302 しばしの別れ
ゾンネたちが去ってから、さらに二日。
みんなの怪我も癒えたので、私たちは村を出ることになりました。
出発前に、ラインさんが怪我した三人の体調チェックを行う。
私は特に必要ないので先に仕度を整えて食堂でみんなが来るのを待っていた。
何をするでもなく、窓の外を眺める。
……結局、女将さんを慕っていた女の人からは嫌われたままだったなあ。
私たちの見ていない所でも多くの人が殺されて、皆も大怪我して。
今回の一件は、本当に後味が悪かった。
ナコさんも結局、行方不明。
あの大怪我で、あの高さから落ちて、無事だとも思えない。
ダイには気の毒だけど、たぶん……死んじゃったんだと思う。
「ルー」
最初に健康チェックを終えたジュストくんがやってきた。
「大丈夫だった?」
「うん。ほとんど怪我は塞がってるし、後遺症もないって」
彼は一番ひどい怪我をしていた上、ゾンネとの戦いで
彼が大丈夫なら、きっと他のみんなも大丈夫だと思う。
さすがラインさん。
輝術医療の第一人者。
ジュストくんは黙って椅子に座った。
特にこの二日は治療に専念してたから、こうして二人きりで顔を合わせるのも久しぶり。
何かお話をしたいと思うけれど、言葉が出てこない。
気まずい無言の時間だけが流れる。
多すぎた犠牲者。
ナコさんの死。
そして事後にやってきて、好き放題言ってたゾンネたち。
本当に辛いことばかりだった。
何よりも、自分たちの未熟さを思い知らされた。
「もう二度と、こんな事がないようにしたいね」
気がつくと私はそう呟いていた。
「もっと頑張らないと、強くならないといけないね」
「そうだな」
ジュストくんも強く頷いた。
「ニセモノの英雄なんて言われないように、頑張らなきゃ」
私たちはこれからも戦い続けるし、みんなで新代エインシャントを目指す。
軽い気持ちで英雄気取りになっていたのは認める。
けど、私たちはそれだけじゃない。
もっと強くなって、次はこんな悲惨な事件を起こさせない。
エヴィルと戦うだけじゃなく、多くの悲しみから人を救えるような人間にならなきゃ。
これからも辛いこと、力の及ばないことはあるかもしれない。
けれど、へこたれてなんていられない。
世界を救えるような輝術師になる。
その気持ちに、嘘はないから。
しばらくすると、ビッツさんがやってきた。
無言で椅子に腰掛け火槍の整備を始める。
彼もいろいろ思うところがあるみたい。
それから少しして、ダイとラインさんが二人揃ってやってきた。
ラインさんは何故か困ったような顔をしている。
「三人とも異常はありません。すぐにでも旅立てますよ」
検査の結果を一言で告げるラインさん。
その後ろから、幼少モードのカーディがひょっこり顔を出した。
「じゃあ、行くよ」
カーディが言う。
どこへ?
「新代エインシャント神国まではそう遠くない。これからはわたしもおまえたちに同行する」
「本当!?」
これまでラインさん&カーディコンビとは、別々に新代エインシャント神国をめざしていた。
時々私たちの前に姿を現しては、助けてくれたり邪魔したりしてたけど……
この二人が仲間になってくれるなら、本当に心強い!
「カーディ!」
「おっと、抱きついたら刺しころすからね」
カーディどこからかナイフを取り出して私の顔の前に突きつけた!
危ないなあ、もう少しで本当に刺さってたぞ。
だんだんツッコミ激しくなってくるなあ、この娘……
ジュストくんは頷き、ビッツさんは無言で火槍の整備を続ける。
フレスさんは少し複雑そうな顔をしていたけど反対する気はないみたいだ。
「まあ、ひとり減る分の穴は埋めてやらないとね」
「減る?」
カーディがよくわからないことを言う。
彼女は親指を立ててダイを指さした。
「ダイゴロウはここで別れるって」
「えっ!?」
「本当ですか?」
私とフレスさんが同時に声を上げ、ダイの方を見る。
「ああ」
ダイは首を縦に振った。
ジュストくんとビッツさんは何も言わず黙っている。
もしかしたら、二人はすでに聞いていたのかも知れない。
「そっか、そうだよね……」
ダイは私たちと違って、新代エインシャント神国をめざしているわけじゃない。
彼が旅する目的はあくまで離ればなれになったナコさんを探す事だった。
目的を失った今、ダイが私たちと一緒にいる理由は何もない。
今回、一番深く傷ついているのはダイだ。
無理に引き止めることはできない。
けど、なんだかんだ言ってもこれまで一緒に旅をしてきた仲間だ。
いきなり別れるなんて言われたら、やっぱり寂しいと思うよ。
「おっと、勘違いすんなよ。オマエたちとは別れるけど、戦うことを止めるわけじゃないからな」
「え?」
「しばらく一人で修業をしながら自分を見つめなおしてみようと思ってるんだ」
そう言うダイの声は、思ったよりも沈んでいなかった。
瞳は強く輝いてて、決して戦うことを諦めた人の顔じゃない。
「オレはオレの剣を極める。もう二度と、力のないことで後悔しないために」
目的を失ってしまったダイ。
だけど彼はそれで折れるような弱い人間じゃなかった。
「ジュスト」
ダイの視線がジュストくんの方を向く。
「オレは強くなってみせるぜ。
「ああ、楽しみにしてる」
二人の視線が空中で交わる。
堅く握り締めた拳をぶつけ合う。
「修行が終わったら、オレも新代エインシャント神国に向かう。だから、向こうでまた会おうぜ」
ダイは決して後ろ向きな理由で私たちと別れるわけじゃない。
自分にとって最良の道を探すために、一時的に離ればなれになるだけだ。
ナコさんがいなくなってから塞ぎ込んでいるように見えたけど、心配することもなかったね。
大丈夫、ダイならきっと誰より強くなれるよ。
ここで別れるのは寂しいけど、私たちみんな応援してる。
※
せめてセアンス共和国に入るまで一緒に……
って思ったけど、ダイはすぐに私たちと別れるつもりみたいだ。
「元気でね」
「ああ、またな」
手を振る私に、ダイはそっけない返事をする。
けど「またな」と言ってくれたことは素直に嬉しかった。
「新代エインシャント神国で会おう」
ジュストくんと硬い握手を交わし、ダイは背を向けて歩き出す。
私はその背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
「行っちゃいましたね」
彼を見送った後、フレスさんが呟いた。
あまり仲が良くなかったビッツさんまで、なんだか寂しそうな表情をしている。
「目的地は同じなのだ、またいつか会えるだろう」
「きっと、次に会うときは今以上に強くなってるよ」
いちばんダイと仲が良かったジュストくん。
彼がダイのことを心から信頼しているのがわかる。
同じ剣士として、ダイがいつかまた戻ってくるのを信じてる。
私も信じてる。
ダイとはきっとまた会える。
その時にバカにされないよう、私たちは私たちにできることを続けよう。
私たちは輝動馬車に乗り込んだ。
ビッツさんが輝動二輪のハンドルを握る。
馬車が村を出て、山中の細い道を西へと向かう。
間もなく国境を越える。
三つ目の大国、セアンス共和国に入る。
新代エインシャント神国まであとちょっと。
到着するまでに、まだまだ強くならなくっちゃ。
少しだけ寂しくなった私たちの旅は、まだもう少し続く。
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