343 ◆二国大会

 闘場に立つ。

 客席から大きな歓声が上がった。

 アタシはもちろん、相手選手も自国では相当な人気者らしい。


 一年生ながら本戦まで勝ち残ってきたのだ。

 それなりの腕前は持っているのだろう。


 しかし、コイツも運が悪い。

 同じ一年生でもアタシは特別なのだ。

 残念だけど、来年また頑張ってもらおう。


 そういう意味では相手が一年生で良かった。

 これが青春を剣闘に賭けた三年生選手のラストチャンスだったら?

 戯れに潰すのはさすがに悪い気がする。

 ……なんてことを考えていたら。


「よろしくお願いします」


 相手選手が声をかけてきた。

 よく通る、ハスキーな声だった。

 すでに面をつけているため、どんな顔をしているのかはわからない。


 明瞭な挨拶。

 相手が過度に緊張していないことがわかる。

 一年生ならこの規模の大会は始めてのはずなのに。


 アタシはその相手選手の態度が――

 自分が緊張しているのに、こいつが落ち着いているのが気に障った。

 なので、つい挑戦的な言葉を返してしまった。


「ああ、いっちょもんであげるよ」


 くすり。

 面の奥で相手選手が笑った。

 冗談だと思われたのか、それともバカにしているのか。

 どっちにせよ、ムカつく態度だ。


「両選手、中心で向き合って」


 審判が闘場中央に進み出た。

 続いて、アタシと相手選手も。


 審判を頂点として三者が二等辺三角形の形に並ぶ。

 アタシたち選手同士は相手まで三歩ほどの距離で向かい合っている。


「悪いけど、あっさりと終わらせるよ」


 審判に聞こえないようアタシは囁いた。

 面の奥で相手選手の瞳がアタシを見返していた。

 澄んだ、気迫に満ちた戦士の瞳だった。


 アタシはギクリとした。

 剣闘選手とは言え、相手はただの女学生。

 恐怖を感じるような相手じゃないはず。

 なのに。


 同年代でこれだけの威圧感を持った相手に出会うのは初めてのことだった。

 少なくとも予選で闘った中にはいなかったし、ストリートで出会ったこともない。

 こいつは、かなりの修羅場を潜っている。


 面白い。

 アタシの気迫を真っ向から受け止めたその根性、買ってあげるわ。


 本気でやってやる。


「両者、構えて」


 アタシは腰を落として中段に構えた。

 相手は右半身を前にする斜構え。

 非常に攻撃的な型だ。


 しかし隙はない。

 気迫も伝わってくる。

 アタシは何故かゾクゾクしていた。

 緊張はいつの間にか吹き飛んでいた。


「始め!」


 審判の掛け声と同時に床を蹴る。

 一歩で間合いを詰め、強烈な頭打ちを叩き込む!


 これまで通り、先手必勝の奇襲。


 頭打ちは隙が大きく、普通は試合でまともに決まることはない。

 だけど、来るとわかっていても避けることができない程の速度があれば話は別だ。


 アタシが打てば途端に一撃必殺回避不能の必殺技に変わる。

 まともにポイントが取れる技をこれしか練習してないことを差し引いても、結果的にこれが最良の戦法なのだ。


 輝工都市アジール内予選はすべてこの技で決めてきた。

 普通の女子学生に受け止めきれる技じゃない。


 せっかくここまで勝ち残ってきたのに悪いけど、アタシの技を食らって眠りな!


 ところが……

 技は決まらなかった。


「なにっ!?」


 相手選手は避けることなく、むしろ半歩前進して摸造剣の鍔元でアタシの攻撃を受け止めた。

 受けた勢いのまま剣を撥ね上げると、胴を狙って横薙ぎの攻撃を繰り出してくる。


 アタシは床を蹴って後方に跳んだ。

 紙一重でアタシの腹を切っ先が掠めていく。

 体勢を崩しかけたところに、相手は追い討ちの突きを打ってくる。


 素早く体をねじってこれもかわす。

 間髪入れずに踏み込みからの上段打ちがくる。


 今から後ろに引いてもかわせない。

 なら、さっきのお返しだ。

 逆に懐に入ってやる。


「オラッ! ……って」


 が、逆に間合いが近すぎて、何もすることができない。

 当然だが、剣闘においては摸造剣以外での攻撃はすべて反則になる。

 頭打ちでしかポイントを取れないアタシには、まったく意味がない行動だった。


 ちっ、ケンカならこれで終わってるのに!

 アタシは次の動作をどうするか迷った。

 その隙を敵は見逃さない。


 相手は素早く後ろに跳んだ。

 距離を取りながら、間合いギリギリで上段打ちを打ってくる。


 その攻撃はアタシの肩口に当った。

 当たりは浅く、ポイントは取られなかった。

 だけど。


 この一撃は、この大会で……

 いや、アタシの人生で、敵からの攻撃を食らった初めての経験だった。


「ヤロー……!」


 瞬間、アタシは弾かれたように敵へと飛び込んだ。

 電光石火の頭打ち。

 相手は摸造剣を横に構えてこれを受け止める。

 だが、反撃は許さない。

 続けて二撃、三撃と連続上段打ちを繰り返していく。


「オラオラオラオラ!」


 怒涛のラッシュ。

 敵の動きは完全に封じた。

 いける、このまま攻め続ければ――


 そう確信した瞬間。

 腹部にかすかな衝撃が走った。

 一瞬遅れて、アタシの攻撃が敵の頭に命中する。


「グッド!」


 審判が旗を振る。

 色は白。

 アタシのカラーは赤。

 やられた……!


 連続での上段打ちは、確かに相手を追い詰めてはいた。

 しかし、同じ行動を繰り返していれば動きは鈍るし、攻撃のタイミングも見切られる。


 その一瞬の隙を突いて、相手選手は防御を捨てて攻撃に転じたのだ。


 実戦ならば相打ちパターン。

 試合なら先に一撃を与えられた方が負けだ。


「ふぅーっ」


 相手選手が大きく息を吐いた。

 ルールに救われたな……とは言えない。

 アタシの動きは簡単に見切れるようなものじゃない。


 こいつは強い。

 身体能力も高いし、度胸もある。

 何より『剣闘』にすごく慣れている。


「両選手、再度中央へ」


 審判が呼びかける。

 剣闘は二ポイント先取したほうが勝ちだ。

 一本目を取られても、まだ終わったわけじゃない。




   ※


 アタシは再び相手選手と向かい合う。

 ……今度は絶対に気を抜かない。


 確かに、相手の力を読み違えていたのは認める。

 だからと言って勝てない相手じゃないはずだ。

 アタシは本気の殺気を込めて相手を睨む。


「おい、一本取ったからって調子に乗んなよ。次は今みたいには――」

「驚いたぞ、アイゼンの選手」


 自分への叱咤も兼ねて軽い挑発をかけようとした。

 それに被せるように、相手選手が口を開く。


「学生の大会にこれほどの選手がいるとは思わなかった。動きは全くの素人なのに、とてつもない身体能力だけで圧倒される」


 熟練の選手なら当然かもしれないが、アタシが素人だということは見破られてるようだ。

 まあ、上段打ちしかしていないのだから、バレても仕方ないか。


「それが何? 素人だからって侮ってると……」

「だからこそもったいない。攻撃パターンをそれしか持っていないのなら、次はすぐ終わりにする」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 多少の間を置いて、それが相手の勝利宣告だと気付く。


「なっ……」

「かかってこい」


 相手選手の構えが変わった。

 先ほどとは全く違う、ほぼ正眼……

 それよりやや下げ気味に、切っ先を真っ直ぐアタシの喉に向けていた。

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