336 いろんな意味で危ないひと

 私が旅を始めた理由を思い出すしてみる。

 世界のためだとか、最強の輝術師になりたいとか、そんなんじゃない。

 彼のことが好きだから、ジュストくんにもう一度会いたいと思ったから、私はフィリア市を飛び出したんだ。


 どうしよう。

 意識し始めたら止まらなくなってきた。

 約束とか、旅の使命とかを言い訳にして、隠してきた気持ち。

 それが今になってどんどんと膨れ上がってくる。


「新代エインシャント神国までもうすぐだね。僕たちがどれだけ大賢者様の力になれるかはわからないけど、全部が終わって平和になったら、またみんなでアンビッツ王子に会いに行こう」


 彼が何かを口にするたびに、胸の鼓動が高鳴っていく。

 視線は知らずのうちに彼の目を、口元を、体を見つめている。


 やばい。

 抑えきれない。

 気持ちが昂ぶっていく。


 もし、もしだよ?

 いま言っちゃったらどうなるかな。

 私は、あなたのことが好きです……って。


 ビッツさんは私のことを好きだって言ってくれた。

 そして、私はその気持ちに応えられなかった。


 私がこのままジュストくんに気持ちを黙っているのは、ビッツさんに失礼なんじゃない?


 ううん、そんなのは自分に都合のいい考えだ。

 まだ旅は終わっていないし、これからエヴィルとの戦いもある。

 ジュストくんだって真面目に世界を救う手伝いをするつもりでいる。


 こんな状況で、好きだとか嫌いだとか言ってる余裕がある?


 もっとマジメにならなきゃ。

 今回の事件だって、展開次第ではもっと多くの犠牲者が出ていたかもしれない。

 ただでさえ戦いを甘く考えていたことを反省しなきゃって誓ったばっかりなんだから。


 よし、もう少しこの気持ちは封印しておこうね。

 そうするのが良いと思うんだよ。

 逃げるわけじゃないからね。

 いいよね?

 

「ジュストくん!」


 旅ももう少しでおわり。

 最後まで気合を入れてがんばろうね!

 そう言うつもりだった。


「うん?」


 けど、彼の顔を見た途端、言葉がすっぽりと頭から抜けてしまう。


「あ、あのっ、だからっ」


 たぶん、真っ赤になってると思う。


 あ、だめですね。

 やっぱり好きですね。


 一度意識しちゃったらもう止まらないよう。

 これまでどうやって気持ちを抑えてきたんだっけ?

 数分前の自分に聞いてみたい。


 もう言っちゃおうか。

 ビッツさんにも気付かれてたし。

 ジュストくんだって私の気持ちをわかってるかもしれないし。

 気持ちが通じ合っているとわかれば、これまで以上に戦に身が入るかもしれないし。


 あなたのことが好きでした。

 初めて会ったときから……


 実は僕もなんだ……

 ルー、好きだよ。


 そして二人は結ばれました。

 世界を救った伝説の恋人として、末永く語り継がれ――

 なんて、なんて、きゃーっ!

 はっ。


「あの、どうしたの?」


 気がつけば、ジュストくんが私の顔を覗き込んでいた。


 MOUSOU!

 なに考えてるんだ私はー!


「顔が赤いけど、熱でもある? 激しい戦いだったし、もう少し休んだほうが……」


 彼のおおきな手が私の額に触れる。

 力強くて、頼りがいがあって、とっても暖かい。


 ああ、もうダメ。

 後の事なんか知るもんか。


 もう言っちゃおう。

 わたし、こくはくします!


