339 ◆女の子の味方
六歳になったアタシは、一般の初等学校に入学することになった。
この頃には母から自分の生まれた意味を聞かされていたし、理解もしていた。
同年代の子たちと混ざって生活できるかはとても不安だった。
自分は他の子たちとあまりに違いすぎる。
学校でやりすぎると、いろいろと面倒なことにもなるだろう。
でも、そんなアタシだからこそ、母は普通の女の子として生きることを望んでいたようだ。
魔動乱はもう終わったのだから。
戦うためだけに生きる必要はない。
入学前に母から厳しく言い聞かされた約束事が二つある。
一つ、「自分の力を誇示してはいけない」
二つ、「弱い者や大事な人を守ってあげなさい」
人より優れた力は他人のために使いなさいということだ。
特に二つめの約束はアタシの人生の立脚点となった。
※
予想通りと言うか、初等学校に入学したアタシは当初、かなり浮いていた。
体力、知力共に他の子たちとは比べ物にならないからだ。
学校で習う勉強はアタシが二歳の頃に読んだ本の内容より簡単だった。
運動の時間に有り余る力を抑えるのが一番大変だった。
けど母との約束を守ったおかげで、やがてその生活にも慣れていった。
勇気を出して話しかけてみたら、友だちもたくさんできた。
アタシにとって守るべき大事な人は友だちになった。
可愛くて、優しくて、か弱くて、守ってあげたくなるような女の子たち。
アタシよりもずっと弱いのに、アタシより一生懸命に生きている。
そんな純粋な姿が宝物のように愛しく見えた。
ある意味、うらやましいとさえ思った。
国立の学校だったとこともあって、アタシの才能を妬むようなひねくれた娘はいなかった。
母や養育者以外でアタシが初めて接したのはとても美しい心を持つ少女たち。
アタシはそんな友だちが大好きだった。
反面、どうしても男子とは仲良くなれなかった。
存在そのものが受け入れられなかったのだ。
国立とはいえ、男子の中には悪ガキもいっぱいいた。
すぐに力を誇示し、女の子たちを見下す。
乱暴な言葉で人の心を傷つける。
力で優劣を決めようとする。
ある意味では彼らも純粋なのだろう。
けど、それはアタシの中のルールに背く。
だから決して相容れることはできないのだ。
最初は特定の乱暴者に対してのみ持っていた感情も、いつしか男という存在そのものに対する嫌悪に取って代わっていった。
男子も男子で、女のクセにやたらと目立つアタシが気に入らなかったらしい。
あいつらは何かにつけてアタシに絡んできたものだ。
アタシは最初の頃、そんな幼稚な男子たちを無視していた。
ちょっとした諍いになったことは何度かあった。
けど、あいつらは口論になると負け惜しみを言って逃げる。
ボキャブラリーの貧困な男子どもにアタシが口喧嘩で負けるわけがない。
だけど、彼らが調子に乗ってアタシの友だちを傷つけた時、自分でも驚くほどに怒りを抑えられなかった。
一人の男子が女子を泣かせたことがあった。
実際に暴力を振るったのか悪口を言ったのかは覚えていない。
今にして思えば些細なことだったんだろう。
男の子にとってはたぶん、遊び半分程度の認識だったはずだ。
しかし、泣かされた女の子にとってはそうではない。
友達の悲しげな表情と、それを見てヘラヘラ笑っている男子。
その光景を見たとき、アタシは約束を忘れた。
その少年はクラスのリーダー格だった。
ケンカも強いと評判だった。
だから、知らなかったんだろう。
自分よりも強い同年代の女子がいるなんて。
アタシはその男の子を殴りつけ、一発で打ち倒した。
床に倒して、二発目を顔に当てる手前で寸止め。
彼の威厳は号泣の叫び声とともにすべて崩れ落ちた。
調子に乗ったアタシは、倒れて泣き叫ぶ彼を見下しながら言ってやった。
「痛い? 怖い? でも、○○ちゃんは今のあんたよりずっと痛くて怖かったんだ。自分がやったこと、アタシを見るたびに思い出しな」
言った瞬間「決まった」と思った。
当時、すでに腰まで届いていた真っ赤な髪をさっと払う。
男子には一瞥もくれず、泣いていた女の子に手を差し伸べた。
彼女はすでに泣き止んでいた。
残念ながら、その時の女の子の名前は覚えていない。
