281 目的は達したから
「このような遠い異国の地に放り出され、さぞ心細かったのでしょう。大五郎のようなか弱い子が一人で生き抜くためには、そのような力にでも頼らざるを得ないと、そう思ってしまう気持ちは理解できなくもありませんが……」
「あ、あの」
ナコさんがダイにお説教をしてる。
その間にも、エヴィルは彼らに近づいてきているわけで。
姉弟ゲンカは後にして、目の前の敵をどうにかした方がいいと思うんですけど……
「私が本当の剣士の戦い方を教えてあげます。あなたはそこで見ていて下さい」
ナコさんが私の横をすり抜ける。
前に出た彼女に、二匹の魔兎ダシュプースが迫る。
見た目はちょっと大きめなウサギ。
鋭い爪を持った腕から繰り出される一撃はとても強力で、岩をも引き裂く威力がある。
剣士の戦い方うんぬんはわからないけど、生身のナコさんが食らったらひとたまりもない!
「ナコさん、危ないです! 下がってください!」
私は彼女の背中に呼びかける。
けれどナコさんは無反応で、その場で突っ立ったまま。
ああもう、こうなったら彼女がやられる前に私がやらなきゃ!
「
私は火の蝶を放った。
ナコさんを迂回する軌道でエヴィルに向かっていく……けど。
え……あれ?
私の撃った火蝶は、敵に当たらなかった。
それよりも早く、飛び掛ってきた魔兎ダシュプースを、ナコさんが斬り裂いてしまったから。
からり、と音を立ててオレンジ色のエヴィルストーンが地面に転がる。
彼女の手に握られているのは木刀。
さっきダイと稽古をしていた時に持っていた、なんの変哲もない木製の武器。
ナコさんが木刀を振る。
側にいたもう一匹の魔兎ダシュプースの首が飛んだ。
地面に落ちるより早く、胴体もろとも霧のように消滅する。
エヴィルを……斬った?
エヴィルの体はとんでもなく硬い。
通常の武器じゃ、まともにダメージを与えるのは難しい。
輝鋼精錬された武器を使うか、輝力を纏った攻撃じゃなきゃ……
つまり、輝攻戦士による攻撃でもない限りは、簡単に倒すことはできない。
ましてや、彼女がもっているのはただの木刀だ。
通常の武器でも、長い時間をかけてダメージを蓄積すれば倒せないこともないけど……
残った二匹のダシュプースがナコさんに襲いかかる。
ナコさんは動じた様子もなく木刀を振る。
魔兎の首が二体まとめて落ちた。
「心眼で悪しき気を読み、思いを込めて敵を断つ。それが剣の極意です」
そのまま彼女はゆっくりと歩を進める。
残った三匹のアルクトスの方へ向かっていく。
私もダイも彼女の背中を眺めることしかできない。
「邪悪な力に邪悪な力で対抗したら、自分自身を見失ってしまいますよ」
私はハッとした。
いくらなんでも、そいつは無理だ!
何故かはわからないけど、ナコさんの攻撃はエヴィルに効いている。
だからって、アルクトスを三体同時に相手するなんて無茶だ。
そいつは輝攻戦士でも苦戦するレベルの相手なのに!