「あのですね、ちょっとお話があるんですが!」

「な、なに?」

「実は――」

「る、ルーチェさん、ルーチェさ……わわわっ!」


 決意をした瞬間、ラインさんが転がり込んできた。

 やたらと慌てた様子でやってきて、段差につまずいて派手に転倒する。


「だ、大丈夫ですか?」


 ジュストくんは彼を心配して駆け寄った。

 ――邪魔しやがって。


「あ、あのあの」

「なによ、うるさいな」


 なんでよりによってこんなタイミングで帰ってくるんだよ。


「あ、あの、その、大変なことが……って、どうして怒ってるんですか」

「怒ってない。用があるならはやく言って」

「言葉使いもなんだか怖いです……と、それよりも、ヴォルモーント様が……」

「はぁい、元気?」


 彼の背後から真っ赤な髪を揺らし、星輝士一番星のヴォルモーントさんが姿を現した。


 ニコニコと笑う彼女はやたらと機嫌がよさそう。

 まるで全ての悩みが消えてしまったみたいな晴れ晴れしさだ。


「ど、どうしたんですか。ずいぶんと嬉しそうですね」

「ん? そう見える?」

「そんな顔のヴォルモーントさん、はじめて見ます」

「ヴォルでいいわよ。長くて呼びにくいでしょ。アタシもアナタのことルーちゃんって呼ぶわ」


 なんだか勝手に。

 っていうか懐かしい呼ばれ方だなあ、それ。


 ヴォルモーントさん……

 もとい、ヴォルさんは無意味に回転して椅子に腰掛け、スラリと長い足を組む。

 やっぱり、ものすごく上機嫌。


「ひょっとして、お母さんの治療法が見つかったんですか?」

「ううん。そうじゃないの」

「じゃあなにがあったんですか?」

「治ってないけど、ちょっとだけ目を覚ましたの。母さん」

「え」

「またすぐ寝ちゃったけどね。久しぶりに話ができた」


 ああ、だからこんなに機嫌がいいんだね。

 長いこと眠り続けていたお母さんとお話ができて、すっごく嬉しかったんだ。


「何を話したんですか?」

「あのね、お説教されちゃった」


 怒られたのに嬉しいの?


「いつまでもこんな所にいないで、やるべきことをやってきなさいってね」

「やるべきこと……」

「アタシも新代エインシャント神国に向かうわ。さくっとゲートが開くのを阻止して、安心して母さんの面倒を見れるような環境にする」

「えっ、それじゃあ私たちと一緒に来てくれるんですか!?」

「残念だけどそれは無理。これまで催促を無視し続けてたから、ちょっと急がなくちゃいけなくてね。一足先に新代エインシャント神国まで飛んで行くことにするわ」


 飛んでいくって、そんな簡単に……

 いや、この人ならできるのかもしれないな。


 ともあれ、彼女は戦う決断をした。

 世界最強の輝攻戦士が、人類の戦闘に立って戦う。

 新代エインシャント神国で行われる対エヴィル対策は万全になるはずだ。


「それでね、今回はアナタにずいぶんお世話になっちゃったから、お礼をしなきゃと思って」

「私はそんなたいしたことしてないですよ。一緒に戦っただけじゃないですか」


 ヴォルさんが椅子から立ち上がり、私に顔を近づける。


「私の方こそ、ヴォルさんには――」


 お世話になって……

 と、言おうとした時。


 んぷっ?


 視界が遮られる。

 唇になにかぷにゅっとしたものが押し当てられる。


「ん、んんんっ!」


 な、なになになになにっ!?


「んー」


 ぬるっとしたものが唇を割って口の中に侵入してくる。

 それが私の中を味わうように這い回る。

 唇がさらに強く押し当てられる。


 わ、私、何をされて……

 頭がボーっとする。

 体の力が抜ける。

 お腹の下あたりが熱くなる。


 あれ、なんだろこれ。

 すっごくきもちよくて、ぽわーっとして。


 このままじゃ、私――


「ん……」


 全身がとろけてしまいそうな錯覚に、現実と夢の区別がつかなくなった頃。

 ようやくヴォルさんの唇が離れた。

 私はその場でへたり込んでしまう。


「ふう、ごちそうさま」

「な、なにを……」


 舌なめずりするヴォルさん。

 私は彼女の妖艶な顔を見上げる。

 混乱する頭で、どうにか状況を理解しようと勤めた。


 そして導き出された結論は。


「ごめんね、お礼のつもりだったのに、つい思いっきり味わっちゃったわ」


 キスされた。

 しかも、女の人に。

 輝力の受け渡しでもなんでもないのに。


 あれ、なんで?

 ヴォルさんって女の人だよね。

 おっぱいだって大きいし、とってもグラマーだし。

 怒った顔さえしてなければ、かなり美人なお姉さまだし。


 あれ、ということは私が男の子だっけ?


「アタシね、アナタみたいな可愛い女の子が大好きなの。もしアナタにその気があるなら、こんどはもっーとたっぷりと愛してあげるわ。アタシの順番を待ってる娘って結構多いのよ? それじゃ、またねー」


 ぶんぶんと子どもみたいに手を振って去っていくヴォルさん。

 戦いの時とはまた別の意味で嵐のような人だった。


「えっとですね。言い忘れてましたけど、ヴォルモーントさまの同性愛趣味は帝都ではとても有名で、彼女に目をつけられた女の子たちは、みんなあんな風に……」


 ラインさんの声が耳を右から左に通り抜ける。

 頭がボーッとして、言葉の意味を噛みしめる余裕はない。


「ルー、ルー! 大丈夫!?」


 私のことを呼んでいるジュストくんの声が、すごく遠くから聞こえているような気がする。

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