301 二番星と三番星

「いつでも来い」


 村はずれの広場にやって来た。

 ゾンネが長剣を片手で構え、挑発するように手を上向ける。


 向かい合うのはダイ、ビッツさん、ラインさんの三人。

 ダイとビッツさんは輝攻戦士化していて、すでに戦闘態勢。

 一方、ラインさんは生身のまま、鞭を握り締めながらオドオドしている。


「星輝士の二番星だか知らんが、本気で我ら三人を相手にするつもりか?」

「遠慮はいらん。冒険者くずれが相手では、俺ひとりでも余るくらいだ」

「テメエ、あんまいい気になんなよ」


 繰り返し挑発されたダイも我慢の限界みたい。

 っていうか、こいついちいち言うことが腹立つ!

 あっちもああ言ってるんだし、遠慮せずにやっちゃえ!


「行くぜ!」


 ダイが跳んだ。

 正面からの直線的な攻め。

 後方ではビッツさんが既に火槍を構えている。

 左右に避けようものなら、すかさず狙い打つつもりだ。


「うう、もうどうなっても知りませんからね!」


 覚悟を決めたのか、ラインさんも輝攻戦士化する。

 先輩と戦うのは嫌みたいだけど、彼にとっても星輝士の除名がかかってるから、手は抜けないはず。


 いくらゾンネが強くたって、輝攻戦士三人を相手にできるわけない!

 ――と、私は思ってた。


「え」

「一人」


 ゾンネはいつのまにか、ダイとビッツさんの間にいた。

 ダイは突撃する勢いのまま、声も上げず前のめりに倒れる。

 

 私は戦いの様子を見るために流読みを使っていた。

 けど、ゾンネの動きはほとんど見えなかった。


 わかるのは超高速で移動して、すれ違いざまにカウンター攻撃をしたってことだけ。


 予想外の出来事に引き金を引くタイミングを逃すビッツさん。

 彼もまた、次の瞬間には目の前に迫ったゾンネに倒されていた。


「がっ!?」

「二人……三人」

「うわーっ!」


 剣筋さえ見せない超高速の斬撃だった。

 ビッツさんは火槍を落とし、膝から崩れ落ちる。

 そのことを私が理解した時には、ラインさんが吹き飛ばされていた。


「終わりだ」


 ゾンネが長剣を払い、鞘に納める。




   ※


「こんなものだ。ザコが調子に乗るから、痛い目に遭う」

「……強い」


 ゾンネは圧倒的に強かった。

 これが星輝士、二番星の実力。


 この人なら、本当にナコさんも止められたかもしれない。

 けど、けどっ。


「よくもみんなをっ!」


 その態度はどうしても許せない!


 いくら強いからっていって、私たちのやってきたことを頭ごなしに否定した上、三人をバカにするような発言をされて黙ってられるわけがない!


「あれ? 輝士同士の戦いだから、手を出すなって言ったよね?」


 エルデが空中で逆さになって後ろから私を見下ろしている。


「君の仲間達は正々堂々と正面から、それも三対一のハンデを背負って負けたんだ。少しくらいはバカにされても仕方ないと思わない?」

「思わない! そんな、皆を侮辱するようなこと――」

「やめろよ、ルー」


 激高して怒鳴り返す私をジュストくんの声が止めた。

 彼は左手に松葉杖を持ち、フレスさんに支えられながらやってくる。


「じゅ、ジュストくん、歩いて大丈夫なの?」

「私は止めたんですけどね」


 フレスさんが呆れた声で言った。

 ジュストくんの怪我はとにかく一番酷かった。

 本当はまだ、歩くのも辛いはずだ。

 彼はフレスさんから手を離すと、杖で体を支えながら私の方に歩いてくる。


「その人の態度はともかく、ダイたちは正々堂々と戦って負けたんだ。それなのに文句を言っては、逆に彼らを侮辱することになるよ」

「そ、そりゃ、言ってることはわかるけど……」


 それでもやっぱり、納得いかない。

 だって、このままバカにされたままなんて、悔しいよ。


「けど、僕たちだって遊びで旅をしているわけじゃない」


 ジュストくんの右手が私の肩に触れる。

 それで気づいた、ジュストくんも怒ってるんだ。

 そんな彼の感情を見透かすように、三番星エルデはくるくる回りながら嘲笑を浴びせる。


「遊びじゃないって言ってもさー、君の言うとおり、そいつらが弱いのは事実じゃん? ゾンネ一人に手も足も出ない程度の力で、世界を救う旅をしてるなんて言われても、おこがましいにも程があるよね」

