344 ◆はじめての真剣勝負
アタシは上段に構えようとして、思い止まった。
さっきみたいに先手を狙えば、その前に喉元に突きを食らう。
この選手はアタシの大振りの後の隙を狙うだけの技量は十分にあるはずだ。
上段一辺倒の戦術では敗北必至。
これまでは圧倒的な力の差で相手をねじ伏せてきたアタシ。
けど、このくらいの選手が相手だと、不用意な隙を見せれば即座にやられる。
「どうした? もんでくれるんじゃなかったのか?」
相手はさらっと挑発をしてくる。
頭がスッと冷えていくのを感じる。
「ははっ」
その好戦的な態度が、アタシの闘争心を良い感じに奮い立たせた。
わかったよ、そんなに言うならやってやる。
これまで何も考えずに剣を振り下ろしていただけじゃないってこと、教えてあげる。
アタシは正眼に構えた。
後ろの応援席が微かにざわめく。
大会前、アタシは頭打ちの練習しかしていない。
部員達は習ってもいない構えを取ったアタシを訝しんでいるんだろう。
頭打ちが通じずヤケになったか、あるいは力任せに暴れるつもりかと思っているかもしれない。
「両者、構えて」
もちろん、どっちも違う。
戦うために生まれたサラブレット。
いつまでも素人のままじゃいないって所、
「始め!」
見せてあげる!
※
試合開始と同時に、アタシは思いっきり踏み込んだ。
渾身の力を込めた上段打ち。
相手も当然それは読んでいた。
素早く剣を掲げてこれを受ける。
そこでアタシの攻撃は終わらない。
握った剣に力を込めて、相手の体勢を崩す。
「……む?」
素早く剣を引き、胴に向けて横薙ぎの一撃。
これは相手も意表を突かれただろう。
反応がさっきよりも悪かった。
ガードされたためポイントは入らない。
が、相手の体勢は崩した。
絶好のチャンス。
そのまま上・中段に小刻みな連撃を叩き込む。
「いやっはあっ!」
相手はまた防戦一方になる。
ただし、今度はさっきと違って上段一辺倒じゃない。
攻撃ごとに別の場所を叩くので、相手はそれを受けるだけで精一杯だ。
バックステップで一旦間合いを取る。
思いっきり地面を蹴り、喉元めがけて電光石火の突きを放つ。
「くっ……!」
ファーゼブルの選手はこれにも素早く反応した。
剣先は当たったが、わずかに体を逸らしてポイントを取られるのを避けた。
だが、
「もらった!」
アタシは腕の力だけで摸造剣を振りまわす。
相手選手の側頭部に見事な一撃が決まった。
突きから急に切り替えたため、全力で叩き込むことはできなかった。
それでも今の一撃は相手にかなりのダメージを与えたはずだ。
ファーゼブルの選手はガクリと膝をつく。
「くっ……」
だが、それも一瞬。
相手は素早く立ち上がる。
後ろに跳び下がり、再び構えを取った。
審判は笛を鳴らさない。
剣闘のルール上、側頭部への攻撃はポイントとして見なされないからだ。
むしろ反則を取られなかったアタシの方が運が良い。
「どう? 実戦なら脳みそを撒き散らして死んでるわよ」
こいつはアタシが上段攻撃しかできないと思い込んでいたんだろう。
それを逆手にとっての中段を混ぜた連撃。
そして、剣闘ではありえない側頭部を狙った攻撃。
相手は剣闘に慣れている分、アタシの動きに対処しきれなかったようだ。
「ふふ、凄いな」
相手選手の澄んだ声が耳に届く。
「てっきり上段打ちしかできないと思っていたよ。最後の一撃はともかく、その前の連撃は見事だった。ギリギリまで実力を隠していたのか、私を上段だけで倒せると侮っていたのか……どちらにせよ甘く見ていた私の不覚だ」
まあまあ、絶賛してくれるわね。
アタシは気分が良くなって言葉を返す。
「いいや、アナタの見込み通りの素人よ。けど物覚えと運動神経には自信があってね」
実際に上段打ちだけあれば十分と思ってた。
けど、コイツにはそれだけじゃ通用しないとわかった。
だから、見よう見まねで今までに闘った選手の真似をしてみた。
それだけの話だ。
ファーゼブルの選手の雰囲気が変わった。
彼女の声色に少しの怒気が混じる。
「……ずいぶんと剣闘を甘く見ているようだな」
「別に甘く見ちゃいないわ。ただアタシは特別でね、普通の女子学生とはちょっと違うの」
「己の力量に自信があるのは結構だ。しかし調子に乗っていると足元をすくわれるぞ」
「油断してるのはどっちかしら? さっきも言ったけど、これが実戦だったら死んでいるのはそっちよ」
「次はない」
「命の取り合いに次なんて言葉はないわ」
「私は剣闘の試合をしているつもりだった……だが、お前はそうではない。それを念頭に置いて戦えば、先ほどのような不様な醜態は晒さない」
「どうかしら」
「試してみよう」
ファーゼブルの選手が思いっきり床を蹴った。
一足飛びで間合いを詰め、疾風のような突きを放ってくる。
アタシは体をひねって紙一重で避ける。
相手は間合いを取らず、そのまま連続攻撃を仕掛けてくる。
「うはっ」
アタシは剣の腹で防ぐので精一杯だった。
凄まじい気迫、さっきまでとは別人のようだ。
こいつ、ただの学生じゃない。
本性はアタシと同じ、戦うための人間か!
