337 キス魔
ぽーっ。
唇を指でなぞりながら、私は自分が生きている意味や、世界の真理について考えていた。
そして、喉の奥からかすれた言葉がこぼれる。
「ぼるさん……」
ヴォルモーントさん。
真っ赤な髪の、すごく怖くて強い人。
でも本当は明るくって、とびっきりの美人さん。
そういえば私の周りには昔から奇麗な女の人が多かった気がする。
親友のナータは説明不要の美少女。
小さい頃からベラお姉ちゃんが側にいた。
ジルさんもボーイッシュで笑うと可愛い。
ターニャは可憐でお淑やかな箱入りお嬢様。
フレスさんは変なところが個性的で魅力的だし。
妖将モードのカーディもかなりの美少女だよねえ。
「ちょっと、ピンク」
そう考えると私は自分が女の子であることがもったいない気分になってきて、でも私が旅を始めた理由はジュストくんが好きだからで、ちゅうだって初めてはジュストくんとだったけど、あんなにキモチよくはなかったし、というかあの時は夢中でそんなこと考えている余裕とかなかったっていうか、ビッツさんに無理矢理されたときは不快な感じしかしなかったけど彼はもう改心したから別に恨んじゃいないし、あれれそう言えばダイともしたようなしかも緊急時だったとはいえ私からで赤くなった顔が可愛かったけどそんな事言ってる場合じゃなかった状況で……
ごち。
頭を堅いモノで殴られた。
「か、カーディさん。いくらなんでも空きビンで殴るのはやりすぎじゃ……」
「痛みを感じないんだから大丈夫。っていうか、まだ夢見てるし」
どくどく流れる血が頬を伝って馬車の床に落ちる。
その赤さにまたヴォルさんの顔を思い出して、やっぱりあんな変なキモチになっちゃったのは私が、
「もう面倒くさい。えい」
「カーディさん!」
「はわわっ!?」
馬車から投げ出された。
「大変だ、乗客が落ちたぞ!」
走っている馬車から落とされ、全身を強く打つ。
天地が逆さになるような衝撃を受けつつぐるぐる転がって、私はようやくしょうきにもどった!
「なにをする!」
輝動馬車が急停止する。
幌の後ろから幼少カーディが顔を出した。
「ようやく目が覚めた」
「目が覚めたって……うっ」
私はさっきまでの自分を省みてゾッとする。
わ、私、もう少しで危ない世界に引き込まれる所だった……?
カーディの荒療治のおかげで、なんとか正気に戻ることができた……けど。
「だからって馬車から突き落とすのは酷くない!?」
「いつまでもボーっとしてるからそんな目にあうんだよ」
悪びれもなく言ってるけど、こんな目にあわせたのはカーディでしょ!
「し、仕方ないじゃない、いきなり女の人にキスされてビックリしたんだもん」
「今さら何を言ってるんだ。わたしとも前にしたじゃないか」
「あれは輝力を奪われただけだし。それに、ヴォルさんの方がずっと上手でキモチよかったから……」
「へぇ……」
あれ、なんかイライラしてる?
「誰彼構わず抱きついたりキスしたりしやがって、おまえは男でも女でも誰でも良いのか!」
「人をヘンタイみたく言うな! 私が自分からキスしたのは二回だけだし、抱きつくのは小さい女の子だけだっ!」
はっ。
大声で怒鳴り返した後でハッとする。
私たちの乗っていたのは、港町まで向かう高速輝動馬車。
封鎖が解けてようやく都市から出られるって事で、ほかにも大勢の人が乗っている。
「ぷぷっ……」
「くすくす……」
たくさんの笑い声が聞こえてくる。
しにたい。
「ルー、大丈夫?」
ジュストくんが馬車から飛び降り、私の所に走り寄って手を差し伸べてくれる。
ああ……やっぱりジュストくんは優しいね。
あっちで完全に他人のフリを決め込んでいるメガネの誰かとは大違いだね。
「うん、へいき」
私は笑顔で彼の手を握り返そうとして失敗する。
右腕が妙な方向に曲がっていることに気付いて泣きたくなった。
折れてるし……
「ほ、ほら、早く戻って手当てをしないと」
彼はそんな私を背負って馬車まで運んでくれる。
ああ、すっかり思い出したよ。
私はジュストくんが好きなんだよ。
告白は邪魔されてうやむやになっちゃったけど、まあいっか。
私は暖かい彼の背中に顔を埋めながら物思いにふける。
この旅もあと少しで終わってしまう。
そのことを考えるとちょっと寂しく感じる。
できれば、この旅が終わった後も彼と一緒にいたい。
もう、女の人にちゅうされて変な気持ちになっちゃったりしないから。
小さい女の子を抱きしめるのも時々だけにするから。
だから、もう少しだけこのままで。
※
「……あれ?」
ラインさんに
「ねえねえ、フレスさんがいないよ」
ボーッとしてたから今まで気づかなかった。
ビッツさんに別れの挨拶を言いに行くって言ったきり帰ってきてない。
「ああ、フレスならアンビッツ王子について行ったんじゃない?」
「は?」
「ちょっと前からそろそろ国に帰りたいって言ってし、ちょうどいいタイミングだったと思うよ」
「なにそれ、初耳なんだけど!」
たしかに、彼女は成り行きで着いてきただけだから、最後まで旅に付き合う理由はない。
途中で帰りたくなったっていうなら、私たちに止める権利はない。
でも、でもっ。
こんないきなりいなくなっちゃうなんてっ。
しかも私に内緒で、さよならも言わせてくれなくてっ。
え……
もしかして私、嫌われてたりした?
「ショックだよ、フレスさん……」
私が絶望に沈んでいると、遠くで何かが太陽の光を反射した。
「なんだ、あれ?」
それは氷の道だった。
今この瞬間、地面を凍り付かせながら。
ものすごいスピードでこちらに向かって伸びてくる。
氷の道が馬車の隣を併走する。
その上をフレスさんが滑っていた。
「ルーチェさんっ!」
「わわっ!」
彼女はジャンプして馬車に飛び移ってくる。
慌てて受け止めようとして失敗し、一緒に床を転がった。
フレスさんは私にのしかかるような格好のまま涙目でまくし立てる。
「ひどいです! どうしておいて行っちゃうんですか!」
「えっ、クイント国に帰るからビッツさんについて行ったんじゃ……」
「誰もそんなこと言ってませんよ!? 新代エインシャント神国まで一緒に行くって約束したじゃないですか!」
ちらりとジュストくんの方を見る。
彼はそっぽを向いて外の景色を眺めていた。
フレスさんが帰りたいっていうの、嘘だったのかな……
「えっと、ごめんね?」
「忘れてたんですね、悲しいです……今回の私、誰も見てないところですごくがんばったのに……」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
事実なので何も言えない。
私はひたすら謝るしかなかった。
「すごい……基礎輝術理論を学んだとはいえ、こうも短期間にオリジナルの術を編み出すなんて……」
「やれやれ、やかましいのはもうひとりいたか」
ラインさんは遠ざかっていく氷の道を見ながらなにやら感心して、カーディは呆れたように肩をすくめている。
一緒に行く仲間。
別々の道を選んだ仲間。
たくさんの出会いと別れを繰り返して、私たちはここまできた。
それもあと少し。
旅は確実に終わりに近づいている。
私たちはこの五人で最後の道のりを行く。
旅の目的地、新代エインシャント神国へと――
「綺麗に閉めようとしてもダメですからね!? お詫びに私ともちゅうしてください!」
「なんでそうなるの!?」
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