得意ではない。

 もちろん多少の心得はあるが、新米輝士であるが故の経験の薄さは如何ともしがたいのだ。


 競技で使う輝動二輪は王立厩舎からの貸し出し品である。

 不備はないはずだが、万が一にも整備不良で落馬したら笑い話にもならない。

 輝士たるもの、命を預ける愛機の手入れくらいは、自分の手でやっておきたかった。


「くくく……何かに集中していないと不安な気持ちはわかるが、無駄な足掻きは止めておけ」


 聞き覚えのあるダミ声がした。

 ベラは無視しようとしたが、


「きゃっ」


 サポォの短い小さな悲鳴が聞こえ、手を止めて振り向いた。

 彼女を押しのけてベラの背後に立つ男。

 先日、口論となった輝士だ。

 今日は胸に参加者の証であるバッジを付けている。


「なにか用か」

「張り切りすぎて空回りしてるルーキーにアドバイスをしてやろうと思ってね。この炎天下にあまり根を詰めすぎると、本番前にバテちまうぞってな」


 控え室の小屋は窓もなく締め切られている。

 その上、多くの参加者たちで溢れかえっている。

 こうして黙って座っているだけでも汗が吹き出るくらいだ。

 周りを見回せば、ほとんどの参加者が水分補給しつつ、体力温存に務めている。

 ベラのように輝動二輪の整備を行っている者はごく少数だ。


「気づかいは無用。それより、お前こそ負けたときの言い訳を考えておいたらどうだ? 新米輝士に敗れたとあっては部下に会わせる顔もないだろう」

「言ってくれるねぇ。どうなっても知らねぇからな」


 男は怒りを堪えた表情で捨て台詞を吐き去っていた。

 ベラはその後ろ姿を見ることもなく作業に戻る。


「ベラ様ぁ。あの人、こっちの控え室にいるってことは、少なくとも最初は味方なんですよ……」

「知らないよ。あっちが絡んできたのが悪い」

「あと、いくらなんでも先輩相手にお前呼ばわりはマズイですよ」

「先輩だろうが関係ない。あんなやつはお前で十分だ」

「それから……」

「まだ何か言うのか」

「あの人の言うとおり、少しは休んでください」


 改めて後ろを振り向いた。

 サポォはジュースを差し出した格好のまま、泣きそうな顔で固まっていた。




   ※


 第一の選別は、東西に分かれての模擬集団戦である。

 各軍の大将は選別会参加者ではなく、古参のベテラン輝士が務めている。

 彼らは選別会の参加者ではないが、どちらも自分自身の名誉をかけて試合に望んでいた。


 同時に、大将二人は選別会の審査員も兼ねている。

 選別会の参加者は必ず彼らの指示に従わねばならない。

 もし勝手な行動をすれば、即座に失格となる可能性もある。


「その紙に記されている番号が、貴様らの初期配置だ。各々の役割をしっかりと弁え、輝士として最高の戦果を上げてこい」


 ベラの番号は三十四。

 所属する青軍では右翼の防衛を命じられていた。

 彼女としては最前線で大将の首を取りに行きたかったが、命令ならば仕方ない。


 倒した敵の数がそのまま評価に繋がるわけではない。

 防衛を任された者は、敵の侵攻を阻むことに全力を挙げる。

 新米に当てられる役割としては上等な部類だと納得し、全力を尽くすことにしよう。


 戦闘用に作られた輝動二輪は、民間に出回っているものと異なっている。

 左手一本で操作できるが、そのぶんパワーもあり操高度な操縦技術が要求される。

 騎乗に慣れていない者が扱えば、右手を離した瞬間に振り落とされてしまうこともある。


 不安定な輝動二輪を操縦しながら戦うことの難しさは、毎日の訓練で身に染みている。

 だが経験は浅くとも、天輝士に選ばれるためには苦手だなんて言っていられない。


 ブリーフィングが終わる。

 ベラはすぐに陣地の右端に輝動二輪を移動させた。

 この辺りに配置されているのはベラひとりだけだった。

 攻撃隊は全体の約半数をもって、正面突破を行う作戦である。


 戦場中央では大乱戦が予想される。

 その様子次第では、何もできずに終わってしまうかもしれない。

 戦局の変化を見極めつつ、時期を見計らって何らかの活躍をしなければ。

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