280 輝攻戦士は邪悪?

 ダイとナコさんが本格的に剣術の稽古を始めたので、私は先に宿に戻ることにした。


 客室一階にある食堂の前を横切る。

 そこで見慣れたメガネの星輝士さんを見かけた。


「ああ、ルーチェさん。こんにちは」

「こんにちはラインさん。お一人ですか?」


 ラインさんはメガネをかけた長い緑髪の中性的な男性だ。

 元々は帝都アイゼンで医療関係の手伝いをしていたけれど、カーディの宿主に選ばれてしまったせいで、半ば無理やり新代エインシャント神国へ向かうことになってしまった可哀想な人。


 行く先は同じだけど、基本的に私たちとは別行動をとっている。

 カーディがたびたびちょっかいを出してくるせいもあって、こうしてよく顔を合わせるんだけど。


「えっと、カーディナルさんがどこかに行っちゃったんですけど、見かけませんでしたか?」


 今日はそのカーディがいないみたい。

 カーディはまだ自分の体をちゃんと構築できない。

 だから、普段はラインさんの体に取り憑いて一緒に行動している。

 いつもは厄介そうにしてるけど、いなくなるとそれはそれで心配らしい。


「すっかり保護者ですね」

「からかわないないでくださいよ」


 ラインさんから離れてるときの幼女モードのカーディは超絶かわいい。

 放っておけなくなる気持ちはよくわかるよ!


「カーディなら昨日、そこの食堂で見かけましたよ。すぐにどっか行っちゃいましたけど」

「やっぱりここに来てたんですか……どこに行ったんでしょう?」

「あ、話は変わりますけど、このまえ星輝士の人に会いましたよ」

「ええっ。だ、誰ですか?」

「えっと、たしか四番星の……」

「ああ、ヴェーヌ様ですか」


 なぜかホッと胸を撫でおろすラインさん。

 苦手な人でもいるのかな?

 末席十三番星の彼からすれば、他の星輝士の人はみんな自分より偉い人だし。


「あの方はザトゥル様に次ぐ古株で、すごく尊敬できる立派な方ですよ。なるほど、このところエヴィルに出くわさないと思ったら、ヴェーヌ様と金勢部隊が近辺のケイオスを退治されていたんですね」


