335 さよなら、王子様

 ホテルでみんなと合流する。

 準備が整い次第、私たちはアンデュスを発つ。


 次の目的地は、予定を変更して北西にある港町へ。

 事件解決を手伝ったお礼に、船を貸してもらえることになった。

 なんと、新代エインシャント神国のあるプロスパー島まで連れてってくれるんだって。


 しかも港町までは高速輝動馬車で一直線。

 その町出身の議員さんが一緒に乗せていってくれる。


 私たちの旅は終盤へと向かっていく。

 そして……ビッツさんともここでお別れだ。


 これまで使ってきた輝動馬車はビッツさんに譲ることにした。

 一番長く操縦を引き受けてくれた彼に使ってもらうのが、輝動二輪にとっても一番いいってことで、みんなと意見が一致した。


「何から何まで済まないな。勝手について来てきた私にそなたらは本当によくしてくれた」

「そんなことないですよ。ビッツさんがいてくれて、とっても助かりました」


 ジュストくんは街の輝士団に挨拶に。

 フレスさんはラインさんと一緒に旅立ち前の買い物に出かけている。

 カーディはいつものように行方知れずなので、いまロビーにいるのは私とビッツさんだけだ。


 思えば、ビッツさんとは奇妙な出会い方をした。

 途中で敵になったり、意外と変な人だってわかったり。

 でも、彼の機転や冷静な判断も助けられたことは何度もあった。


 この数カ月の間、彼とはいろんな思い出がある。

 私を好きって言ってくれた気持ちには応えられないけど、ビッツさんのことは本当に大切な仲間だと思っている。


「いままで、本当にありがとうございました」

「こちらこそだ。ありがとう、ルーチェ」


 差し伸べられた手を私はしっかりと握り返した。

 ダイに続いて、この旅で二回目のさよなら。

 別れるとなるとやっぱり寂しい。


「これからどこへ行くつもりなんですか?」

「以前に言った通り、まずは首都ルティアを目指す。それから後は……今はまだ秘密だ」

「えー、教えてくださいよ」

「フフ……じきにわかるさ」


 そう言って私の瞳をジッと覗きこむ。

 ビッツさんは本当にまっすぐな目をした人だ。

 そんな彼の表情に、少しだけドキっとしてしまう。


「この旅を通じて私も少しは成長できたと思う。もう以前のような過ちは犯さない」


 悪い輝術師に騙されて、守るべき国の人たちを苦しめてしまった過去。

 それは今も彼の中で深い傷となって残っているみたい。


 だけど今のビッツさんを見ていると、あの時みたいな失敗は二度と繰り返さないと確信できる。


「大丈夫ですよ。ビッツさんはきっと立派な王様になれますから、がんばってください」

「だといいな」


 彼は名残惜しそうに私の手を離すと、おもむろに荷物を肩に担いだ。


「では、そろそろ行くよ」

「えっ? せめてみんなが戻ってくるまで……」

「別れの雰囲気は苦手でな」


 なにもそんなに急がなくても。 

 彼は本当に行ってしまうつもりみたいだ。

 彼の手の中の輝動二輪のキーがチャラリと音を立てる。


「では、これはいただいていく」

「うん……元気でね」

「ルーチェも元気で。そなたが世界を救い、英雄と呼ばれる日を楽しみにしているぞ」

「期待に添えるように頑張ります……まだまだ未熟な小娘ですが」

「もっと自分に自信を持つといい。私が出会った中で、そなたほど魅力的な女性はいなかった」


 照れもせずそんなことを言うビッツさんに頬が少し熱くなる。

 私は照れくささをごまかすため、わざと大げさに手を振った。


「がんばってくださいね!」

「そなたもな。それから――」


 一度背中を向け、ビッツさんは肩越しに振り返る。


「あの約束は破棄でいいだろう」

「はき?」


 約束ってなんだっけ。


「旅の間は恋愛禁止という、アレだ。思えば私はそなたの恋路を邪魔してしまっていたな」

「こ、ここここいじ?」

「ジュストに対する気持ち、そろそろ打ち明けたらどうだ」

「じゅじゅじゅ、ジュストくんに対する気持ちって、どうしてそれをっ?」

「ハハハ。そなたを見ていればわかるよ」


 う、うわわ。

 私ってそんなにわかりやすい?

