347 ◆洗礼と覚醒
それから、アタシの輝士修行が始まった。
学校に籍は置いたままたけど二度と通学はしなかった。
家から王宮に通って、ほとんどの時間をプルートの下で過ごした。
正式な輝士になるため修行を始めたことを母さんに話すと最初は嫌な顔をされたけど、
「仕方ないわね。まあ、プルさんの下なら安心か」
と、納得してくれた。
修行は思っていたのと全然違っていた。
やるのは主に輝士としての礼儀作法を学ぶこと。
その他は学校とたいして変わりなく、ひたすら勉強と輝士試験の対策ばかり。
闘い方の稽古はつけてくれないのかと文句を言ったこともあるが。
「おぬしの闘い方はおぬし自身が一番よく知っておる。わしが余計な色をつけるつもりはないわい」
結局何も教えてくれなかった。
これなら独学で学んだ方がマシじゃないかと思ったこともある。
あまりに物足りないので、暇な時間はよく訓練室で自主訓練をしていた。
プルートはそれに対して何も言わなかった。
そして、一年が過ぎた。
アタシは試験に合格して正式な輝士になった。
もともと勉強はそれほど苦手じゃなかったし、実技テストは楽々突破できた。
もちろん、アタシはこんな程度で満足するつもりはない。
「次の目標は輝攻戦士じゃな」
正式な輝士の称号を得ても、やることは同じだった。
本来は正式な輝士になったらすぐに王宮に務めなきゃいけない。
けど裏で何かしてくれたのか、プルートの一言で輝士としての仕事は全て免除された。
「輝攻戦士は段階を踏んで出世する通常の輝士の階級とはまるでわけが違う。才能がない者はどんなに努力しても認められんし、才能のあるヤツは半年でチャンスが巡ってくることもある。せっかく見込んだ弟子に才能がないとわかったときの気まずさといったら、筆舌に尽くしがたいわい」
「アタシには才能があると思う?」
「馬鹿を抜かすな。先々代一番星の血を受け継いで、帝城に殴りこみをかけるような大馬鹿者じゃ。それを現役一番星が鍛えておるんじゃから芽が出ない方がおかしい」
そう言ってプルートはまた笑う。
はたして三ヵ月後。
アタシは輝攻戦士の洗礼を受ける許可を得た。
※
洗礼と言っても、輝鋼石に触れて念じるだけ。
長ったらしいのはそれを行う前の儀式やら手続きやらだ。
輝鋼石を安置してある神殿は厳重な警備が幾重にも施されている。
市民代表の役人、王宮輝士、聖職者が十数人ずつと、輝鋼石守護の輝攻戦士が三人も控えていた。
輝鋼石は輝術師や輝攻戦士の力の源として使われるだけじゃない。
近年は
いくら厳重に警備してもやりすぎということはない。
しかし、朝五時に神殿入りして、実際に洗礼を受けるのが夜の十一時っていうのはどうかと思う。
オマケに洗礼前の三日間は飲まず食わずって決まりがある。
もう心身ともにクタクタだった。
禊が終わった後、寝袋のような変な服に着替えさせられた。
あちこちに錠前がついていて、動きにくい上に重いったらありゃしない。
洗礼の時には手も足も自在に動かせない。
両脇を抱えられて輝鋼石の元まで運んでもらう有様だ。
なんでも、洗礼を受けると同時に力が暴走するのを防ぐためらしい。
そんな心配しなくても暴れたりしないわよ。
輝鋼石の安置されている部屋は、わざとらしいくらい仰々しかった。
蝋燭の薄明かりに照らされた室内の壁は磨かれた大理石。
真っ赤な絨毯が続く先は短い階段になっている。
その最上段、女神の像を象った台座の上に、八角形の巨大な宝石が置かれていた。
初めて見る輝鋼石。
ぱっと見の印象は水晶のよう。
ただし大きさはアタシの背丈の数倍もある。
宝石は蝋燭の灯を浴びてキラキラと光を照り返し、七色に反射して辺りに奇妙な色合いを振りまいていた。
「手を前へ」
錠前の一つが外される。
拘束衣の隙間から手を出せるようになった。
そのまま抱えられて台上に上がり、輝鋼石の前に運ばれる。
遠くで見ている時はただの水晶にしか見えなかった。
けれどこうして目の前に立つと、吸い込まれそうなほどに美しい。
迂闊に触れてはいけない。
触れれば取り込まれ別世界に連れて行かれてしまう。
そんな錯覚すら覚えるような、不思議な深みのある石だった。
