268 もうちょっと大人になったらね

 私は隷属契約の方法をダイに説明した。

 すべて聞き終わると、ダイは気まずそうなを浮かべた。


「それは……キモイな」


 第一声がそれか!

 隷属契約の方法……

 それは、契約する相手と唇同士を触れ合わせて輝力を送ること。

 つまりキスするってこと。


 ジュストくんとした時は非常時だった。

 ビッツさんとは当時敵同志で、私の力を狙っていた彼の方から強引にされた。

 そのことは今では許してるけど、仲間になってからもしばらくは恨んでたんだからね。

 まあ、しちゃったものは仕方ないけど。

 さすがに次から次へと男の人とするほど軽くないんだよ。


「私もいちおう女の子だから、あんまり簡単には……」


 一緒に旅する男の人たち全員としちゃうなんて、どれだけ尻が軽いんだよ話だし。

 ま、まあ、ダイのことは嫌いじゃないけど。

 私だって初めてじゃないから、どうしてもって言うならしてあげないこともないけど……

 命がけの旅をしてるのに、戦力がある方が良いのは確かだし。


 でも、違うんだからね!

 私が自分からしたくてした人はジュストくんだけだから!

 他の人は状況のせいで仕方なくなんだからね!


 私はしばらく黙ってダイの反応を待った。

 やがて、彼は顔を上げて、


「じゃ仕方ない。諦める」


 ずいぶんあっさりとそう言った。


「いいの?」

「いいよ、お前が嫌なら無理やりにはしたくないし、別の方法を考えてみるよ」


 へえ、意外と紳士じゃない。

 バトルマニアのダイのことだから、強くなるためには我慢して……とか言って無理矢理してくるかと思った。

 さすがにそこまで自分勝手じゃないか。


「それとも……まさかオマエ、オレとしたかったのかよ」

「ダイのばか! そんなわけないでしょ!」


 すっごい嫌そうな顔で後ずさるな!

 うう、さすがにちょっと傷つくぞっ。

 別にダイのことなんか、そういう対象としてみてるわけじゃないけどさ。

 私だって女の子なんだからねっ。


「どうせ私はキモイですよっ。ダイがキスしたいと思うくらいの美少女じゃなくってごめんね!」

「あ、悪い。そういうつもりじゃなかったんだ」


 じゃあどういうつもりだったのよっ。


「キモイって言ったのは謝るよ。言葉のアヤっていうか、オマエと話してると自然に口からでちまうっていうか」


 なんだそれ。


「いや、オレも本当は試してみたいよ。でもやっぱオマエも女だし、オレの勝手な都合で強引にそういうことするわけにはいかないだろ」


 私は目じりにたまった涙を拭いてダイの方を見た。

 彼は気まずそうに斜め下を向いている。

 どうやら本当に反省しているみたい。


 ダイの口が悪いのはよくわかっている。

 普段からあんな感じで言い合いしてるから、つい言い過ぎちゃっただけなんだろうな。


 私が本気で怒ったから慌てちゃったのかもしれない。

 なんだかんだで、ダイもやっぱり男の子なんだね。


「試してみたかったって、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトを? それとも、私とのキスを?」


 私は仕返しのつもりでいじわるな質問をしてみた。


「なっ……」


 予想通り……

 というか、予想以上に真っ赤になるダイ。

 これは間違いなく、夕日の色だけじゃないね。

 さっきの言葉を必死になって取り繕おうとしている。


二重輝攻戦士デュアルストライクナイトをだよ、決まってるだろ!」

「じゃ、そういうことにしておいてあげましょうか」


 意外な一面を見せてもらったことだし、失言は水に流してしてあげる。


「なんだよ、ニヤニヤするなよ」

「はいはい、ダイはかわいいねー」

「うるせえ、やっぱりキモイ! 顔から性格まで全部キモイ。キモ女、キモ子!」

「――おまえいいかげんにしとけよ」


 みょーん。


「ぐはっ、だからその目はやめろって……ほ、ほら、早く行かないと日が暮れちまうぞ!」


 慌てて走り出すダイ。

 はぁ。やっぱりお子様だなぁ……

 ま、いいや。


 もし、いつか気が変わったとき。

 私がしてもいいかなって思えるくらいには、大人になってたら……

 その時は、考えておいてあげる。


「待ってってば。走らないでよ」


 ここは複雑に入り組んだ町なんだから、下手にはぐれたらたどり着けないぞ。

 私はダイの背中を追いかけ、仲間たちとの集合場所へと向かった。


 ……ん?

