319 議会で演説
一番星のヴォルモーントって人はシュタール帝国の輝士だ。
この街に留まって、防衛を引き受けているのはどう考えても不自然だと思う。
「あなたの仰る通り、彼女に頼りきっているせいでこの街には……いえ、このアンデュスを中心としたセアンス東部地域からは、都市の外でエヴィルと戦うための輝士がいなくなってしまいました。もちろんヴォルモーント様といえど、たったひとりで近隣の町村まで守れるわけはありません」
輝士団はすべて警察団になって、街中の治安維持しかやってない。
アンデュスはそれでいいかもしれないけど、被害を蒙っているのは周りの町村だ。
冷静に振る舞って見えても、故郷に家族を残してきたテュリップさんは気が気じゃないはず。
「先ほども言いましたが、私たちもそのことは何度も議題に上げています。しかし産業奨励派議員達は、市内の治安意地が最優先であって、輝士団を再結成して戦力を割く余裕はない……と」
「なにそれ。自分たちさえよければ、他の町はどうなってもいいわけ?」
「彼らにとってはそうなんでしょうね」
まるで
一般市民ならまだしも、それが法律を決める立場の人だってのはとても危険。
「よし、説得しに行きましょう」
「え?」
思い立ったらすぐ行動!
「私が外で起きている脅威を訴えます。これでもファーゼブル王国からここまで旅してきたから、いま世界がどんな状況にあるかは理解しているつもりです。それに……」
私はポケットから紋章の入ったメダルを取り出した。
グレイロード先生から貰った、白の生徒の証。
これには第一級国賓証と同じ効力がある。
少なくとも、これを見せれば話くらいは聞いてもらえると思う。
「事情を知れば、その人たちも意見を変えるはずですよ」
事実を知ればきっと考えも変わるはず。
私もそうだったから、よくわかる。
「なるほど、それはいい考えですね!」
テュリップさんは手を叩いて喜んだ。
よおし、それじゃ産業奨励派の議員さんの家へ行くぞ!
※
……と、思ったんだけど。
なぜか私たちは議会の前に来ていた。
白の生徒の証を見せると、門番の人はすんなりと通してくれた。
なんでさっき来たときにそうしなかったのかっていうと、すっかり忘れていたから。
結果的にテュリップさんに会えたからよかったと思いましょう。
「まさか、あなたがあの有名なフェイントライツの方でしたとは。お噂はいつも聞いていますよ」
テュリップさんがちょっと驚いたように言った。
そういえば、自己紹介してなかったね。
建物のシンプルな外観に反して、中は王宮並みに豪奢。
私たちは赤絨毯の上を並んで歩く。
「旅人を引き止めている分、外の情報だけは入ってくるんですよ。もしかしたら、議員の何人かは興味を示してくれるかもしれませんね」
待合室に通され、ここで待つように言われた。
そのままテュリップさんはどこかに行ってしまう。
えっと、なんでこんなことに……?
私は産業奨励派の議員さんに会いに行こうって言った。
そしたら、なぜかテュリップさんはノリノリで私をこんな所に連れてきてしまった。
周りを見ても面白そうなものは何もない。
本も持ってきていないので、ソファに腰掛けて時間が過ぎるのを待つしかない。
小一時間ほど無意味な時を過ごす。
再び待合室にやってきたテュリップさんは、興奮した面持ちでこう言った。
「ルーチェさんが演説してくださると聞いて特別議会が開かれることになりました。産業奨励派を含めた三十人の議員全員がわざわざ集まってくれています。普段ならこんなことまずあり得ませんよ!」
はい?
いま、なんておっしゃいました?
※
再び廊下を移動。
最奥にある大扉を潜り抜ける。
その部屋にはコの字型に並べられた縦長の机があった。
それを取り囲むように、三十人の議員さんたちが並んで着席している。
その内半数は、悪趣味な宝石をあちこちにちりばめた無駄に豪奢な格好をしている。
「ほう、アレが噂の……」
「まだ少女ではないか」
「外見だけで判断するのはよろしくない。あの大賢者に見出され、黒衣の妖将をも打ち倒したといわれる大輝術師だぞ」
ざわめき始める会議室内。
その奥、一段高くなったところに巨大な机が置かれている。
そこには黒い神父さまのような格好をした人がいて、私を手招きしてる。
この人が議会の一番偉い人なのかな?
けど、それより。
私の目を引いたのは部屋の隅。
腕を組み壁に寄りかかっている人物だった。
露出度の高いジャケットとハーフパンツ。
血の汚れは落とされているけれど、それよりもずっと真っ赤な長い髪が印象的。
ただ立っているだけなのに、この中の誰よりも圧倒的な存在感がある。
私が入ってきても全く気にも止めず、目を閉じたまま指先一つ動かさない。
全身から放たれる威圧感はまるで嵐の前の海のよう。
「ようこそ。大賢者の弟子、フェイントライツのルーチェ様」
どうぞ、と椅子を勧められ、私は一番奥の席に座る。
さて、なんで私はこんなところにいるんでしょう?