「まだ僕が残っている」


 ジュストくんは腰の剣に手をかけると、手にしていた松葉杖を放り投げた。


「だ、ダメだよっ。いま戦ったりしたら、傷が拡がっちゃう」

「心配ないよ。それより、力を貸してくれ」


 そう言って、ジュストくんが空いた左手を差し伸べる。

 彼の体のことを考えるなら、この手を握り返すべきじゃない。

 わかっているけれど、みんなのことを考えると、やっぱりなんとかして欲しい。


「絶対に無茶しないでね」

「わかってるよ」


 私はジュストくんの手を握る。

 最初はそっと、次第に強く輝力を送り込む。


「フレス」

「止めないけど、やるからにはしっかりしてよ――攻性輝強化シャイナップ・ストライク


 二人分の輝力がジュストくんの中に流れ込んでいく。

 液体状になった輝粒子は、青白い膜となってジュストくんを包む。

 その光景を見たゾンネが感嘆の声を上げた。


「すさまじい輝力だな」

「普通にビックリだね」


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイト

 それは彼らの興味を引いたみたいだ。


「いいだろう。かかって来い」


 ゾンネが口元に笑みを浮かべる。


「言われなくても!」


 鋭い目つきで睨み返すジュストくん。

 彼は剣を構え、思いっきり地面を蹴った。


 流星のような尾を引いた低空飛行。

 真っ正面から攻めるのは、さっきのダイと同じ。

 そしてゾンネもそれを超高速移動で迎え撃つ、けれど。


「はっ!」

「……ほう?」


 ジュストくんは背後を取らせなかった。

 顔が触れ合うくらいの至近距離で二人は睨み合う。

 互いの剣は鍔元で交差し、切っ先は相手の首筋にかかっていた。


「すごいや、ゾンネの『クイック・ムーブ』を初見で見切るなんて」


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになったジュストくんは、スピード、腕力、動体視力に反射神経、あらゆる身体能力が超強化されている。

 その戦闘力はケイオス相手でも一対一血で互角以上に戦えるくらいで、この状態の彼が負けた相手はナコさんただ一人だけ。


「やるな、しかし!」


 ゾンネが剣を弾く。

 二人の間合いが離れた。

 互いに次の一撃を……いや。

 続けざまに次々と連撃を繰り出す。


 カカカカカ……と打楽器を叩くかのような音が辺りに響く。

 超高速機動を使う達人同士の攻防。

 それは流読みを使ってもおぼろげにしか見えない。


 ひときわ甲高い音が響いた。

 二人の距離が離れる。

 どちらも致命的な一撃は食らっていない。

 けれど、ジュストくんの息は上がっていた。


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイト最大の欠点は、体に大きな負担がかかること。

 傷口もふさがっていないのにあんなに激しい動きをしたら……


「ジュストくん、もう……」


 仇を討って欲しいとは思ったけど、やっぱりやめさせなきゃ。

 私がそう思った途端、ゾンネがふいに剣を鞘に収めた。


「どういうつもりだ、僕はまだ戦えるぞ」

「ふん」


 ゾンネはエルデを見上げると、「帰るぞ」と短く言った。


「訂正する。フェイントライツには骨のあるやつもいるようだ」

「何?」

「怪我さえなければ、トモな勝負もできたかも知れんな」

「女の子二人からの借り物の力ってところが、やっぱり偽物っぽいけどね」


 どうやら、ゾンネはジュストくんを認めたらしい。

 上からの物言いは気に食わないけれど、これ以上戦えばジュストくんの体が危ない。

 退いてくれて助かった。


「……僕からも、一つだけ言っておく」


 去っていくゾンネの背中に、ジュストくんが声をかける。


「キリサキ・ナコはあなたよりずっと強かった。今回の事件、あなたがいたとしても結果は変わらなかったはずだ」


 ゾンネは振り返り、物凄い形相でジュスト君を睨みつけた。


「ひっ」


 私はびっくりして悲鳴を上げてしまったけど、ジュストくんは真っ直ぐに彼を睨み返す。


「……負け犬の遠吠えにしても品がないな」


 すぐに冷静さを取り戻したゾンネは軽く鼻を鳴らすとさっさと去って行った。


「あのゾンネを言い負かすなんて、君、結構才能あるよ」


 三番星エルデはまだ空中に逆さまで漂っている。

 感情がこもらない声がやたらと不気味だ。

 彼の深い色の瞳が私の方を見る。


「僕はゾンネと違って力比べとか興味ないけど、いつか君とは遊んでみたいな」

「えっ。や、やだっ」


 こんなやつと遊びたくない!


「面白いね。ピンクの前にわたしと遊んでみる?」


 気がつくと、近くの木の上にカーディがいた。

 高所から見下ろすカーディと、逆さまのエルデの視線が交差する。


「あは、君が噂の?」

「どんな噂か知らないけど、たぶんその通りだよ」


 幼少モードのカーディ。

 少年にしか見えないエルデ。

 外見は幼い子どもにしか見えない二人。

 けれどその間には、子どものケンカとはまるで違う威圧感がある。


 まさに一触即発の空気が流れた、その直後。


「ま、今日の任務に君の始末は含まれてないし」


 緊迫した雰囲気はあっさりと破られた。

 エルデは一瞬前の緊張が嘘のように感情のこもった笑顔を見せた。


「逃げるんだ。賢明だね」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるよ」


 エルデはカーディの挑発を軽く流す。


「機会があれば相手をしてあげるよ、黒衣の妖将」

「そう。死にたくなったら、いつでもわたしのところに来な」

「あははっ、こわいこわい」


 最初の印象とは全く違う、無邪気な子供のような顔でエルデは笑う。


「それじゃ、これ以上ゾンネの機嫌が悪くなったら困るから、僕ももう行くよ。今日のあいつ、どこかの誰かが仕掛けた落とし穴にハマってからずっとイラついてるんだ」


 えっ。

 あ、ナコさん対策で仕掛けた罠……


 あれ、もしかして。

 あいつのむかつく態度、ただの八つ当たり?

 

「じゃあねっ」


 くるりと空中で一回転すると、エルデの姿は煙のように消えてしまった。

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