346 ◆星輝士の実力

 相手の提案で、場所を変えることになった。


 やってきたのは空の見える中庭。

 中央にはだだっぴろい円形の舞台がある。

 大昔は奴隷闘士グラディアトルたちの闘場として使われていたものらしい。

 現在では輝攻戦士の訓練場、及び非公式御前試合の際に使われているとのことだ。


「武器を選べ」


 兵士がいくつかの剣や槍をアタシの前に運んできた。

 もちろん、アタシはそのどれも使うつもりはない。


「いらないね。素手で十分だ」


 アタシにはこの格闘術がある。

 母さんも武器は一切使わずに一番星に上り詰めた。

 その力を受け継いでいるアタシにとっても、この拳はどんな武器よりも頼りになる。


 二番星は何も言わずに闘技場に上がった。

 スラリと音を立てて剣を抜く。


 一見で摸造剣とわかる赤茶けた胴の剣。

 輝士にとっては訓練用、強度が高い代わりに殺傷力のない護胴剣である。


 帝城に乗り込んで星輝士にケンカを売るような無法者が相手とはいえ、殺し合いの決闘をするつもりはないみたいだ。


「ねえ、まさかそんな武器でヤルつもり?」


 アタシは二番星に指を突きつける。

 途端に周りで見ている兵士たちがざわついた。


「星輝士相手に無礼な口の利き方を……!」

「親の七光りの小娘が!」


 怒ってる、怒ってる。

 上等だ、イザとなったら全員やる気で暴れてやる。


「せっかく相手になってもらって悪いんだけど、アタシは全力の星輝士とヤリたいの。オモチャの剣で戦ったから勝てませんでしたとか、後で言い訳して欲しくないしね」

「そうか」


 アタシの挑発にも二番星ゾンネは顔色一つ変えない。

 なかなか冷静なヤツだ、図体だけのなんとか指南役とは違う。


 けれど、甘く見られるのは許せない。

 アタシはずばりと要求を突きつけた。


「なって見せてよ、輝攻戦士に」


 万物に宿るエネルギー、輝力。

 輝工都市アジールでは輝流という形で機械マキナの動力となる。

 輝術師はその力を呼び出し、さまざまな形に変化させ輝術を使う。


 そして輝攻戦士は、莫大な輝力を秘めた輝鋼石の洗礼を受け、体内に輝力エネルギーを取り込むことで、常人離れした戦闘を可能にする。


 国家守護にあたっては高位輝術師と並んで必要不可欠な存在である。

 歴史上の高名な輝士は僅かな例外を除いてほとんど輝攻戦士だ。

 もちろん、星輝士は全員が輝攻戦士で構成されている。


 実際にこの目で見たことはない。

 けれど、その力はまさに一騎当千と言われている。


 アタシはその輝攻戦士を倒すことを目標に修行をしてきた。

 かつて、素手の格闘術で輝攻戦士を倒すことを目標にした一族がいるという。

 今もどこかに末裔が残っているらしいが、本当に輝攻戦士を倒したかどうかは定かではない。


 アタシが今日、その伝説になってやる。


「なってみせてよ。それとも、負けた時の言い訳を残すために本気を出せないの?」

「はあ……」


 二番星ゾンネの口から大きな漏れる。

 それと同時に、彼の体が突然、光り出した。


 いや、光っているのは彼の周りに漂う小さな粒だ。

 輝粒子とかいう、輝攻戦士が闘うときに発する燐光。


「お前は輝攻戦士を甘く見ている」

「ふん、甘く見ているのはどっちだか教えて――」


 瞬間。

 アタシが言葉を言い終わるより先に、二番星ゾンネの姿が消えた。


 どこに行った――

 そう思った時には、すでに終わっていた。


「う……!」


 アタシの首筋に護胴剣が触れていた。

 それも、刃は後ろから伸びている。


 ゾンネはいつの間にかアタシの背後に回っていた。

 生まれて初めて味わう戦慄という感情。

 これがもし、実戦だったら。

 アタシは自分の死の瞬間すら気づけずに終わっていただろう。


 コイツがその気ならアタシはもうこの世にいなかった。

 一瞬で勝負が着いたことに対する悔しさすら感じる余裕はなかった。


「くっ、このっ!」


 恐怖を振り払い、アタシは後ろを振り向いて拳を打ち込んだ。

 すでに勝敗は決しているのだから、醜い抵抗だとはわかっている。

 この行為が相手の怒りに火をつけるだけの結果になるかもしれないということも。

 しかし。


「な……!?」

「満足したか?」


 アタシの拳は確かにゾンネの腹に当たった。

 けれど、その一撃は相手にわずかなダメージすらも与えない。

 まるで地面に固定された岩を殴ったみたいに、ゾンネは微動だにすらしていなかった。