 複雑に入り組んだ街って……あれ?

 彼に誰か一緒についてったっけ。




   ※


 そんな複雑な町でジュストくんを一人にした私たちも悪かった。

 集合時間になってもやって来ない彼を、他の仲間と必死に街中探し回った。

 ようやく彼を最下層の港近くの酒場で発見したのは、夜中の二時をまわった頃だった。

 なんでも、道に迷っていたところを、仕事帰りの漁師さんに誘われたらしい。


「一杯つきあってくれたら道案内してやるよ」


 って言葉を信じて、お酒を飲んじゃったらしい。

 いい感じに酔いがまわって、そのまま漁師さんたちと盛り上がっていた。

 カーディの電撃で正気を取り戻した後、みんなから総スカンを喰らった彼は、地面に手を突いて何度も何度もひたすら謝っていた。


 そ、それでも、私はジュストくんが一番だからねっ。




   ※


「えっと、この先にあるアグリキの村は畜産業が盛んで、この周辺で家畜として使われている牛馬はほとんどがこの村で育てられたんだって」


 必死になって話題を提供するジュストくんに、周囲の目は冷たい。


「だから?」

「酔っ払いから得た情報など……」

「ああ眠い。本当なら昨夜はもっと早く眠れたのになあ」


 仲良いはずのダイも含め、三人とも苛立ちを隠そうともしない。

 ちなみに、カーディは付き合っていられないと言って、一足先に町を出て行ってしまった。

 もちろんラインさんも一緒に。


 結局、宿の退出時間の関係もあって、昨日はほとんど眠れなかった。

 酒場で得た情報をなんとか役立てたいと必死になっているジュストくん。

 そんな彼を庇ってあげたいけど、私も眠くてフォローにまわる余裕がない。


 エヴィルが襲ってくる可能性もあるから、全員が寝ることはできない。

 最初にフレスさんと私が、次にダイとビッツさんが交代で睡眠を取りながら進んだ。


 ジュストくんは迷惑かけた罰として、一日中輝動二輪の操縦だ。

 やってみればわかるけど、これは三時間も連続で運転していれば疲れてくたくたになる。

 彼自身も眠ってないんだし、代わってあげたいとも思ったけど……


「ありがとう。でも、僕のせいだから」


 と、ちょっぴり悲しそうな笑顔で言われちゃ何も言えない。

 結局この日は一度もエヴィルと遭遇せず、日が暮れかける頃に次の村が見えてきた。

 ジュストくんの言うところの畜産業が盛んなアグリキの村だ。


「はあ、やっと着いたか……」

「少し早いが、今日はゆっくりと休むとしよう」

「やっとベッドで寝られるね」

「あ、でも、アグリキの村は専業の宿屋がないんだって。しかも畜産業が盛んなせいで、村中が家畜の臭いで満たされてて、慣れない人にはキツイって酒場の漁師さんが……」


 ジュストくんの余計な一言で和らぎかけていた空気がまた一気に凍りついた。


「レッスの町の宿屋はよかったな」

「ああ、潮の匂いも慣れれば良いものだった」

「どこかの馬鹿が夜通し遊んでさえいなきゃ、そんな村は素通りしてもよかったのにね」

「……ごめん」


 再び文句を並べる三人。

 ジュストくんは小声で謝って縮こまる。

 あと、さりげなくフレスさんの暴言がひどい。


 とはいえ、さすがに馬車の硬い床で仮眠を取っただけじゃ体力も回復しない。

 ひとまず私たちはアグリキの村に向かうことにした。


 近づくにつれ、確かに異臭が漂ってくる。

 鼻が曲がりそうな……と言っても全然足りないくらい。

 生理的に受け付けないキツイ悪臭があたりに充満している。


「酷いなこりゃ。よくこんな所で生活してられるな」

「クイントにも厩舎はあったが、これほど酷くは……」

