345 ◆帝城への殴りこみ
天を突くような尖塔。
聳え立つ強固な城壁。
外敵を拒む底深い壕。
剛健でありながら、力強い美しさを讃えた巨大な城。
戦乱の時代に建てられたと言われるシュタール帝城。
アタシは今、その城門前に立っていた。
「お待ちしておりました、ヴォルモーント様」
鋼鉄のプレートメイルに身を包んだ輝士たち。
彼らは慇懃な態度でアタシを出迎えた。
戦中でもないのに真面目なことだ。
「先々代の一番星にして、世界を救った五英雄ノイモーント様のご息女。あなたとお会いできて光栄でございます」
「あ、そんな畏まらないでいいから。別にアタシが星輝士って訳じゃないんだし」
輝士が顔を上げるのを見計らって、
「今はまだね」
と付け加える。
輝士はわずかに顔をしかめた。
彼が述べた歓迎の言葉は、輝士としての礼節を尽くしているだけである。
十七の小娘に頭を下げ、あまつさえ挑発的な態度を取られれば、気分も悪いだろう。
けど、アタシは別に気にも留めなかった。
なぜなら今日これからケンカを吹っかける相手はコイツよりもずっと上の立場の人間。
星輝士なのだから。
※
星輝士。
正式名称は
帝国建国時から代々と受け継がれている、十三人の名誉ある輝士の称号だ。
数百年前にこの地を支配していた国家を滅ばした初代皇帝、その傍に仕えていた十三人の輝士に因んでいる。
まあ、そんな歴史やら伝統はどうでもいい。
アタシの目の前には今、屈強そうな男が立っていた。
大剣を腰にぶら下げ、腕を組んでアタシを見下ろしている。
星輝士のことはある程度、調べてきたつもりだ。
が、コイツの顔には見覚えがない。
つまり星輝士ではない。
「アンタに用はないんだけど。星輝士を呼んで来いって言わなかったっけ?」
アタシが今日、この帝城に来た目的は星輝士と闘うことだ。
そのために母の名前を使って、学習という名目で特別に城の中に入れてもらった。
普通なら黙殺されて当たり前だが、やはり五英雄でもあり、元一番星の母の影響力は大きかった。
ところが、案内された闘場で待っていたのはこの男だった。
見た目は厳ついが、実力者特有の威圧感がまるっきり存在しない。
星輝士ともなれば自ずと発する貫禄のようなものが欠片も感じられなかった。
「武術指南が希望とのことだが、新米輝士教育担当役の俺では不服か?」
「不服ね。遊びに来たんじゃないのよ」
男の顔が歪む。
凄んでいるつもりらしい。
もちろん、アタシはなんとも思わない。
感情を込めない目でにらみ返してやった。
男は大きく息を吐くと、無理に冷静を装って言葉を続ける。
「たとえ先々代一番星の娘であろうと、理由もなく現役の星輝士と会わせるわけにはいかない。彼らは一般の輝士と違って国の象徴でもあるのだ」
「じゃ、どうすれば会わせてもらえるわけ?」
「正規の手順を踏み、面会の約束を取り付けてもらう。まずは役所で書類を――」
「あのね、ここに案内させた時点でそんな温和なこと考えてるわけがないでしょ。アタシはその現役の星輝士と闘いに……じゃなかった、ぶっ倒しに来たのよ」
背後でざわめきの声が広がった。
ここまで案内させた輝士や女中が騒いでいる。
アタシは今日ここにやって来た理由を「星輝士の強さを見てみたいから」と伝えてあった。
実際のところ、星輝士に稽古をつけてもらうという話などは一切していない。
輝士たちはアタシの不穏な発言に戸惑いを隠せないようだ。
「……見学に来たと聞いているが?」
「ここまできて文句は受け付けないわよ。いいからさっさと星輝士を呼んできて頂戴」
「いい加減にしろ。先々代一番星の娘とは言え、お前自身は単なる学生の身分に過ぎん。帝城で親の七光りが通じると思っては――」
「ごちゃごちゃうるさいのよ!」
アタシが一喝すると、周囲のざわめきは掻き消えた。
目の前の男も言葉を詰まらせる。