 へえ、やっぱりあの人ってすごく強いんだ。


「そういえば、他の皆さんは?」

「あ、実は……」


 私はビッツさんたちが岩山に向かった事情を説明した。


「惨殺事件のこと、ルーチェさんたちも調査していたんですね」

「ラインさんはいつ知ったんですか?」

「三日前の朝です。この地方にたどり着いて、初めて訪れた村がすでに……」


 ラインさんは私たちより一日早く被害にあった村を訪れていたらしい。

 そして、彼も独自に事件の調査をしていたという話だ。


「そういうことなら間もなく解決するでしょうね。盗賊の残党ごときに、あなた方やヴェーヌさんが遅れを取ることなどありえませんから……」

「あっ」

「え、どうしました?」


 私は彼の言葉を途中から聞いていなかった。

 それよりも、もっと大変なことに気付いたから。


「ラインさん!」

「は、はい。どうしまし……」

「村の人たちの避難を! ここにエヴィルが近づいています!」




   ※


「ダイっ!」


 私はダイたちの所に戻った。

 文字通り飛んできた私に、二人の視線が集中する。

 大声を出して申し訳ないと想うけど、非常事態だから仕方ない。


 ダイの目の色が変わる。

 何があったのかを悟ったようだ。

 木刀を置き、傍らに置いてあったゼファーソードを取る。


「エヴィルか!?」

「うん、すぐ近くに迫ってる!」


 私は『流読ながれよみ』という輝力を感じる技術で、エヴィルの接近を知ることができる。

 さすがにあまり遠く離れていたら無理だけど、ある程度近づけば数や近づいている方角、大体の強さくらいならなんとなくわかる。


「かなり多いよ。五、六……八匹もいる」

「ジュストは?」

「戻って来てない。私たちが行かないと」


 そう言えば女将さんが武器を預けろとか言ってたっけ。

 預けないで持ったままでいてよかった。

 こうなったら一刻を争うんだから。


「姉ちゃん、ちょっと行ってくるよ」


 ダイがそう言って駆け出そうとする。

 その腕をナコさんが掴んで引き止めた。


とは、あの死ぬと宝石になる、奇妙な獣のことですか?」

「そう、そいつらが村に近づいているらしいんだ。こっちから行ってやっつけてやらなきゃ!」

「危険です、行ってはいけません!」


 ナコさんはダイを強く止めた。

 彼女も旅の間にエヴィルと出会ったことがあるんだろう。

 生身で戦って勝てるような相手じゃないこともわかっているみたいだ。


 ダイはそんな彼女に余裕の表情で返した。


「大丈夫。オレはこっちの方が得意なんだよ」


 ナコさんが生身で戦う剣の達人なら、ダイは輝力を操るプロフェッショナルだ。

 エヴィル相手の戦いはむしろ慣れたもの。


「ちょうどいいや。オレの新しい力、姉ちゃんにみせてあげるよ」




   ※


「こっちです、慌てないで避難してください!」


 私たち三人はエヴィルが接近してくる方角に向かう。

 その途中、村人たちに避難指示を出しているラインさんとすれ違った。


「ルーチェさん、子どもを連れて外に出ている親子がいるようです!」

「私たちがエヴィルと戦いますから、その人たちの保護を任せて大丈夫ですか!?」

「はい! そちらはお願いします!」


 ラインさんは輝攻戦士モードになって村の外へ飛んでいった。

 反対方向だから大丈夫だと思うけど、万が一って事もありうるからね。

 彼は確かな実力を持つ星輝士だし、村の人たちはラインさんに任せておけば問題ないはずだ。


 そして私たちは村の端に到着した。

 エヴィルの群れはすでに目前まで迫っている。

 金色の体毛を持つ大型のエヴィル、魔熊『アルクトス』が四頭。

 長い耳と強靭な足をもち、素早い動きを得意とする、魔兎『ダシュプース』が四匹。


 この近辺のケイオスはヴェーヌさんたちに退治されている。

 明確な襲撃の意志を持って来たわけじゃなく、たぶん偶然迷い込んだんだ。

 とはいえ、エヴィルが村の側までやって来ちゃった以上、放っておくわけにもいかない。


「ルー子、ウサギ耳の方は任せていいな?」

「うん。大丈夫」


 エヴィルを前にして、ダイもいつもの調子に戻っている。

 ゼファーソードを鞘から引き抜き、ナコさんをちらりと見やる。


「見ててくれよ姉ちゃん、これがオレの今のスタイルだぜ」


 ダイが輝攻化武具ストライクアームズゼファーソードを強く握りしめる。

 体が輝粒子に包まれ、輝攻戦士ストライクナイトモードに変化する。

 

 その姿を見たナコさんは目を大きく見開いた。

 ふふ、驚いてる驚いてる。


「大五郎、あなた……」

「すごいだろ。まあ見ててくれよ」


 自慢げに言って、ダイは魔熊アルクトスめがけて飛んだ。

 輝力を放出して行う、地面すれすれを滑るような低空飛行。

 ダイはそのまま一〇メートル先にいるアルクトスの元まで移動する。

 

「オラァっ!」


 ナコさんが批判した大振りの一撃。

 渾身の力を込め、敵の巨体めがけて振り下ろす。

 さすがに鋼の肉体を持つ魔熊を一発で倒すことはできない。

 ダイは続けて二撃、三撃と連続で攻撃を繰り返した。


 輝力が途切れる。

 同時に、後方へと大きく跳ぶ。

 仰向けに倒れた魔熊アルクトスの姿が霧消し、後には黄色のエヴィルストーンが転がった。


「おしっ!」


 やっぱりダイは強い。

 アルクトスは下位エヴィルの中でもかなりの強敵だ。

 その力はクインタウロスにも匹敵するし、守備力だけならむしろ上回る。


 ダイはそんなアルクトスを一セットの攻撃でやっつけてしまった。

 多数を相手にするときの定石である一倒離脱の戦法も手慣れている。


 よぉし、ダイにばっかり任せてないで私も戦うぞ。

 仲間がやられても、ぴょんぴょん跳ねている魔兎ダシュプース。

 私はそいつらに流読みで照準を合わせて……


「見た? 凄いだろ、これ輝攻戦士って――」


 輝術を撃とうとした瞬間、後ろで乾いた音が鳴り響いた。

 私は攻撃をやめ、音がした方を振り向いた。


「ね、姉ちゃん……?」


 ダイが驚いたような顔でナコさんの顔を見ていた。

 ナコさんが彼の頬を平手で打ったみたいだ。

 彼女は全身をわなわなと震わせていた。


 えっと、怒ってる……?


「見そこないましたよ大五郎、そのような邪悪な力に身を染めるなど……!」

「け、けど。あいつらをやっつけるには、こうしないとっ」


 たぶん、すごいって褒めてもらえると思っていたんだろう。

 悲しげな顔で訴えるダイの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

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