「早速ですが、お話を伺わせてください。数多くのエヴィルを打ち倒してきた歴戦の輝術師様が、我々に貴重なご意見をいただけるとのことですが……」
ともあれ、言わなきゃ仕方ない。
上手く話せるか自信はないけれど、せっかく与えられたチャンスだし。
「ごほん。えー、でははなっ、話させてもらいますがっ」
あーもう、こんな大勢の前でしゃべるとか無理!
※
それでも私は精一杯喋った。
先生の下を離れてから、これまでの経験を詳細に語った。
世界にはどれだけエヴィルが溢れていて、人々が助けを求めているかということ。
小国や郊外の町村にはエヴィルに対抗できる人材が少なく、
このままでは、このアンデュス周辺の町村はいつエヴィルに襲われてもおかしくない。
都市内のことも大事だと思う。
けど、余った戦力で近隣の町を助けることも大事だよ。
ってこと。
何度か横道に逸れたり、少々大げさに話したりもしたけれど。
何とか言いたいことは言い切ったと思う。
「……私が言いたいのは、そういうことです」
そう言って締めくくると、誰かが手を叩いた。
それはすぐに会議室内に広まり、盛大な拍手になる。
今さらながら恥かしさがこみ上げてくる。
国のえらい人たちを相手に、よくこれだけしゃべったなあ。
私すごい!
がんばった!
「いや、本当に素晴らしい!」
議長さんが穏やかな微笑みを浮かべて共に立ち上がる。
……私の言いたいこと、伝わったんだ。
よかった。
これで、考えを改めてくれる。
上手く言えなくても、気持ちは伝わるんだ。
そうだよね、誰だって辛い目にあっている人たちを放ってなんか置けないはずだもん。
「偉大な冒険者の活劇譚、いたく感動しました」
えっ。
「私もです。お話は拙いながらも、まるで幼少期に戻ったように興奮しましたわ」
「まさに五英雄の再来。いや、現代における生きた伝説だ」
「その戦力、ぜひともアンデュス防衛に役立てたい」
な、なに?
何か話の流れがおかしくない?
私たちがアンデュス防衛に力を貸すなんて一言も言ってないし。
むしろ、ここの戦力を他に回してあげて欲しいって言ってるんだけど。
「是非、あなたがたにはこの街に留まってほしい。ヴォルモーント殿とルーチェ様たちが居れば、どんなエヴィルが攻めてきても恐れることはない」
ふと、部屋の隅に佇むヴォルモーントさんの気配が変わった気がした。
そちらに目を向けても、彼女は変わらない無表情で立っている。
心なしか、わずかに眉が跳ね上がったように見えたけど……
「そ、そんなことを言ってるわけじゃありません! 私たちは新代エインシャント神国に向かってる途中ですし、むしろこの街の輝士を他に回してあげて下さいって言ってるんですけど!?」
「もちろん報酬は支払う。給金は月にこれくらいでどうだ?」
議長さんは手元の紙にさらさらと金額をかき込んだ、
昨日売ろうとしたエヴィルストーンの総額を遥かに超える。
ちょっと目が飛び出るかと思うほどのびっくりするような額だった。
「そっ、そんなお金がどこから……」
「そなたらとヴォルモーント殿がいてくだされば、いくらでもエヴィルストーンは手に入る。市内統制のための警察団はますます強化され、労働力はこれからも増え続ける。アンデュスはますます栄え、やがてはミドワルト一の産業都市になるでしょう」
「なっ――」
あまりに手前勝手な議長さんの言葉に、私は声を失った。
私の話、本当にちゃんと聞いてたの……?
「失礼します」
愕然としていると、いきなり会議室のドアが開いた。
警察団の青い鎧を来た人が入ってくる。
「なんだ、会議中だぞ!」
「申し訳ありません。ですが、この男が……」
警察団の人の横をすり抜け、議会に入ってきたのはジュストくんだった。
「ルー!」
「ジュストくん、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ!」
彼は私の元に近寄ると、手を引いて無理やり立たせた。
あ、あれ? なんか怒ってる?
「キミが先程の話に出てきたジュスティツァ君か。どうだね、キミもこの街で働いて見ないか? キミほどの実績があれば警察団副長官の任も任せられる。収入は望むだけ払おう」
「考えておきます」
ジュストくんは議長に向かって慇懃に頭を下げると、そのまま私を会議室の外に連れ出した。
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