340 ◆初めての相手
彼女の名前はフラウ。
今でもハッキリと覚えている。
何せ、アタシの初めての人だったんだから。
出会いのきっかけはありふれたモノだった。
街で男たちに絡まれていた彼女を助けた、それだけ。
アタシにとっては日常茶飯事。
深く考えずに彼女を囲む男たちに割って入った。
相手は五人いたが物の数ではない。
軽く追い払って、そのまま去るつもりだった。
「ぜひ、お礼をさせて下さい」
助けた女はそんなことを言った。
ちょうど暇していたし、お昼をご馳走になることになった。
※
深く印象に残るほどの美人ではない。
さっぱりとした顔立ちの、素朴な感じの女性だった。
フラウはアタシよりも七つ上。
当時は大学に通っていたらしい。
小ぢんまりとした見た目から、同年代か精々高等学生くらいだと思っていたので、歳を聞いた時は少しだけ驚いた。
アタシが中等学生だと知ったフラウはもっと驚いていた。
何せアタシは中学二年生にして身長一七〇センチを超えていたから。
立ち振る舞いや仕草一つとっても、そこらの高等学生よりもずっと大人びていたつもりだ。
アタシの年齢を知ったフラウは、一転しておしゃべりになった。
見た目に似合わないお姉さんぶりを発揮し、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。
七つも年上の女性と話すのは初めての経験。
同級生とは違った雰囲気を持つこの女性に興味を持った。
人より多くの才能と、断片的な記憶を持っているとはいえ、実年齢は十五に満たない小娘である。
アタシはいつの間にかフラウのペースに持ち込まれていた。
けど、特に不愉快には感じなかった。
その日は食事だけしてで別れた。
けど、アタシたちはその後も度々連絡を取り合う仲になった。
フラウもアタシを気に入ってくれていたし、アタシも彼女にいろいろと相談を持ちかけたりした。
アタシの悩みは専ら、恋に悩む友人たちと自分の差異について。
男が卑小な生き物にしか見えない自分の方がおかしいのだろうか?
そんな相談を持ちかけたら、
「いいえ、そんなことはないわ」
と真面目な顔で応えてくれた。
初めて会ったときは、子供っぽい人だと思った。
けど言葉を交わすうちに、フラウはどんどん年上の女性としての顔を見せるようになった。
ひょっとしたら、その時にはすでにアタシは彼女に惹かれていたのかもしれない。
「だってヴォルちゃんは、その辺の男なんかよりずっと素敵だもの」
年の功……などという言い方は失礼だろうか。
彼女の言葉には同学年の女の子たちにはない重みがあった。
この人は頼りになる。
アドバイスを貰えれば自信がつく。
すでにアタシはフラウを完璧に信用しきっていた。
もし彼女が怪しい商売人だったら、高価な壺を買わされていたかもしれない。
「アタシ、どうすればいいかな。男を好きになる気持ちなんかわかんないし、でも仲間はずれも嫌だし……」
実際に口にしてみると、アタシは自分がとてもわがままなことを言っていることに気づいた。
この感情は何だろう?
たとえ友だちが男と付き合い始めたとして、仲良しでいられなくなるわけじゃないのに。
フラウはそんなアタシの心の機微を敏感に感じ取ったようだ。
「そうね、だったら、彼女たちにヴォルさんの素晴らしさを教えてあげればいいのよ。私の方が男なんかよりずっとイイわよ、ってね」
「ど、どうやって……?」
訳の分からない理屈に流された。
自分で思っている以上に焦っていたのかもしれない。
フラウが妖艶な目でアタシを見ていることに気づかなかったわけではないのだ。
アタシは彼女からのアドバイスを求めた。
もしかしたらこの後の展開を期待していたのかもしれない。
「いいわ。私が教えてあげる。実践でね」
かくして、フラウはアタシをホテルに連れ込んだ。
彼女はそういう趣向の人間だった。
アタシが彼女を助けた瞬間から、ずっとアタシを狙っていたのだ。
ある時はか弱い女。
ある時は年上のお姉さん。
狙った獲物にあわせて付け替えてきた仮面を、この時になって完全に脱ぎ捨てた。
※
アタシは抵抗せずにフラウを受け入れた。
それどころか、要を得るなり積極的に彼女を求め始めた。
コトが終わったとき、フラウは少女のようにあどけない、しかし満足しきった微笑みを浮かべていた。
「どう? よかった?」
「……うん」
二周りも体格の小さな年上の女性の腕に抱かれながら、アタシは初めての経験の余韻に浸っていた。
今にして思えば、アレは立派な犯罪だったと思う。
大人びていてもアタシは十三歳になったばかりの中等学生。
もしアタシが被害を訴えたらどうするつもりだったのだろう。
そんなことするつもりは微塵もなかったけど。
※
それから三ヶ月。
アタシはフラウと交際を続けた。
とつぜん付き合いが悪くなったアタシを、クラスの友だちは年上の彼氏でもできたと思っていたようだ。
アタシは肯定も否定もしなかった。
そう噂されるのは悪い気分じゃなかったから。
フラウとアタシは週一のペースでデートをした。
いろんな大人の遊びを教えてもらった。
夜は必ずホテルに行った。
正直に言うと、特に彼女のことを愛していたという訳じゃない。
デートは楽しかったし、体を重ねるのは好きだった。
でも、どうしても彼女でなくてはいけないとも思わなかったし、夜中に好きな男のことを考えて眠れないと言う、クラスの女の子たちの気持ちもまだまだ理解できないままだった。
だからフラウと別れる時になっても、寂しいとは思ったけれど悲しくはなかった。
※
彼女が帝都を出ていくという話は前から聞いていた。
何でも、グラース地方側国境近くの小さな村で、医療輝術師の見習いをやるらしい。
遊んでいるばかりに見えて、難関の医療輝術師の資格を取っていたのだ。
アタシには全く努力の影すら見せなかったのに。
そのしたたかさには素直に感心してしまった。
「しばらく会えなくなると思うから、私のことは引きずらないでいいからね」
フラウも別れを悲しむそぶりは見せなかった。
年上らしい落ち着いた仕草で微笑みかけてくれた。
「ヴォルならすぐ新しい彼女が見つかるから、たっぷり可愛がってあげなさい」
「ああ、フラウがアタシを捨てたことを後悔するくらい、いい女をみつけてやるからな」
その頃のアタシはまだオトコ言葉を使っていた。
彼女に合わせようと精一杯の虚勢を張っていたんだと思う。
「ふふふ。プレイガールの素質は十分ね」
そんな会話を最後に、フラウは
それきりフラウとは会っていない。
顔を見たいと思ったことはあるけど、寂しく感じたことはなかった。
好きだったかと聞かれれば、うんと答えるだろう。
彼女だけがアタシの全てだと思うほどには入れ込んでいなかっただけの話だ。
きっとあっちも同じ。
決して冷めているわけではない。
だけど燃え上がるというほどでもない恋愛。
アタシの初恋はそんな適温のまま綺麗に幕を閉じた。
フラウには感謝している。
彼女はいろんなことを教えてくれた。
アタシが本当に燃え上がるのはこれからだ。
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