「なんで星輝士を呼べって言ってるかわかる? あんたじゃ不足だからよ!」
男の顔がはっきりと紅潮した。
小娘にここまでバカにされたのだ。
男として、輝士として黙ってはいられまい。
「調子に乗るなよ小娘。俺とて帝国を守る輝士だ、お前ごときが相手になるような者ではない」
「わかったわかった」
男の話を最後まで聞かず、アタシは拳を構えた。
怒鳴っても無駄なら拳でわからせるだけだ。
「じゃ、確かめてみようか? 相手にならないかどうか」
※
案の定、男は見掛け倒しもいいところだった。
「こ、このっ!」
「遅いね。その程度で帝国を守れるの?」
避けてくれと言っているような大振りのパンチ。
アタシはそれを躱し、おちょくるように軽い蹴りを何度もお見舞いする。
男も遊ばれているのがわかっているのか、次第に顔を赤くし怒りを露わにしていく。
「もうわかったでしょ。早く星輝士を――」
胸倉を掴もうとした腕を軽くすり抜け、顎にカウンターの拳を叩き込む。
「連れて来なさい!」
「ぼぐわっ!?」
男は派手な音を立てて大広間の床に倒れた。
白目を剥き、完全に気を失っている。
「武術指南役のゼクト殿があっさりと……」
「生身なら星輝士でさえ苦戦するというのに」
「は、マジで?」
見物していた輝士たちがざわめく。
その声にアタシは内心かなりがっかりしていた。
アタシから見れば全然弱っちかったコイツも、実はそれなりに凄いヤツだったようだ。
ここに来る前、三ヶ月ほどアタシは生まれてはじめての努力ってやつをしてみた。
母さんの昔の資料を読み漁り、格闘術の本を探して闘い方を独学で学んだ。
生まれつきの身体能力だけではダメだ。
相手が輝士ともなれば、子どものケンカとは訳が違う。
力任せに戦うだけでなく、いろんな戦術や技も学んでみた。
しかし、実際はこんなものだ。
武術指南役がこれじゃ、ただのケンカでも問題なかった。
このままじゃアタシは三ヶ月間も無意味な努力をしてきたことになる。
「騒いでる暇があったら誰か星輝士を連れて来なさいよ!」
自国の城相手に道場破りみたいなことをしているアタシも相当なバカだと思う。
一歩間違えれば即投獄、悪ければこの場で処刑されてもおかしくない。
けど、それはないとアタシは思っていた。
それは別にアタシが先々代一番星の娘であるからって理由じゃない。
強い者には相応のチャンスを。
それがシュタール輝士団の信条である。
なら、こんな無茶なやり方でも通せると思っていた。
アタシの目的は一つ。
星輝士を倒して、輝士団に即戦力だと認めさせること。
正式な輝士になれば、腕を振るう機会は存分に用意されるだろう。
国からの援助を断って、小さな商店の手伝いをしている母さんにも、楽をさせてあげられる。
だからって正式な手順で輝士を目指していたら時間が掛かりすぎる。
何より、地道な勉強や輝士の側付きを一々こなすのは、面倒くさくって仕方ない。
ミドワルト最強の輝士の称号である星輝士。
それに打ち勝てば、誰もがアタシを認めざるを得ない。
問題はその機会をどうやって得るかだけど、これはもう考えるより行動するしかないと思った。
はたして、アタシの強引すぎる手段で、願いはみごと叶えられた。
「二番星ゾンネだ」
ひゅう。
アタシは口笛を吹いた。
一人の輝士に連れられてやってきたのは、長い紫色の髪がうっとおしい長身の輝士。
新聞で見たことがある。
こいつは間違いなく星輝士の一員だ。
いきなり二番星なんて高い位のヤツが出てきてくれたのもありがたい。
下位の星輝士を倒すより、強い相手の方が認められる可能性も高いだろう。
欲を言えば一番星に出てきて欲しかったけど、さすがに最強の輝士を倒して自国のメンツを潰すのも忍びない。
ここはアンタで我慢してあげるわ。
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