299 後味の悪い結末

 ナコさんが崖下に転落してから三日が過ぎた。


 私たちは今も村に留まっている。

 その理由は、男の子たち三人が重症だから。


 みんな、すぐに動けるような状態じゃない。

 特にジュストくんは相当に無理をしてたみたい。

 もう少し手当てが遅かったら、命も危なかったらしい。

 幸いにも、あの後すぐやって来たラインさんのお陰で、三人はみるみる回復していった。


 高度な医療輝術による治療。

 不足しがちな体力は、カーディを通して私の輝力をわけて補った。


「カーディさん、手を引くフリして本当はすぐに助けに戻るつもりだったんですよ」

「まあ……」

「おいメガネ。それ以上余計なこと言ったらころすから」


 この二人、村を出てからナコさん対策の準備をしていたらしい。

 私たちが襲撃されたと知った時、カーディはすごく焦ってたって言ってたけど、本当かな?




   ※


 今日、女将さんの葬式が行われた。

 近隣の村が既に全滅していたことは、すでに村の人たちに伝えてある。

 一時的に混乱状態になったけど、食堂のお手伝いさんの呼びかけもあって、無事に葬儀は行われた。


 この事件の犠牲者数は三〇〇人を超える。

 平和に暮らしていた村人たちにとって、それは大きな衝撃だったみたいだ。

 中にはこの地域を離れ、セアンス共和国へ引っ越すことを考えている人もいるらしい。


 こんな重大な事件が起こっていたのに解決するまで黙っていた私たちを責める声もあった。

 特に食堂のお手伝いさんは、面と向かって罵倒こそしないものの、いつまでも宿に居座る私たちを時々物陰から睨みつけている。


 村人たちの私たちに対する評判も来た時に比べてかなり悪くなっていた。

 世界を救う旅をしている、最近うわさのフェイントライツ。

 それがたった一人の女剣士にやられて壊滅状態。


「早く皆さんの怪我が治るといいですね」

「気を落とさないでくださいよ」


 最初は私たちを英雄扱いしてくれた二人組の言葉にも、どこか陰が漂っている。

 私たちは彼らが望むような、どんな事件でも即座に簡単に解決してしまう無敵のヒーローにはなれなかた。


 順風満帆な旅を続けるうちに、傲慢なっていたのかもしれない。

 本気で世界を救えるつもりにだってなっていた。

 実際は、不幸な姉弟さえ救えない。


 言い訳をするつもりはないけど、ナコさんは強かった。

 それこそ、私たちが今まで戦ったどのエヴィルよりも圧倒的に。


 彼女の力に目をつけて、東国からスカウトしてきたグレイロード先生の考えは正しかったんだろう。

 けど、どんな強い力も、使い方を間違えてしまえば悲しい結果しかもたらさない。


 強くなるって、どういうことなのか。

 先生、私にはまだよくわかりません。




   ※


 お腹を貫かれたダイはかなりの重症だった。

 けれど、ようやく昨晩歩けるくらいにまで回復。

 今朝からナコさんが落ちた崖下の捜索に出かけている。


 結局、ナコさんやダイの村の人たちがおかしくなった原因は不明なままだけど、彼女の遺体でも見つかれば何かわかるかもしれないってラインさんは言っていた。

 傷に響くから探すのは完治してからの方がいいって止めたけど、彼は聞こうとしなかった。


 夕暮れ近くになっても戻ってこないので、探しに行くことにした。

 村を出た近くの森で、幼少モードのカーディを見かけた。


「薬草の材料取り?」

「まあね。あのメガネ、黒衣の妖将をパシリ扱いとはいい度胸だよ」


 唇を尖らせ文句を言うカーディ。

 そんな姿に私は笑おうとしたけど、上手くいかなかった。


「まだ落ち込んでるのか?」

「ん……」

「相手は斬輝の使い手だ。倒せただけでもおまえはよくやったよ」

「えっ」


 ちょっとビックリした。

 カーディからそんな優しい言葉をもらえるなんて、思ってなかったから。


「よいしょ」


 彼女は私の隣に腰をおろした。

 幼い瞳が私を見上げる。


「座って」

「えっと……」

「待った、ここは微妙に湿ってる。あっちに行こう」


 カーディが指さす先にはちょうどいい大きさの切り株があった。

 彼女はお尻を押さえながらそちらに移動する。


「犠牲が出たのはおまえの責任じゃない。運が悪かっただけだ」


 カーディは切り株に腰かけ、視線を空に向けながら言った。