「でも、おかしいですね。畜産業で有名な村が、これだけの臭いに何の気も使わないんでしょうか」


 鼻を押さえながらフレスさんが言う。

 私はそんなに動物に囲まれたことないからわからないけど、これはあまりにも酷すぎる。

 ふとダイの方を見ると、眉間にしわを寄せて険しい顔をしていた。


「どうしたの?」

「これは……動物の臭いなんかじゃない」


 彼はそう言うと、御者台から降りて先に行ってしまった。

 よくわからないけれど、私たちも輝動馬車を降りて彼を追いかける。

 悪臭は村に近づくに連れ耐えられないほどに強くなっていく。

 村の入り口にたどり着いた頃には、明らかな異変が起きていることが理解できた。


「これは……」


 ジュストくんが顔色を変えて村の中に入っていく。

 青ざめた顔のフレスさんが私の手を握った。


「二人は来ない方がいい」


 ビッツさんはそう言い残して、先に行ったジュストくんの後を追った。

 とは言え、私たちだって何が起こっているか知りたい。

 忠告を無視して村の中に入った。

 そこで私は、想像を絶する光景を目にした。


「なによ、これ……」


 誰が答えられる訳でもない。

 私は呆然としながらそう問いかけていた。

 レッスの町が目の覚めるような青と白の町なら、この村は赤と黒だった。

 でもそれは、この村本来の色じゃない。


「なんなのよ、これっ!?」


 黒いのは家。

 正確には家だった残骸だ。

 焼け焦げた原型を保っているものもあれば、完全に燃え落ちて灰になって残り火が燻っているものもある。


 赤いのは人。

 人が、倒れていた。

 それも一人や二人じゃない。

 真っ赤に染まった村人が、何人もあちこちに倒れている。


 ある人は恐怖に目を見開いて。

 ある人はお腹を切り裂かれて。

 そして向こうに倒れている人は、首から上が……


「うぷっ……」


 こみ上げてくるものを耐え切れず、私はその場で胃の中身を逆流させた。

 なによ、なんなのよ一体。

 どうしてこんなことになっているの?

 私は混乱する頭で、どうにか考えを纏めようとした。


 村は全滅していた。

 何か、いや、多分、エヴィルに襲われたんだ。

 家屋は焼け、住人たちは無残にも殺されてしまった。


 あまりに惨い。

 あまりに酷い惨状。

 私は涙と逆流する胃液を堪えられなかった


「ああああああああっ!」


 な、何?

 尋常じゃない叫び声が聞こえてきた。

 私は口元を拭うと、フラフラの呈で鼻と目を覆いながら、声のした方に向かって行った。


「うわっ、わあっ、ああああああっ!」

「どうした、しっかりしろ!」

「なんだ、何があったんだ!」


 村の入り口近くでダイがうずくまって叫んでいた。

 ジュストくんが肩を掴んで声をかけている。

 さっきの絶叫はダイの声だったらしい。

 一体、何が起こっているの?


「どうしたのだ!」

「ダイが急に……」


 村の奥からビッツさんが駆けつけてきた。

 ジュストくんは状況を説明しようにも、彼もよくわかっていないみたい。


「やめろ、やめてよ! どうしてみんな、こんなことするんだよっ!」


 頭を抱え、狂ったように絶叫するダイ。

 その様子は明らかに異常だった。

 村の惨状は確かに直視するに耐えないほど酷い。

 けど、ダイがこんな風になるなんて……


「いやだああああああっ!」


 惨劇の村に、ダイの悲痛な叫び声が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る