282 金勢部隊からの連絡
「それでは、行きましょうか」
ナコさんが席を立ち、ダイの手を引く。
「あ、ちょっと待って下さい!」
「何か?」
ダイが連れて行かれちゃうのは、残念だけど仕方ないことだ。
でも、今はマズイ。
「村を出るのは、もう少し待ってからの方がいいと思います」
「あら、何故でしょうか」
私は周囲を見回した。
他にお客はいないし、女将さんも奥にいる。
誰もいないことを確認した上で、私はいまこの近辺で起こっている事件を説明した。
「実は、最近この辺りに危険な殺人集団が出没してるんです。もう、いくつもの村が襲われてて……いま私の仲間たちが調査をしてるから、事件が解決するまでは一緒にいたほうがいいと思います」
ナコさんくらい強ければ、盗賊団の残党なんかにやられたりしないとは思う。
それでも、せっかく苦難を乗り越えて再会できた二人なんだから、万が一のことがあったらと思うとやりきれない。
それに、いくつもの村が全滅させられたこの事件は、彼女たちにとっては思い出したくない過去を連想させてしまう。
せめて事件が解決したとわかるまでは私たちと一緒にいたほうが安全だと思う。
「そうだ、姉ちゃんにも協力してもらったらどうかな?」
名案を思いついた風にダイが手を叩く。
「姉ちゃんが手伝ってくれるなら百人力だよ。盗賊団なんかすぐに潰せると思う。それから、もしよかったら、その、一緒に新代エインシャント神国に行かない? あっちの方にも住みやすい町はたくさんあると思うしさ。それで、みんなでエヴィルをやっつけて、世界に平和を取り戻すんだよ。姉ちゃんは強いから、きっと英雄にだってなれるよ」
ダイは頬を紅潮させて一気にまくし立てた。
この子はやっぱり、私たちと一緒にいたいと思ってくれてるんだ。
これまで一緒に旅を続けて来た私たちと、ずっと探していた大切なお姉さん。
どっちが大切とかじゃなくて、どっちとも離れたくないって。
うわ、なんかちょっと感動しちゃうぞ。
けど私たちの旅はこれからますます危険になる。
確かにナコさんの剣技は戦力としても魅力的だと思う。
だけどせっかく出会えた二人なんだもん、戦いに身を置くより平和に暮らすべきだよ。
ダイには可哀想だけど、ここは私からダメだって言ってあげなきゃ。
「ダメです」
……その言葉を言ったのは私じゃない。
ナコさんが有無を言わせぬ強い声色でそう告げた。
「私は反対です。大五郎がそんな危険なことに付き合う必要はありません」
「け、けど、いまこの世界は大変なことになってるんだよ? 残存エヴィルが活性化して、邪悪な異世界への扉が開くかもしれなくて……」
「そんなものはここの人に任せておけばいいのです。せっかくこうして無事に再会できたのですから、自分たちが平和に暮らすことだけを考えて生きればいいでしょう」
ナコさんの言っていることは間違っていない。
私もその方がいいと思っていた。
けど、何故だろう。
言い方に少しトゲが含まれているように聞こえる。
まるで、自分たち姉弟以外の世界がどうなっても構わないみたいな。
いまのナコさんの瞳には、最初に出会った時に見せたような冷たい光が宿って見える。
「だからこそ、オレたちがなんとかするんだよ! ルー子は偉い輝術師の再来だとかで世界中が期待してる凄いヤツだし、他にも頼りになる仲間たちはいるし、そこに姉ちゃんが加わってくれれば怖いものなんて何もなくなるよ!」
ダイは彼女の言葉が納得できないのか、困ったような表情を浮かべて反論する。
仲間たちのことをこんな風に褒めるなんて初めてのことだ。
彼の力説ぶりからはその必死さが伝わってくる。
けれど、ナコさんは首を縦に振らない。
「るうてさんのこと、ずいぶん気に入っているのですね」
ナコさんが私に視線を向ける。
その瞬間、背筋に冷たいものが当てられたような悪寒が走った。
なに? なんなの?
「姉ちゃ……」
「仕方ありませんね」
ナコさんはフッと笑顔を浮かべた。
その表情には冷たさの欠片も残っていない。
「ちょっと待っていてくださいね」
彼女はダイの頭を撫でると、私の横をすり抜けて食堂を出て行った。
すれ違う一瞬、彼女はちらりと私を見て微笑んだ。
さっきのは……見間違い?
き、きっとそうだよね。
なにも恨まれるようなことなんてしてないし。
いきなり一緒に旅をして欲しいって言ったから、少し困っただけだよね。
彼女はダイの大切な人なんだから、怖いなんて思っちゃ失礼だよ。
「だ、大丈夫だよ。きっと姉ちゃんはわかってくれるからさ」
ダイが困ったような顔で私に話しかける。
「オレは途中で投げ出したりなんかしないからな。これからもルー子やジュストたちと一緒に旅を続けてるつもりだから」
まっすぐ私の目を見て、想いを伝えてくる。
「だからさ、迷惑じゃなかったら、姉ちゃんも仲間に加えてあげて欲しいんだ……って、ごめん。言う順番が逆だったな。姉ちゃんは優しくて立派な剣士だから、今はああ言ってもきっと力になってくれるよ。だからルー子も歓迎してあげて欲しいんだ」
この子ってば、こんなに素直ないい子だったっけ?
