318 一番星
その日の夜。
ホテルの食堂で、私は今日の出来事を仲間たちに話した。
「ヴォルモーント様だ……」
ラインさんが手にしていたフォークとナイフを取り落とす。
彼は何かに怯えるようにガタガタと震え始めた。
ぼるもんと?
「それって私たちが見た赤い髪の女性のこと?」
「は、はい。それは間違いなく、
「聞いたことがある。一番星は達人ぞろいの星輝士の中でも桁外れに強く、人類最強の輝攻戦士と呼ばれていると」
震えているラインさんに変わって、ジュストくんが説明する。
あ、思い出した。
「五英雄の一人『血塗れノイモーント』さまの血を引く人……だっけ?」
「わずか十八歳で星輝士のトップに上り詰めた超天才輝攻戦士らしい。噂だけは聞いていたから、どんな屈強な戦士かと思っていたけど……」
まさか、女の人だったなんて。
それも多分、私たちとほとんど変わらない年齢。
たぶん、私より一つか二つくらい年上なだけだと思う。
「最強の輝攻戦士かあ……」
彼女の戦い方は私達の想像を遥かに超えていた。
いくら強いって言っても、一人の人間にできることなんて限りがある。
広範囲攻撃型の輝術が使える輝術師だって、五〇〇を超えるエヴィルを十分足らずで殲滅させるなんて絶対に不可能だ。
それをあの人は、武器らしい武器も持たないで、たったひとりでやってみせた。
「ジュストくん、
「まさか、絶対に無理だ。攻撃力から機動力まで、何もかも桁が違いすぎる」
ジュストくんはこのところメキメキ力をつけている。
最近はカーディにも認められるくらいになった。
その彼でも、ハッキリと無理だって言う。
目が合っただけでで死を連想するようなあの冷たい人。
私は過去に一度だけ、同じような恐怖を味わったことがある。
けれど、彼女にはその時の相手ともまた、質の違う怖さがあった。
「確かに、ヴォルモーント様ならたった一人で都市を守ることも可能かもしれません」
「しかし何故、シュタール帝国の星輝士がセアンスの
ジュストくんが質問する。
確かに、言われてみれば不思議だ。
シュタール帝国最強の星輝士が、なんで他の国の都市で戦ってるんだろう?
ラインさんは質問に答えられず、首を横に振った。
「わかりません。ボクもてっきり、ヴォルモーント様はウォスゲート解放阻止のため新代エインシャント神国に出向いているものだと思っていました」
エヴィルが大挙して押し寄せてきた理由もよくわからない。
どうもおかしなことだらけだけど、いくら考えても答えは出ない。
やがて、厨房から食事が運ばれてきたので、私たちは取りとりあえず夕食を食べてから、また改めて考えることにした。
カーディはまだ帰ってこない。
※
翌日、私は一人で小包を持って議会に向かった。
議会の建物は大きいけれど、シンプルな直方体で飾り気がない。
真っ白な五階建ての
なんか、巨大なマッチ箱って感じ。
入り口には警備の人が立っている。
頼めば入れてくれるかなって思ったけど……
「ダメダメ。議会の開催中は部外者立ち入り禁止だよ。個人的に面会がしたい人物がいるなら、役所を通して予約を取ってからにしてくれ」
門前払いされちゃった。
見た目はこんなでも、この建物は都市の政治の中心部だしね。
言ってみればお城みたいなものなんだから、簡単に入れないのも仕方ないかもしれない。
諦めて帰るしかないか……
予約をとって時間待ちするのと、しらみつぶしに町長さんの娘夫婦の家を探すの、どっちが早いだろう。
「わっ」
振り向いた途端、後ろにいた人とぶつかりそうになった。
「ご、ごめんなさい」
「待って下さい」
謝って通り過ぎようとしたとき、その人に呼び止められた。
「そのパクレット模様の包み、もしかして父の知り合いの方ですか?」
「え、じゃああなたが、町長さんの……」
「テュリップと申します」
らっきー。
探し人の方から来てくれたよ。
※
町長さんから預かった小包を手渡すと、テュリップさんはとっても喜んでいた。
「ありがとうございます。お礼がしたいので、ぜひ家に寄っていって下さい」
案内された屋敷は、町長さんの家に負けず劣らず大きな家だった。
中は
「この子の誕生日プレゼントを旅の方に届けてもらえるなんて、なんてお礼を言ったらいいか……」
「おねえちゃん、ありがと!」
丁寧にお辞儀をする小さい女の子。
彼女は四歳になったばかりのテュリップさんの娘だそう。
名前はペーシュちゃん。
私は彼女ををぎゅっとだきしめた。
お礼なんてこの娘の笑顔だけで十分だよ。
「くるしいよう……」
「あ、あの」
あ、いけない。
親御さんの前で私ってば……