クラスメートの名前は今も全員覚えている。
けどそれが誰だったのか思い出せない。
その事件はあっという間に学校中に広まった。
男子からは畏怖のこもった沈黙で。
女子からは歓声で迎えられた。
暴力を奮ったアタシは先生からこっぴどく怒られた。
けど、アタシの胸は誇らしさでいっぱいだった。
母との約束事を破ったつもりもなかった。
この時からはっきりと、女の子は守るべき味方、男子は気にくわない敵と、アタシの中で決定した。
それは十九歳になった今も変わっていない。
幸いにも母からは注意を受けただけで済んだ。
これが原因で、アタシはますます調子に乗ることになる。
暴力に対抗するために力を振るうのは悪いことではないと思うようになってしまった。
普段のアタシはできるだけ普通の女の子らしく振舞った。
しかし、ひとたび男子が女の子に危害を加えると、アタシは正義の味方に変身した。
悪口を言う男子には泣くまで罵声を浴びせてやった。
暴力を振るおうとした(もしくは実際に振るった)男子は遠慮なく殴り飛ばした。
先生に叱られて職員室を出てくると、必ず友だちが迎えに来てくれた。
アタシは女の子たちのヒーローだった。
うちのクラスの男女仲が悪かったのは、アタシにとって幸いだったのか不幸だったのか。
そうでなかった場合の想像ができないため、今となっては考えても意味のないことだ。
けれど、もし男女仲が悪くなかったとしても。
アタシが女の子の味方であることに変わりはなかったはずだ。
※
それでもまだ、初等学校の頃は可愛いものだったと思う。
中学生になってからのアタシは、自分自身の正義のため、存分に力を振るい始めた。
女を見下し、暴力に訴える男は容赦なく退治した。
クラスの乱暴者から始まり、街の有名な不良少年まで見境なく。
どんなに力自慢の猛者だろうと、数に訴える卑怯な敵が相手だろうと、アタシの敵じゃなかった。
女の子たちはそんなアタシを羨望の目で見てくれた。
もちろん、理由どうあれ暴力を振るうのは好ましくないと言う子もいた。
けれど普段のアタシを知ってる友だちは、絶対にアタシを怖がったりはしなかった。
どんなときでも女の子には優しく。
それは変わることがない信条だった。
ゾッとする話だけど、ある意味では男にも人気があったみたいだ。
女のくせに(その価値観自体が不愉快だが)生意気なアタシをシメようとするやつ。
アタシの強さに惚れ込んで舎弟になりたいとか言い出すやつ。
何を血迷ったか、ボコボコにした翌日に愛の告白なんぞという薄気味悪い行為をしてきたやつもいた。
理由にかかわらず、アタシはそんな男たちを一蹴した。
男なんて口だけの乱暴者。
どうせアタシより強い男なんかいやしないんだから。
アタシには女の子の友だちだけいればいい。
そう思っていた。
※
変化があったのは友だちの方だった。
恋を覚える子が現れ始めたのだ。
誰々くんがカッコイイ。
誰々くんと付き合いたいな。
正直、ついていけない話だった。
もっと言えば、裏切られたような気持ちさえしていた。
だって、彼女たちが言うどの男よりもアタシは強いし、頭もいい。
ナルシストなつもりはないが、当時のアタシは容姿だって、そいつらよりもずっとオトコらしくてカッコよかったはずだ。
なのに、男どもは男というだけで、アタシの大切な女の子たちの心を奪っていく。
それがたまらなく不愉快だった。
だからといって、これに関しては男たちを力でねじ伏せても仕方ない。
それでは思い通りにならないとすぐ暴力に頼る腐った男たちと同じになってしまう。
彼女たちが憧れる男は、総じてそんな腐った奴らとは違かった。
それなりに認めるべきところもある、まあまあマシなやつらではあった。
けれど、対的に見ればアタシに比類するような男は一人としていなかったはずだ。
女の子たちも、
「ヴォルさんも恋すれば分かるよ」
と口をそろえて言った。
しかし、自分が男に対してそういう感情を持つことなど想像もできない。
やるせない日々が続いた。
あの人に出会ったのは、そんな時だった。
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