もちろん、二人さえ良ければ私は大歓迎だよ。
「うん。ダイがこれからも一緒に来てくれるなら、嬉しいな」
「ありがとう。オレもがんばって姉ちゃんを説得するから」
ふふ、ダイにもお礼なんて言えるんだ。
そんな些細なことに感心していると、食堂の入り口の方から慌しい足音が聞こえた。
「フェ、フェイントライツの皆様はおられますか!?」
開け放たれたドアの向こうに、切羽詰った表情の男の人がいた。
軽装の鎧に身を包んだ見覚えのある輝士さんだった。
「あなたは、ヴェーヌさんの……?」
四番星お付きのなんとか部隊のメンバーの人だ。
彼は私たちの姿を目にすると、強張っていた顔を少し緩めた。
「よかった、ご無事でしたか……」
「どうしたんです? そんなに慌てて」
私が尋ねると、彼は再び表情を引き締めて言った。
「お、一昨日の夜、我々が見張っていたエルブの村が襲撃されました!」
「そっちに現れたんだ」
私たちが調査するまでもなく、ヴェーヌさんたちが事件を解決してしまったみたい。
盗賊団の本拠地に向かったビッツさんたちには申し訳ないけど、帰ってきたらしっかりねぎらってあげよう。
「二日前に襲撃を受けたにしては、やって来るのがずいぶん遅いな」
ダイが言った。
そう言えばそうだね。
二日も前のことなら、昨日には連絡をくれていてもおかしくないのに。
ああ、それとも私たちへの報告を忘れてたと気付いたから、慌ててやって来てくれたのかな。
そんな推測が間違っていることは、拳を握り締め床を睨みながら彼が語った、信じられない言葉によって思い知らされた。
「エルブの村は全滅。私だけがなんとか逃げ延びて、こうしてあなた方に伝えに来ることができました」
「全滅!?」
「逃げてきたってどういうことだ?」
「そ、それは」
「どうして全滅なんて!」
「一体何があったんだよ?」
「わ、私たちが駆け付けた時には、すでに虐殺は始まっていたのです」
「止めなかったのか!?」
完全にパニック。
こっちもあっちも混乱して、会話が成り立たない。
「もちろん即座に止めさせるべく、戦闘を開始したのですが……」
輝士さんはそこで言葉を詰まらせた。
そして、悔しさのこもった声で続きを口にする。
「返り討ちに合い、金勢部隊は全滅。ヴェーヌ様も戦死なされました」
「なんですって!?」
その驚き声は私たちじゃない。
別の入口からやってきたラインさんの声だった。
村人たちへの避難の呼びかけから、ちょうど今戻ってきたらしい。
「ラ、ライン様……」
「詳しく聞かせてください。星輝士直属の部隊が破れるなんて、よほどのことですよ!?」
星輝士は輝士の国シュタール帝国最強の十三人の輝士だ。
それも四番星にもなれば、下位と比べても別次元の強さらしい。
私はヴェーヌさんが戦うところを見ていないけれど、ジュストくんの師匠であるザトゥルさんよりも上位の星輝士なんだから、ものすごく強いのは間違いない。
「犯人たちは何者で、どれだけの大部隊なんですか? どこかの秘密部隊? それとも、まさかセアンス共和国が絡んでいる? もしそうなら深刻な国際問題になりますよ!」
高い実力を持つ星輝士が殺された。
だから犯人がただの盗賊団であるはずがない。
そうラインさんは暗に決めつけて聞いているみたいだ。
青年二人組から話を聞いた時点で、私は一番怪しい盗賊団の残党が犯人だと思いこんでいた。
けれど、もしかしたらそれは単なる勘違いで、この事件にはもっと恐ろしい裏が隠れているのかもしれない。
「それは……」
ラインさんの質問に輝士さんは言葉を詰まらせた。
彼はふいに横を向く。
私たちからは死角になっていてよく見えない、廊下の向こう側を。
その表情がみるみる変化する。
驚いているような、恐怖しているような。
とにかく、尋常な様子じゃない。
「う、うわ――」
その口から、声を上げようとしたとき。
彼の顔が消えた。
「え……?」
何かの冗談みたいだった。
消えたのは表情じゃなく、顔そのもの。
叫び声を上げようとした口は、その限界を遥かに超えて裂け、反対側まで開いてしまった。
顔の上半分は私たちの視界から消える。
残った下半分から、ぴゅーぴゅーと噴水のように真っ赤な血液が噴出している。
は、はは……
なによこれ。
何の冗談?
「嫌ですね。着物が汚れてしまいました」
鼻から上を失った輝士さん。
その体を、横から現れたナコさんが、邪魔なものをどかすように無造作に突き飛ばした。
輝士さんの体はそのまま何の抵抗もなく倒れる。
「ナコ……さん?」
返り血を浴びた彼女は、特に感慨もなさそうに輝士さんの死体を見下ろしていた。
その手には片刃の剣が握られている。
カタナとかいう東国風の剣だ。
そのカタナには、血がべっとりと付着していた。
「姉ちゃん……?」
ダイがかすれた声を絞り出す。
その声に気づいたナコさんは、彼の方を振り向いてニコリと笑った。
返り血で顔を赤く染めた、冷たくも凄惨な笑みを。
「待っていて下さいね。次はあなたを惑わす、その娘を殺してあげますから」
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