 いちおう約束のこともあるから、表面上は普通に振舞ってきたつもりだったのに。


「何しろ私はそなたのことが好きだったのだからな」

「あ……」

「いままでありがとう。そなたと旅ができて嬉しかったぞ」


 ビッツさんの顔は、少しだけ赤みが差して見えた。

 それをじっくりと見る間もなく、彼は前を向いて食堂を出て行ってしまう。


「またね、ビッツさん!」


 ビッツさんは肩越しに手を振って応えた。

 そして、それきり振り返ることなく彼は旅立っていった。




   ※


「ええっ? ビッツ王子、もう行っちゃたんですか」

「みんなにも挨拶をしたらって言ったんだけど」


 それから少ししてフレスさんが帰ってきた。

 彼女はビッツさんが既に旅立ったと知って、とても残念そうだった。

 二人の間に会話は少なかったように見えたけれど、意外と親近感を持ってたみたい。

 まあ、自分の国の王子様相手じゃ気軽に話しかけ辛いよね。


「らしいと言えばらしいですけど……でも、やっぱり挨拶くらいはしておきます」


 フレスさんはそう言ってまた出ていった。

 急いで輝動馬車が停めてある場所まで行けば、まだ会えるかもしれないって。


「がんばってねー」


 ホテルの玄関まで出て、私はフレスさんを見送った。

 一人残された後、ロビーに戻ってなんとなくこれまでの出来事を回想してみる。


 思えば半年前まで、こんな風に旅をするなんて想像もしなかった。

 自分が天然輝術師だなんて知らなかったあの頃。

 私はなんのとりえもない普通の学生だった。


 それが今じゃ、聖少女の再来なんて呼ばれる輝術師だ。

 自分自身ではそんなに変わった自覚はないけど。

 流されるままこんな所まで来てしまった。

 そう思うと、なんだか夢みたい。


 ううん、違う。

 ただ流されたわけじゃない。

 旅の始まりは、自分の意思だった。


 たしかに、そうしなきゃいけない理由もあったけど……

 私がフィリア市を出たのは、彼のことを想って、自分でした決断だ。


 これまでは使命だとか修行だとかで極力考えないようにしてた。

 けど私がこうして旅を続けているのは、彼のことが――


「アンビッツ王子、行っちゃったんだってね」

「はわっ!」


 まさにいま考えていた人に後ろから声をかけられる。

 私は座っていた椅子から転げ落ちそうになった。

 心臓が飛び出るかと思ったぞ!


「じゅ、ジュストくん、お帰り」

「ただいま」


 途中で買い物をしてきたのか、中身がパンパンに詰まった重そうなバックを下ろし、彼は向かいの椅子に腰掛けた。


「いろいろと助けてもらったのに、なんのお礼も言えなかったね」

「ジュストくんはビッツさんに別れの挨拶はしなくていいの?」

「したいところだけど、僕から言うべきことは何もないと思うよ」


 ジュストくんとビッツさんの関係も微妙な感じだった。

 険悪ではなかったけど、必要最低限の会話しかしてなかった気がする。

 どことなくお互いに遠慮し合っているような雰囲気があった。

 二人で会話をしているところもほとんど見たことがない。


 ジュストくんがビッツさんに遠慮するのは、やっぱり自分の国の王子様だからなのかな。

 ファーゼブルの輝士見習いとしては、身分の高い人が相手に友だち感覚ってわけにはいかないのかもしれない。

 ん? そう考えると、私が気にしなさすぎのブレイモノなの?


「そういえば前に思いっきり殴っちゃったこと、恨まれてるかもしれないなあ」

「そんなことはないと思うよ」


 狼雷団事件で、ジュストくんは敵対したビッツさんをぼこぼこにやっつけた。

 けど、ビッツさんがそのことで彼を恨んでいないのは確かだ。

 そんなことを根に持つような人じゃない。


「でも、やっぱりいなくなると寂しいね。ここまで一緒に旅してきた仲間なのに」

「ん――」


 同意しようとして、私は言葉に詰まった。

 いろいろと思考を巡らせてみて気がついたことがある。

 ビッツさんの存在と約束が、私の気持ちを強く抑えていたことに。

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