291 卑劣な作戦

「とにかく、我々は英雄クラスの力を持つ敵を相手にしなければならない。輝攻戦士と言えども斬輝使いの前では丸裸同然、これまでのような力押しの戦術は通用しないだろう」

「オレがやるよ」


 ダイが神妙な声で言った。


「剣士として、同じ村の生き残りとして、姉ちゃんの悪事は見過ごせない。オレが責任をもって姉ちゃんを倒す」

「ダメだ」


 けれど、ビッツさんは彼の意見を即座に却下する。


「そなたでは姉君に勝てぬ。それは自分が一番よく理解しているはずだ」

「なんだと!?」


 ダイはテーブルを叩いて今にも掴みかからんばかりの勢いで立ち上がった。

 けれど、彼はそれ以上の明確な反論はできない。


 ナコさんがダイよりもずっと強いのは事実だから。

 ハッキリと口には出さないけど、格が違うと言ってもいい。

 もちろんダイが弱いってわけじゃなく、相手が強すぎるだけ。

 彼女は今まで出会ったどの敵と比べても次元が違う。


 二人はしばらく無言で睨み合っていた。

 やがてビッツさんがため息と共に口を開く。


「もう一度確認する。そなたは本気で姉君を止める気があるのだな?」

「何度も言わせるな。あんな奴はもう姉ちゃんじゃない……だから、オレがこの手で」

「わかった。ならばそなたのゼファーソードをジュストに渡せ」


 震える拳を握りしめ、決意の言葉を口にしようとするダイ。

 そんな彼の言葉を遮ってビッツさんは冷たい要求をする。


「な……」

「この中で唯一、まともにやつと戦える可能性があるとすれば、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになったジュストしかいない。もっとも、正面から挑む危険は冒せないが」


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイト

 ジュストくんは普段、私から輝力を借りて輝攻戦士化している。

 一度に送れる輝力の量は一定で、決まった以上の力を発揮することはできない。


 だけど、それと同時に輝攻化武具からも輝力を受ければ。

 二重に輝力を纏うことで並の輝攻戦士をはるかに上回る力を出せる。

 その戦闘力はケイオスすら圧倒するくらいだ。


 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトなら、ナコさんにも対抗できるかもしれない。

 その考えは私や、たぶんジュストくんも思っていたはず。

 それを口に出さなかった理由はひとつ。

 常々から輝力を扱う才能に長けたジュストくんに対抗意識を持っているダイに遠慮していたから。


「悪いが、事ここに至っては、そなたの心情を汲んでやる余裕はない


 歯を食いしばってテーブルを睨み付けるダイ。

 そんな彼に、ビッツさんは対ナコさんの作戦を語った。




   ※


 作戦を簡単に要約するとこんな感じになる。

 まず、私とフレスさんが輝術で村の外に簡単な探知結界を張る。

 もちろん、ナコさんはエヴィルじゃないから、村へ侵入するのを止めることはできない。


 これはいち早く彼女の来襲に気付いて、先手を打つためだ。

 それから、これ以上村の人たちに余計な犠牲者を出さないためでもある。


 ナコさんの接近に気付いたら、まずはダイを一人で彼女の所へ向かわせる。

 ダイが私たちに騙されていると思っているナコさんは、彼にだけは敵意を持っていないから。


 ダイに彼女と話をさせて油断を誘う。

 そして、あわよくば武器を奪い取る。


 隙を見せたと思ったら、こっそり背後に回っていたジュストくんが一気に斬りかかる。

 もし奇襲が通じなければ、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトのスピードを活かして、逃げ回りつつ翻弄する。


