342 ◆気まぐれ剣闘部

 そしてアタシは仮入部という扱いで剣闘部に入った。

 当然というか、真面目に打ち込んでいる娘らにはいい顔はされなかったけど、そこはご愛嬌。

 大会で結果を出せれば部の箔がつくし、負けても特に迷惑はかからない(はず)。


 とはいえ、さすがにルールも知らずに乗り込むほど自意識過剰じゃない。

 それなりの勉強はしてきたし、きちんと練習してから大会に望むつもりだ。


 いざやってみると、これが意外と難しかった。


 まず防具が重い。

 いや、重さ自体はそれほど苦痛じゃないんだけど。

 何かを身につけて闘うこと自体に慣れてないせいか、思うように動くことができない。


 第二に、剣自体の扱いがやたらと難しい。

 これは剣を持つのがほとんどはじめての初心者なので、少しずつ慣れていこうと思う。


 第三に……

 これが最も手こずった部分だ。


 剣闘という競技はポイント制である。

 相手を倒せばそれでいいと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。


 頭、体、手。

 これらの部分に適切な型で攻撃を加えるとポイントが得られる。

 ただ乱雑に殴っても、ポイントにはならないばかりか、ペナルティになってしまう。


 この型ばかりは一朝一夕で身につくものではない。

 だから部員たちは実戦よりも、動きの反復練習に重きを置いているのだ。

 剣闘のつまらなそうだと思っていた部分が、不幸なことに最も大きなネックになったわけだ。


 大会予選まではあと三日。

 全ての型を憶えて実戦で使えるようにする余裕はない。

 なので、アタシは最も基本となる『頭打ち』という型だけをひたすら練習することにした。


 振り上げた模造剣を、相手の頭に打ち下ろす。

 最も基本的だけど、最も華やかで、最も実戦では決め難い技だ。


 それでも、アタシはこの技を選んだ。

 いざ実戦になれば、運動能力だけでなんとか闘えると思ったから。


 実際、その通りになった。


 大会前日の部活内練習試合で。

 アタシは部員全員から頭打ちだけで勝利をもぎとった。




   ※


 大会の日がやってきた。

 といってもこれは二国大会の予選。

 各輝工都市アジール内から二名の出場選手を選ぶための試合だ。


 参加選手はおよそ一〇〇人。

 それが多いのか少ないのかはよくわからない。

 ともあれ、この中で上位二位に入らないと、二国大会に出場することはできないらしい。


 剣闘に青春を賭けてきた娘たちには申し訳ないと思う。

 けど、アタシは誰にも負ける気はなかった。

 たとえルールのある勝負だとしても。




   ※


 しかし国内の剣闘レベルが低いという話は本当だった。

 三回戦まではすべて試合開始と同時の飛び込み頭打ちで決着がついた。


 四回戦以降、さすがに大降りの第一撃は当たらなくなった。

 けれど、相手の攻撃を避けてからのカウンターで、問題なくポイントは取れた。


 この戦法は単純だけど技術がいる。

 しかし決まればポイント奪取は確実だ。


 普通の女の子にとっては難しいことかもしれない。

 けど、アタシなら動体視力と反射神経だけでどうにでもなる。

 と言うより、相手の攻撃を剣で受けるっていう基本防御の方が難しい。


 準々決勝は少しだけ手こずった。

 ここまでくると相手は剣闘暦十年以上の猛者ばかり。

 戦う相手は誰もが二国大会出場候補と言われるツワモノだった。


 反射神経はこっちが上。

 なのに上手く間合いが取れない。

 攻撃は当たらないし、的確にこちらの隙を突いてくる。

 まさに長年の鍛錬に裏付けされた、剣闘のための技術と言えるだろう。


 だけど、そんなことは関係ない。

 たとえ実力者が相手でも、負けるものか。


 身体能力は優勢。

 技術では圧倒的に劣る。

 なら、あとは気合が勝負を決める。


「オラァっ!」

「ひっ……」


 剣闘は素人でも、アタシは街の不良相手にかなりの修羅場を潜っている。

 本気で気合いを発すれば、その迫力に相手は必ず居竦んだ。

 そこを電光石火の一撃で勝負を決める。


 多少卑怯かなとも思ったけれど、戦いってそういうものよね?


 結果、アタシは予選一位で二国大会への出場権を得た。

 その時のインタビューの言葉はこんな感じ。


「剣闘歴は十二年です! 今までは家の方針で大きな大会への出場を自粛していましたが、今年からは全力でがんばります!」


 気まぐれで飛び入り参加した素人の、後ろめたさからの必死の言い逃れだ。

 どうせならこのまま優勝してしまおう。

 周りの子たちには悪いけど。




   ※


 使い慣れたいつもの体育館が大会用に派手な飾り付けをされている。

 近隣諸国から集まった選手や応援団によって、常ならぬ熱気の漂う競技場へと変化していた。


 いよいよ本戦トーナメントが始まる。

 

 本戦に出場する選手は全部で十六人。

 シュタール帝国に四つと、ファーゼブル王国に三つある各輝工都市アジールから二名ずつで十四人。

 例外として、ファーゼブルの王都エテルノには三枠めがあって十五人。

 昨年の優勝者の出身校からもう一枠で、計十六人だ。


 女子だけの大会とは言え、二つの大国から競技者が集う様は圧巻だった。

 その規模の大きさに、さすがのアタシも少なからず緊張していた。


「応援しています!」

「がんばってくださいね、ヴォル様!」

「ま、ちゃちゃっと優勝してくるわ」


 応援をしてくれる娘たちに軽口を叩いて気分を紛らわせる。 

 どうせ敵と向かい合えば緊張感なんか消えるんだから。




   ※


 一回戦の相手はファーゼブル王国フィリア市の代表。

 ウェーブのかかった長いブロンド金髪の、なかなかの美女である。

 生真面目そうな雰囲気で、あまりアタシ好みのタイプじゃないけどね。


 フィリア市は去年の優勝選手がいた都市らしい。

 が、こいつ自身はアタシと同じでまだ一年生だという。

 レベルが高い相手と予想されるが、どんなやつだろうと負ける気はしない。


 予選を圧倒的な勢いで勝ち進んで自惚れていたわけじゃない。

 アタシが勝つのは当然のことなのだ。

 なぜならアタシは周りの人間たちとは違う。


 最強の輝士である五英雄ノイモーント。

 その力と命の一部を持って生まれてきた人間兵器。


 他人に負けることなどあってはならない。

 それがたとえ、お遊び程度の試合でも。

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