「手を前へ」
アタシはハッとする。
いつの間にか輝鋼石に見とれていたようだ。
言われた通り、あらためて輝鋼石に手を伸ばす。
手が触れた。
不思議な感触だった。
全力で殴っても壊れそうにないほど固い。
少し力を込めれば簡単に突き抜けそうに柔らかい。
掌が張り付くほどに冷たいのに、母さんの手のように温かい。
触れたばかりなのに、永遠に等しい時間が流れたような気にすらなる。
現実感がなくなっている。
まるで夢の中にいるような気分だった。
体が喪失し、アタシという存在だけがここに残される。
「――」
アタシを抱えた男たちが何かを言っている。
その言葉はアタシの耳に届かない。
肩を触れられたような気がした、次の瞬間。
爆発が起こった。
いや、実際に何かが爆発したわけじゃない。
アタシの中で、そうとしか言えないような輝力の奔流が巻き起こっていた。
「あああああっ!」
体が燃えるように熱い。
輝鋼石から強烈な波にも似た輝力が送られてくる。
覚悟するようにとは言われていたけど、まさかこれほどとは。
いや、違う。
輝力はアタシの……
体の内側から迸っている。
「お、おい、止めろ!」
「ダメだ近づけん! くそっ、なんて輝力だ!」
拘束衣の中で拳を握りしめる。
そのまま力いっぱい腕を振り上げる。
暴走した輝攻戦士の力でさえ押さえつけるはずの拘束衣が、あっさりと裂けた。
拘束衣を破って中から這い出る。
なんとも言えない開放感で満たされていた。
物理的に体の自由を取り戻したってだけじゃない。
これまで鍵をかけ、閉じ込めていた本当の力。
それを輝鋼石の洗礼というきっかけを経て取り戻すことができた。
「ほっほっほ。予想以上じゃわい」
聞き慣れた声に振り向く。
赤絨毯の先にはプルートがいた。
その後ろには十人ばかりの男女が立っている。
どいつも見覚えがあった。
現役星輝士の面々だ。
「力を与えられるどころか、己の中に眠っていた内なる力を解放したか。まるで炎のような輝粒子。シュタール帝国史上、最強の輝攻戦士の誕生じゃ。もしおぬしが力に溺れて暴走したとしても、もはやわしは止める術を持たぬ」
「安心して、そうはならないわよ」
そう、これはアタシの力。
これが本当のアタシなんだ。
ただ眠っていたものが目覚めただけ。
居並ぶ現役星輝士たち相手に余裕を持ってにらみ返せるほどに、今のアタシは落ち着いている。
「本日を持ってワシは一番星を引退する。これより帝国すべての輝攻戦士を交えた星輝士再編成を行うが、おぬしも参加するかね?」
「もちろんよ」
シュタール帝国には星輝士以外にも十数名の輝攻戦士がいる。
普段は与えられた任務に従事しているが、その多くは星輝士に任じられることを望んでいる。
星輝士再編成は全ての輝攻戦士にとってのチャンス。
再編成はほとんどの場合、引退者が出た時をきっかけに行われる。
引退した人物が基点となって、それより下位のシャッフルが行われるのが一般的だ。
一番星の引退となれば、総入れ替えが慣例なのだ。
「あくまで編成の参考程度じゃが、陛下の前で御前試合を行う予定じゃ。お主の相手はゾンネを予定しているが不服はないかね?」
現在の二番星ゾンネは、当然ながら次期一番星の筆頭候補だ。
その相手を新米の輝攻戦士が務めるなんて、分不相応もいいところである。
本来、輝攻戦士の力というものは簡単に扱えるようなものじゃない。
苦労して己を鍛え、ようやく輝攻戦士になれたとしてもそれはただのスタートライン。
常人離れした輝攻戦士の力をマトモに使いこなすためには、さらなる過酷な修練を必要とする。
いきなりの実戦なんて、普通は無茶に決まっている。
「できれば変えてもらいたいわ」
「ほう?」
普通の人間なら、だけど。
「どうせなら、全員でバトルロイヤルっていうのはどう?」
アタシは速く全力を出してみたかった。
思いっきり暴れてみたくて仕方なかった。
溢れるこの力を扱いこなせる自信もあった。
だって、これは生まれつき持っていた、本当のアタシの力なんだから。
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