見境なく小さい娘に抱きつくクセは止めなきゃね。
「そ、それより、元気そうでよかったです。パクレットの町長さん、この街との連絡が途絶えちゃったことを本当に心配してましたよ」
「やはりそうですよね……私も、できれば早く町に戻りたいのですが」
「戻れないんですか?」
パクレットの町長さんの心配とは裏腹に、このアンデュスは平和そのものだ。
なのに外部と連絡を取れず、交代で滞在するはずの代表の人も町に帰ることができない。
「先日の法改正によって、この街は完全に外界と隔離されてしまいましたから」
「え、なんでそんなことに?」
「議会の決定なんです。都市で施行された法律は王国における国法みたいなものだと思って下さい。正確に言えば街に入るのは自由ですが、誰も出ることができないようになってしまいました」
「それじゃ人が増えてばっかじゃないですか。ここで暮らすにしても、お仕事とかどうするんですか?」
「外部の方に向けた職業斡旋所があります。とはいえ、街に馴染めず無理にでも外に出ようとする人もいますが……」
何の説明もなく中に入れるのに、入った後で出れないって言われてもね。
そりゃ普通は文句も出てくる思う。
「そんな人たちを取り締まるために警察団が組織されたんです」
あの青い鎧の人たちか。
「その警察団っていうのがいまいちよくわかんないんですけど。輝士団とどう違うんですか?」
「衛兵隊と輝士団が解体され、新たに編成された組織です。その主な目的は二つあります」
テュリップさんは指を立てて一つずつ説明する。
「ひとつは隔絶街に巣くう犯罪集団を取り締まること。もう一つは街の外に出ようとする人を厳しく罰することです。半分は元輝士団だけあって輝攻戦士や輝術師もいますから、戦力に不足はありません」
そんなのに目を付けられたら大変だ。
普通の人は外に出るのを諦めるしかない。
私たちは飛んで街壁の外に出ちゃったけど……
あれもバレたらたぶん、法律違反で取り締まられたんだろうな。
「この街は西側に大きな古代鉱山があり、郊外には自給自足を行えるだけの大規模農場もあります。
そう言えば、都市入り口から中心部まで、どこを見てもかなり賑わってたね。
「とはいえ街の急激な変化に戸惑う人も多くて、隔絶街の住人となる人も増えていますが……その混乱を抑えているのが警察団なのです」
「けど、エヴィルの襲撃はあるんですよね?」
「星輝士ヴォルモーント様が一人で阻んでくださっています。なので警察団は都市内部の治安維持に集中できるのですよ」
それで街が栄えていくなら、確かに合理的ではある。
けど、それじゃ……
「国境付近にはエヴィルが溢れてるのは知ってますか? パクレットの町の周辺も、あんまり平和とは言えない状況ですよ。いくらあの人が強くても、周辺の町までひとりじゃ守れないですよね?」
「私たちもその現状は強く憂慮しています。地域の防衛については毎日のように議題に挙げていますが、議会の圧倒的多数派を占める産業奨励派議員たちは、警察団の都市外派遣を認めようとしないのですよ」
うう、なんだかよくわからない。
この人は決して今の状況を認めてる訳じゃないみたい。
でも議会が反対したら、それはどうしようもないってことみたいで……
「偉い人がぱぱっと決めちゃえないんですか?」
「ここは議員の話し合いですべてが決まる共和国ですから。そういうのは無理なんですよ」
「っていうか、なんでヴォルモーントって人はこの街を守ってるんですか? あの人ってシュタール帝国の星輝士ですよね?」
星輝士一番星。
世界最強の輝攻戦士ヴォルモーント。
たった一人でこの街をエヴィルから守っている女の人。
言い方は悪いけど、あれだけ強い人が一つの街の防衛にだけ専念してるのは、もったいないと思う。
それが自分の国だとか、生まれ故郷だとかいうならまだわかるけど……
「理由はわかりませんが、彼女は二月ほど前に突然この街にやってきました。彼女のおかげで本来なら防衛に使うはずだった人員と予算は、すべて都市内の治安維持に使えるようになりまして……それが、産業奨励派議員を活気づかせる原因にもなっています」
星輝士の任務は、国内外の対エヴィル要員のはず。
中にはラインさんのように自分の研究にばっかり夢中な人もいたけど……
この間出会った二番星から四番星の人たちも、私たちと同じように地域のケイオス退治をして回っているみたいだった。
その中でも桁違いの力を持つ一番星。
どうして、彼女は他国の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。