「でも、私がもっと強ければ……」

「輝術師にとって斬輝使いは天敵だよ。正直言って、わたしでも簡単に勝てる相手じゃない」

「カーディでも?」

「剣舞士とはじめて戦った時のことは思い出したくないね。ほんと、悪夢を見てるかと思ったよ」


 カーディにそこまで言わせるなんて、五英雄の剣舞士ダイスって人はよっぽどすごかったらしい。


「対策を整えれば勝てない相手じゃないけどね。二回目に戦った時はボロ雑巾にしてやったし」

「あ、そうなんだ……」

「それに、もとはと言えば大賢者がわざわざ連れてきた斬輝使いを逃がしたのが悪い。これはやつの失態が招いた惨事だ。おまえがいちいち落ち込む必要はないよ」


 そう言うと、カーディは立ち上がってぽんと私の頭を叩いた。


「治療が終わったら、すぐにエインシャントを目指せ。そんでグレイのやつに文句を言ってやれば良い。ピンクがいつまでも落ち込んでたら他のみんなだっていつまでも元気にならないよ」


 どうやら彼女なりに私を励ましてくれているつもりらしい。


「ありがと、カーディ」


 お礼を言うと、カーディは口元だけで微笑んだ。


「さて、わたしはバカ共のお守りに戻るからね。おまえも後で手伝いにきなよ」

「うん」


 カーディは薬草の束を抱え、すたすたと村の中へ戻っていった。

 正直に言って、まだスッキリしたわけじゃない。

 けど、おかげ様でいくらか「がんばるぞ」って気持ちになれた。

 

「カーディにまで心配かけちゃったかあ」


 うん、私がいつまでも落ち込んでるわけにはいかないよね。

 この三日間、沈んでばっかりで他の人への気配りなんて全然してなかったし。


 早くダイを見つけて、何か言ってあげなくちゃ。

 たった一人のお姉さんをあんな形で亡くしてしまったんだもの。


 何て言って慰めるのがいいかはわからない。

 けれど、カーディがしてくれたみたいに、不器用でもいいから元気付けてあげよう。


 仲間だったら、それくらいのことはしなきゃ。




   ※


「フェイントライツのルーチェか?」


 ナコさんが落ちた崖に向かう途中、見知らぬ男性に声をかけられた。

 紫色の長髪に、重い鎧を着込み長剣を腰から下げた男の人だ。

 パッと見はかなりの美形。

 けど、どことなく冷たい感じがする。


「そうですけど……あなたは?」

「リュムの村まで案内しろ」


 私の質問を無視して、彼は偉そうに命令する。


「別に案内するのはいいですけど、あなたは何者なんですか」


 ちょっとカチンときて文句を言う。

 と、紫の剣士が忽然と私の前から姿を消した。


「え?」


 首筋に冷たい感触。

 私は恐る恐る振り向いた。


 紫の剣士はいつの間にか私の背後にいた。

 その周囲にはキラキラと眩く光る輝粒子が舞っている。


 輝攻戦士――

 しかも一瞬で、何の気配も感じさせずにバックを取られるなんて……


「もう一度言うぞ。フェイントライツのルーチェで間違いないのなら、リュムの村まで案内しろ。俺達は貴様らと違って暇ではないんだ」

「くふふ。やめなよゾンネ、いくら大賢者の弟子とはいえ、年端も行かない子どもじゃないか」


 木陰にもう一人誰かがいた。

 全身黒尽くめのローブを纏った若い男の子。

 銀色の長い前髪の下の瞳は、開いているのか閉じているのかわからないくらいに細い。


 笑っているようでいて、表情からは感情が読み取れない。

 不気味な雰囲気の少年だった。


「円滑な信頼関係を築くためには自己紹介くらいはは必要だよ。ボクはエルデ、それからこっちの偉そうなのがゾンネ。一応、星帝輝士団シュテルンリッターの三番星と二番星だよ」

「星輝士!?」


 三番星と二番星って言ったら、シュタールどころか世界トップクラスの輝士だ。

 上位の星輝士が二人そろってこんな所にいるなんて。

 もしかして、ナコさんの事件を聞きつけて……


「ヴェーヌと金勢部隊が全滅したというから遥々来てみれば、諜報部の地理情報は不完全、オマケに既に事件は解決済みときた。頼むからこれ以上俺をイライラさせるなよ」


 二番星のゾンネという剣士は、不機嫌な様子を隠そうともしない。

 三番星のエルデはニヤニヤと嫌らしく笑っている。

 なんか、感じ悪いコンビだ。

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