300 遅れてきた星輝士

「望み通りに名乗ってやったんだ、早く村へ案内してもらおうか」


 あなたは別に自分で名乗ってないでしょ。

 ゾンネとかいう紫髪の男はどこまでも偉そうな態度だ。

 いくら星輝士とはいえ、この人はとても好感が持てそうにない。


「別にいいですけど、いまは人を探してるんです。こっちの用事が済んでからにしてください」

「だったら待つ必要はなさそうだよ」


 黒ずくめの三番星エルデが抑揚のない声で言った。

 すると彼の後方の森の中から、木を避けて歩いてくる黒髪の少年の姿が見えた。


 ダイだ。

 後ろを見てもいないのに、どうしてわかったんだろう。


「ルー子?」


 知らない人と話している私に、ダイが不思議そうな顔で話しかけてくる。

 彼の沈んだ様子を見るに、ナコさんの手がかりは何も見つけられなかったみたいだ。


「ほら、ゾンネ。連続殺人犯の弟だよ」

「ちょうどいい。無駄に時間を浪費せずに済んだな」

「っ!」


 遠慮ない二人の物言いに、さすがの私も頭に来た。

 こいつら、ダイがどんな気持ちか考えもしないで!


「おい、誰だよコイツら」

「フェイントライツのダイゴロウだな?」


 訝しげな表情で尋ねるダイの前に、ゾンネが立ち塞がる。


「だったらなん――」


 ゾンネの右拳が彼の頬を打った。


「ぐはっ!」

「ちょっと、なにするの!?」


 ダイが殴り飛ばされ、思わずカッとなった。

 私は怒りのままゾンネに詰め寄ろうとして、


「動かない方がいいよ」


 周囲を得体の知れないものに囲まれていることに気がついた。

 よく目を凝らさなければわからない、半透明の生物。

 これは……輝術!?


「触ったら派手に裂けるよ。そして傷口から入って内側から体を食い破る。苦しみ抜いて死にたくなければ大人しくしててね」


 まるでゲームのルールを説明するように淡々と告げるエルデ。

 術の恐ろしさ以上に、こいつの態度に私はゾッとした。


 余計なことをすれば、本当に殺される。

 そう思わせるだけの迫力があった。


「何も本当に殺そうってわけじゃない。ちょっと話をしたいだけだから、安心してね」

「いきなり殴っておいて、何が話をしたいだけよ!」


 文句を言ったところで術を解いてくれるとは思えない。

 自力で脱出したいけれど、下手に動いたらこっちが危ない。


 いったいいつの間に輝術を使ったのか、それさえもわからなかった。

 輝言を唱えた様子も全くなかったし……

 まさか、こいつ天然輝術師?