 逃げ回っていれば、ナコさんはそのうち業を煮やす。

 例の輝力の塊を飛ばす技を使おうとするはずだ。


 そこを私とフレスさんが一斉に輝術で攻撃。

 威力よりも数重視の飽和攻撃で確実に彼女の足を止める。


 そこを本命である、輝力を纏わない火槍の狙撃で――


「ふざけんな!」


 ダイが激昂して叫んだ。

 彼が怒る気持ちはよくわかる。

 これは騙し討ちに加え、二重三重の不意打ちで固めた弱気で卑怯な作戦だ。


 しかも肝心要のダイは単なるおとり。

 自分のことを信用してくれているお姉さんを騙す卑劣な役目だ。


「ならば、そなたに代案はあるのか? 常識外れの斬輝という技を持つ敵に対して、誰ひとり欠けることなく、無事に決着をつける策があるというなら教えて欲しい」


 ダイがグッと歯がみする。

 そしてなぜかちらりと私を見て、苦い表情を浮かべた。


「あ……」


 その時、ようやく理解した。

 ビッツさんがどうして、こんなにも慎重でズルい作戦を考えたのかも。

 輝士としてあるまじき作戦を聞いても、ジュストくんが反対せずにずっと黙っているのも。


 私がこんな怪我をしたからだ。

 バカ正直に正面から挑めば万が一……ううん。

 たぶん、もっと高い可能性で、誰かがこれ以上の怪我をする。


 最悪の場合、命を落とすかもしれない。

 なにせ、相手は恐ろしく手強い英雄クラスの敵。

 これまで戦ってきたケイオスよりも、ずっと凶悪極まりない相手なんだから。


「何の因果か、我々はこうして共に旅を続けている」


 そう言うビッツさんも、決して楽しそうな顔はしてない。

 たぶん、苦渋の決断で考え出した作戦なんだろう。


「たとえ名誉を失い誇りを傷つけることになろうと、むざむざ仲間を死に追いやるような事は許容できぬ。無論、そなたも例外ではないぞ」

「ぐっ……」


 ダイは拳を握りしめ、ゼファーソードを置いて食堂から出て行ってしまった。


「ちょっと、ダイっ!」

「放っておいてやれ」

「でも……っ!」


 反論しようと振り向いた私は、なんとも辛そうな表情のビッツさんを見た。

 彼だけじゃない、ジュストくんやフレスさんも、内心の苦々しさを堪えているようだった。


「今のダイに下手な慰めは逆効果だ。そっとしておいてやる方がいいだろう」

「でも……」

「彼もわかっているはずだ。あの恐るべき剣士相手に、正々堂々と戦って勝つなど不可能だということを。そして彼は仲間が傷つくのを見過ごすような人間ではない」


 それはわかってる。

 ダイは自分勝手だけど、いざって時に仲間のピンチを無視するような子じゃない。

 けど、だけど。


「うっ……」


 急にジュストくんが傷口を抑えて苦しみだした。


「大丈夫?」

「へ、平気だよ。ちょっと痛んだだけ」

「無理はしない方がいい。今のうちに体調を整えておいてくれ」

「そうだよ。いざとなったら、無理してでも頑張ってもらわなきゃならないんだからね」

「……ああ。悪いな、フレス」


 ジュストくんはフレスさんに肩を借りて、食堂から出て行った。


 彼は時間ギリギリまでゆっくりと治療を続けるそうだ。

 治癒の術で一気に怪我を塞いだら、代償として体力を使い切ってしまうから。


「我々も休もう。ルーチェはフレス殿が戻り次第、探知結界を張りに行ってくれ」


 そう言うビッツさんも、傷口に巻いた包帯から血が滲んでいた。

 彼だって、なにも好んであんな卑劣な作戦を考えたわけじゃないんだ。

 相手の強さを肌で感じたからこそ、仲間のために恥を忍んで、確実な方法を提案しただけ。


「……うん、わかった」


 だから私は、彼の作戦に文句を言えない。


「それから、そなたにはもう一つやってもらいたいことがあるのだが……」




   ※


 ビッツさんに作戦の続きを聞いた後、私は一度部屋に戻るために食堂を出た。

 そこで、さっき女将さんの棺の前で泣いていた女性とすれ違った。


 目が合うと、彼女は憎々しげな瞳で睨みつけてくる。


「……役立たず」


 その顔は怒りに歪められ、小さな唇から呪いのような恨みの声が響く。


「あなたたちがもっとしっかりしていれば、女将さんは殺されなかったのに」


 私は言葉を失って立ちすくんだ。

 何も言えずに黙っていると、彼女は余計に激昂して詰め寄ってくる。


「何が英雄の再来よ! フェイントライツよ! 偉そうな名前を名乗っておきながら、女将さん一人守れなかったじゃない!」

「それは……」

「あなたたちが来なければ、あのケイオスとかいうのも来なかったんじゃないの!? この疫病神っ、さっさと出て行ってよっ!」

「……ごめんなさい」


 私は謝るしかできない。

 彼女の肩がびくんと震えた。


「女将さんを守れなくて、ごめんなさい」


 私の頬にも涙が流れる。

 彼女の恨み言は、ただの八つ当たりかもしれない。

 でもその悲しみと、やり場のない怒りを、私は受け止めなきゃいけない。


 私たちが女将さんを助けられなかったのは事実。

 正義の味方を気取っていい気になっていたのも本当だ。

 そのくせ、いざって時に人ひとり救うことができないなんて。

 恨まれて当然だと、思う。


「……謝るくらいなら、女将さんを返してよっ!」


 正面から強い激情をぶつけられる。

 心臓を掴まれたみたいに苦しかった。


 彼女はまた顔を伏せて泣き始めた。


「うわあああ……っ」


 私は知らなかった。

 人から憎しみを向けられるのが、こんなに痛いなんて……

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