 全力で打ち込んだアタシの拳は、岩すら砕く破壊力がある。

 倒すことは無理でも、直撃すればよろめく程度はあってもいいはずだ。


「これが輝攻戦士だ。どれほど修練を積もうと、生身の人間には傷ひとつつけられん」


 敵うとか闘えるとか、そういう次元じゃなかった。

 それはまるで、象に挑む蟻のよう。

 次元そのものが違っている。


 これが一騎当千の輝攻戦士。

 これが帝国を守護する星帝十三輝士シュテルンリッター


「帝城に乗り込んで星輝士に私闘を挑むなど、本来なら極刑ものだが……」


 呆然とするアタシに、二番星ゾンネは冷たく言い放つ。


「先々代の名に命じて今回だけは見逃してやる。早々に立ち去り、これに懲りたら二度と馬鹿なマネはしないと誓うんだな。世間知らずのお嬢様」


 何も言い返せなかった。

 これまでアタシは力に絶対の自信を持っていた。

 人より多くの記憶と才能を持って生まれたんだから当然だ。


 存在そのものがズルみたいなものだから。

 ルールのない戦いなら絶対に誰にも負けるわけがない。

 修行だって念のためにしただけで、本気を出せば星輝士だって楽勝だと。


 アタシは今、自分がどれだけ愚かで、驕り高ぶっていたのかを思い知った。


「ほっほっほ。そういじめるでない、ゾンネよ」


 重い空気を引き裂くような、飄々とした老人の声が響いた。

 アタシとゾンネ、それから周りの兵士達も一斉に視線をそちらに向ける。


「あのノイの娘なのじゃ。少しくらい元気があってもよいではないか」


 真っ白な髪。

 今にも折れそうなよぼよぼの体。

 着ているのは上から下まで灰色一色の服。

 手にした杖を左右に振りながら、ケタケタと笑っている謎の老人。


 そいつはゆっくりと闘技場に近づいてくる。


「わしはプルート。こんなナリをしておるが星帝十三輝士シュテルンリッターの一番星じゃ。まあ、お前の母親の後釜じゃよ」


 一番星だって?

 この爺さんが?


「もっとも、ノイが引退したせいで順番が周ってきただけのお飾りの一番星に過ぎんがの……まったく、どいつもこいつも老人をこき使い過ぎじゃ。このゾンネが望むのなら今すぐにでも一番星の座を譲って隠居したいと思っておるのじゃが」

「私は一番星の器ではありません。プルート様には引き続き我々を導いていただかねば困ります」

「これ、この通りでな。いつまで経っても引退できん」


 二番星ゾンネが畏まっている。

 どうやら本物の一番星のようだ。

 見た目はよぼよぼの老人でも輝攻戦士化すれば相当に凄いのだろう。


「そこでじゃ、ヴォルモーントと言ったか?」

「あ、はい」


 名前を呼ばれ、思わず返事をしてしまう。


「おぬし、わしの弟子にならぬか?」

「弟子?」

「側付きと言っても良い。輝士を志す若者は誰もが現役の輝士に仕えて側で学ぶものじゃ」


 それはもちろん知っている。

 普通、見習いの経験なくては正式な輝士にはなれない。

 アタシはそれが面倒だと思ったから、こんな強攻的な手段をとったわけで……


「輝士になるためには学ぶことも多い。数々の試験にも合格せにゃならん。おぬしはその有り余る才能だけで何とかなると思っておったようじゃが……」


 図星を指された気まずさに視線を逸らす。

 そんなアタシに一番星のじいさんはニカリと笑いながら言った。


「その才能をわしに預けてもらえば、一年で一人前の輝士にしてやるぞい。今は輝鋼石の管理も厳しい。才能頼りの力自慢だけで輝攻戦士の洗礼許可を得るのは不可能じゃぞ」

「プルート様、お戯れはその辺りで……」

「戯れなものか。ゾンネよ、自分の左胸を見てみよ」


 老人に杖を向けられ、ゾンネの顔色が変わった。

 彼が着込んだ軽装鎧ライトアーマー、その胸元に小さなヒビが入っていた。


 それがアタシの攻撃でついた傷だということに、アタシ自身もすぐには気付かなかった。


「バカな、輝鋼精錬された特注の鎧だぞ……しかも俺の輝粒子を破って衝撃を与えたというのか!?」

「な、末恐ろしいじゃろ」


 闘技場にぴょこんと飛び乗った老人――

 もとい、星輝士一番星のプルートは、人の良さそうな笑みを浮かべたまま、


「おぬしはすでに己の内に輝攻戦士以上の力を秘めておる。ただ、その扱い方を知らんだけじゃ」


 もう一度アタシに向かって同じ事を尋ねた。


「どうじゃ。わしの元で修行してみんか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る