「てめえっ!」


 ダイが起き上がって、ゾンネに飛び掛かる。

 ゾンネは造作もなく体をひねって攻撃を避けた。

 足を引っ掛けられ、またしてもダイは地面を転がる。


「無様だな」

「ちくしょう……!」


 そんなダイを蔑むように見下すゾンネ。

 ダイは起き上がって、拳をわなわなと震わせた。

 武器もない彼が輝攻戦士化した相手に勝てるわけがない。


「貴様らのやっていることなど、所詮は子どもの冒険者ごっこだ」


 ゾンネはダイを無視して私に視線を向けた。

 身動きが取れないため、睨み返すことしかできない。


「戦い方はまるで素人の天然輝術師。輝攻化武具がなければ何もできない我流剣士。ちょっと強いオモチャを手に入れて、はしゃいでいるだけのガキに過ぎん」

「わ、私たちは別に、遊びでやってるわけじゃ……」

「今回の事件、何人の犠牲者を出したと思っている」


 ゾンネの指摘に私は何も言い返せなかった。

 犠牲者の多くは私たちがやって来る前に出ていた。

 けれど、私たちさえしっかりしていれば、少なくとも女将さんは救えたかもしれない。


 でも、けどっ。


「あなたたちがいたら、何が違ったって言うのよっ!」


 ナコさんは本当に強かった。

 私たちが全力で挑んでも敵わないほど。


「悪は一刀の元に斬り捨てる。それだけだ」


 そんな端的な言葉を吐いてゾンネは私に背を向けた。


「村の場所を聞き出さなくていいの?」

「自分で探す。これ以上ガキと付き合うのは時間の無駄だ」


 ゾンネは跳躍し、輝攻戦士の低空飛行でスイスイと木々を避けながら村の方へ飛んでいく。

 エルデは肩をすくめると、無機質な笑みを浮かべて私を見た。


「だってさ。あ、その術は一分後に自動的に解除されるから、ボクらがいなくなった後でゆっくり追いかけてきてね。じゃあ、またねー」


 エルデは手を振ってゾンネの後を追った。

 その身体が宙に浮き、ふよふよと自在に空を飛んでる。

 風飛翔ウェン・フライングじゃない、見たこともない飛行の術だ。


「くそっ!」


 私は身動きの取れないまま、地面に拳を叩きつけるダイの姿を見た。




   ※


 一分経って、半透明な生き物は消えた。

 自由になったけれどダイは地面に座り込んだまま動こうとしない。

 悔しくて立ち上がることもできないんだろうけど、そんなダイの姿は見たくなかった。


「ダイ、行くよ!」


 私はダイの腕を掴んで無理やり立たせる。


「追いかけて、あいつを一発殴ってやろう」


 私の事はともかく、怪我も癒えてないダイに暴力をふるったことは許せない。

 私は触れた手から輝力を送り込んでダイを輝攻戦士化させた。


「ほら、早く私を運んで」

「あ、ああ……」


 ダイはたじろぎながらも立ち上がった。

 彼の背中におぶさる。


「さあいけ、輝動人間ダイ一号!」

「おいっ! ……ちっ、しっかり掴まってろよ!」


 冗談のつもりだったけれど、ダイは背負ったまま走り出す。


「おわっ、ちょ、止まって! これ意外と怖い!」

「うるさい、急いでるんだから文句言うな!」


 自分で飛ぶのと誰かに掴まるのじゃ感覚が違う! これまじ怖い!


 ともあれ、少しは元気になってくれたようでよかった。

 同じ輝攻戦士になれば、あんなやつにダイが負けるはずない。




   ※


 流石に村の中でおんぶは恥かしい。

 入り口近くで下ろしてもらって、後は自分で走った。


 宿に戻ると二階から激しい物音が聞こえてきた。

 階段を駆け上がる。

 ラインさんの声が聞こえてくる。


「す、すみませんでした……でも、ボクはボクなりに精一杯……」


 その声を遮るように鈍い音が響いた。

 二階の廊下でゾンネがラインさんを殴りつけていた。


「なにやってるのよっ!」


 怒鳴りつけたけどゾンネはこちらを見ようともしない。

 彼は冷たい声で言い放った。


「貴様は星輝士失格だ。二番星の権限において、今この場で資格を剥奪する」

「そ、そんな……」


 がっくりとうな垂れ、地面に膝を突くラインさん。


「ちょっと、何を勝手なこと――」

「どけ、ルーチェ」


 私の後ろ、廊下の端でビッツさんが火槍を構えていた。


「理由は知らんが、このような狼藉を働いて無事に帰れると思うなよ。その男は我らの仲間であり主治医なのだ」


 私は壁に張り付き射線上から退避する。

 まさか建物の中で撃つとは思わないけれど、珍しくビッツさんも怒っている。


「……ふん、クイント自治区の首長家の人間か」


 ぴくり。

 ゾンネの言葉にビッツさんの眉が跳ね上がる。


 小国を自治区って呼ぶのは、大国以外を国家として認めない差別主義者の言葉だ。

 世界は五つの大国とその治める地域だけで成り立っていて、小国の王家はあくまで大国の管理下の阻止でしかないって考えらしい。


 クイント国の王子であるビッツさんにとっては許せない暴言だ。


「そいつ知ってるよ。公式には抹消されてるけど、狼雷団とかいう非政府軍を組織してファーゼブル王国に楯突こうとした、愚かな犯罪者集団のボスだよ」


 ずっといたのか、階段の手すりに腰掛けながらエルデがおかしそうに笑った。

 それを聞いたゾンネはこれ見よがしにため息を吐く。


「フェイントライツは、子供とおちこぼれと犯罪者の集まりか」

「貴様っ……」


 あからさまに侮辱されたビッツさんは即座に引き金を引いた。

 弾丸が私の眼前をかすめ、ゾンネに吸い込まれていく。


 ゾンネはそれをなんと、人差し指と親指でつまんで受け止めてしまった。


「おやおや、いきなり攻撃とは……自称とは言え王家を名乗るなら、もう少し品位があってもいいんじゃないかな?」

「言うなエルデ。田舎者に礼儀作法を求める方が間違っている」

「あは、そっか」

「このっ……」


 ビッツさんは完全に逆上していた。

 もう一度攻撃するため、次の弾丸を詰め込み始める。

 けれど次の弾を撃つより早く、彼の体が見えない何かに押しつぶされ、廊下の壁にめり込んだ。


「がは……っ」

「ビッツさんっ!」

「あはっ。犯罪者にはお似合いの姿だね」


 どうやらエルデの輝術らしい。

 さっきもだったけど、こいつの輝術はいつ発動したのかよくわからない。

 三番星を名乗るだけあって、今までに見たこともないようなタイプの輝術師だ。


 多分、相当強い。

 でも。


「よくもっ……」


 仲間を傷つけるのは許せない。

 私は無機質に笑うエルデを睨み付けた。

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