「いけない、ナコさ――」
止めようとして、私は言葉を失った。
ナコさんはアルクトスの間を通り抜ける。
歩きながら、素振りをするように軽く剣を振った。
一振り、二振り、三振り。
それだけで、あの屈強な魔熊の胴体が両断された。
耳を塞ぎたくなるような断末魔の叫び声と共に巨体が地に倒れ付す。
「安らかにお眠りなさい」
魔熊アルクトスは黄色いエヴィルストーンになって地面に転がった。
輝攻戦士モードのダイでも、倒すまでには三発の攻撃が必要だったアルクトスが。
ナコさんはたったの一撃で倒してしまった
生身のまま、ただの木刀で、立て続けに三匹も。
私は何が起こっているのか理解できず、呆然としながらこちらに歩いてくる異国風美女の姿を眺めていた。
※
戦いが終わった後、私たちは食堂に集まっていた。
「ごめんなさい大五郎、痛くないですか?」
「だ、大丈夫だって。恥かしいから、もういいよ」
濡れたタオルで頬を冷やしてもらっているダイ。
可愛いことに顔を赤くして照れている。
「オレの方こそ悪かったよ。借り物の力で強くなった気になって浮かれてた。姉ちゃん、ごめんな」
「いいんですよ。これからは私が正しい剣の道を教えてあげますからね」
ナコさんはニコリと微笑んだ。
仲睦まじい二人の様子を見ていると、こっちまで頬が緩んでくる。
とんでもなく強くて、不思議な感じの人だけど、いい人なのは間違いないみたい。
「あの、ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
私は彼女に質問してみることにした。
「さっき、どうやってエヴィルを倒したんですか?」
試しに流読みを使ってみたけど、彼女の木刀に輝力は込められていなかった。
そもそも、彼女はさっきまであれでダイと打ち合ってたし。
武器のおかげってわけじゃなさそう。
「どうやって、とは? 普通に斬っただけですが……」
ナコさんは質問の意味がわからないらしく、困った顔で首を傾げた。
「普通はあんな風にエヴィルを斬れませんよ。何か特殊な技を使ったんじゃないんですか?」
「特殊な技など何も使っておりません。そもそも剣とは悪しき者を斬るための道具です。私達の国にはえびるという魔物はおりませんでしたが、邪悪を打ち払うのは剣術を治める者の極意ですから」
「達人の振る剣は邪悪を断つんだよ。オレはそこまで到達できなかったけどな」
ダイが自慢げにそう言った。
邪悪を断つって……剣を極めれば、エヴィルも斬れるようになるってこと?
「一体どんな修行をすれば、そんなことできるようになるんですか?」
「どんな修行と申しましても……心を研ぎ澄ませ、繰り返し何度も剣を振り、終わった後は魂を鎮めるために瞑想する……それくらいでしょうか? 日々の鍛錬を欠かさずに行っているだけですよ」
私達の常識とはかけ離れた東国の剣術。
彼女は当然のように言うけど、全く理屈がわからない。
「姉ちゃんは村一番の剣士だったからな。皆伝の証を得るための儀式も、今のオレくらいの歳でやってたんだぜ」
本当にナコさんは、ダイにとって自慢のお姉さんみたいだ。
自分のことのように語る弟の頭をナコさんは嬉しそうに撫でる。
「大五郎も素質はあるのですよ。怠けずに修行を続ければ、すぐに私に追いつくでしょう」
「姉ちゃんには敵わないよ」
なんていうか、こういう素直なダイは本当に可愛い。
これまでの生意気な態度は寂しさを隠すための強がりだったのかもね。
そうだよね、私がまだ初等学校に通ってるくらいの歳に故郷を失って、こっちに来てからはあの鬼畜な先生に稽古をつけられて、お姉さんを探すためにたった一人で修行と放浪の旅を続けてきたんだもん。
強くあろうとしなきゃ、心が折れちゃうに決まってる。
大切な人に会えて、強がる必要もなくなるくらい安心してるってことなんだろうな。
「時間はたっぷりとありますよ。これからは二人で一緒に学んでいきましょう」
「うん。オレ、もっとたくさん修行するよ。輝攻戦士の力に頼らないでも戦えるような強い剣士になるからさ」
「そうと決まれば、まずは安心して暮らせる場所を探さないといけませんね」
……あ、そうか。
お姉さんが見つかったってことは……
「るうてさん」
「は、はい」
「いままで大五郎の面倒を見てくれて、本当にありがとうございました」
ナコさんはこちらを向いて、丁寧にお辞儀をした。
彼女の横にいるダイの瞳にはかすかに困惑の色が浮かんでいる。
ダイの旅の目的はお姉さんを探し出すことだった。
それが叶った以上、私たちに付き合う理由はなにもない。
ナコさんはダイにとってたった一人残った肉親なんだから。
離ればなれだった家族がやっと出会えたんだもの。
少し寂しいけど、笑って送り出してあげよう。
「よかったね、ダイ」
「……うん」
曖昧に頷く彼の表情は暗かった。
もちろん、お姉さんと再会できたことは嬉しいはず。
けれど、ここまで一緒に旅をしてきた私たちと離れるのは寂しいんだって、ちょっとくらいは感じてくれているのかもしれない。
あの生意気だったダイが、そんなふうに思ってくれるだけで、私はすごく嬉しい。
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