だが、負けてはいられない。
アタシは相手の攻撃を打ち払う。
大きく開いた胴に反撃の横薙ぎを打ち込む。
ファーゼブルの選手はそれを見切って後ろに跳んだ。
再度の攻撃に転じ、数秒前とは異次元の速度で斬り込んでくる。
アタシたちはギリギリの攻防を繰り広げた。
すでに相手もポイントを取るための剣闘はしていない。
目の前の敵を倒すための、戦士の剣を振るっている。
「やるじゃない!」
「貴様もな!」
剣闘をやる学生なんて、ただのスポーツ選手。
そんなアタシの認識を覆す一人の女戦士が目の前にいた。
激しく打ち合いながら、アタシは次第に興奮が高まっていくのを感じた。
しかし、やはり剣での闘いには相手に一日の長がある。
長く攻防を続けるうちに、アタシはだんだんと相手のペースに飲み込まれていった。
「あっ」
汗で柄を握る手が滑る。
その一瞬の隙を相手は見逃さない。
「もらった!」
下から打ち上げる間欠泉のような一撃が、アタシの摸造剣を吹き飛ばした。
この時点で『剣闘』の勝負はついていた。
相手選手がポイントを取るための頭打ちを放つ。
武器を失った敵相手にも、一切の手加減をしない怒涛の一撃。
アタシは反射的にそれを左手の甲で受け止めた。
そのまま大きく踏み込み、敵の懐に入る!
そして渾身の力を込めた拳を、無防備な腹に打ち込もうとした瞬間――
「それまで!」
審判の声が会場に響き、アタシは我に返った。
拳は相手の腹部に当たる直前で止まった。
※
「ヴォルさま、残念でしたね」
「どうか気を落とさないでくださいませ」
「別に、気にしてないわ」
取り巻きの娘たちに囲まれながら、アタシは控え室で休息を取っていた。
試合には負けた。
完全無欠のアタシが敗北を喫した。
彼女たちはアタシがさぞ気に病んでいると思っているようだ。
けどアタシはむしろ、かなりの満足感を覚えていた。
暇つぶしの大会荒らしで優勝をかっさらうよりも、ずっと面白い一戦だった。
あれだけの相手と闘えたことが嬉しかった。
闘うために生まれたのに、平和な世の中を生きてきたアタシ。
スポーツやケンカとは全く違った興奮を、生まれて初めて味わうことができた。
試合自体はスポーツの延長だった。
けど間違いなく、アタシたちは真剣勝負をしていた。
獲物が真剣だったなら、どちらかが命を落としていたはずだ。
それにアタシは負けたとは思っていない。
剣闘というスポーツのルールに則ればアタシの負けだ。
けど最後の一瞬、アタシは確かに敵の攻撃を受け止め、致命傷となる一撃を放っていた。
母や祖先たちの記憶。
体が覚えている拳での戦い方。
これが実戦なら、死んでいたのは相手だったはずだ。
「じゃ、行くか」
アタシは会場を後にした。
正直、残りの試合結果には興味がない。
後で聞いた話だが、アタシを破った選手はそのまま優勝したらしい。
彼女は一年生にして二国大会を制覇して以降、三年間に渡って女子剣闘界において無敗の王者として君臨し続けたそうだ。
その話をどこかで聞いたとき、アタシは心の中で「アタシはそいつに勝ったけどな」と余裕の笑みを浮かべたのを覚えている。
アタシは「来年こそはあいつに勝ってみせる」といった気持ちは露ほどもなかった。
期待してくれていた剣闘部の娘たちには申し訳ないが、剣闘はもういい。
闘うことの喜びを再確認できた。
それだけで十分だ。
あの選手と再び出会うとこがあるとすれば、それはどこかの戦場でになるだろう。
もっとも、アタシはそいつの名前なんかもう覚えちゃいないけどね。
南部系の名前って覚えにくいのよ。
一応、感謝はしておくわ。
フィリア市のベレなんとかさん。
この日の戦いをきっかけに、アタシはあることに挑戦する決意を固めた。
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