267 たのみごと

 みんなに囲まれ、大テーブル席に移る。

 そこで私たちは旅の話をしたり、質問に答えたりしながら楽しく食事をした。

 あっち行ったりこっち行ったりの私の下手な説明も、みんな興味を持って聞いてくれる。

 ダイも輝士を目指してるっていう子どもたちと楽しそうに語り合っていた。


 ちょっとした有名人気分のひととき。

 気がついたときには、もう日が暮れている。

 仲間たちが待っていると告げると、その場はお開き。


「これからも頑張ってくださいね」

「世界の平和を守ってくれよ!」


 話を聞いてくれた人たちは、応援の言葉を掛けて見送ってくれた。


「いい人たちでよかったね」

「メシもおごってもらったしな」


 ダイも満足そうだった。

 この数か月間、がんばって戦ってきたんだもん。

 少しくらい、いい思いをしてもバチは当たらないよね?


「あ、ちょっと待って」


 待ち合わせ場所に行く途中、私は通りかかったお店に立ち寄った。


「なに買ったんだ」

「お菓子とジュース」

「オマエ……いま食ったばかりだろ」


 誰も今すぐ食べるなんて言ってない! 


「夜中にお腹が減った時にフレスさんと食べるんだってば」


 ジュースはいま飲んじゃうけどね。

 私はハニードリンクを袋から取り出した。

 キャップの細くなった部分の蓋を開けてストローを差し込む。


 ぢゅるるる。

 はにゃー。


 口の中に甘さが広がって、なんとも幸せなキ・ブ・ン。


「すげー甘ったるそうな飲み物だな」

「ダイも飲む?」

「いらない」

「美味しいのに」


 さては間接ちゅーが恥ずかしいんだな。


 私たちはジュースを飲みながら、夕暮れに染まる海を眺めて歩いた。

 綺麗……

 こうして二人きりで歩いていると、私たちって恋人同士に見えるのかな?

 なーんて思っちゃったり。

 ……いやいや。


 さっきは私たちの関係を邪推してた人もいたけど、私とダイはそんなんじゃないからね。


「ところで、さっき言いかけた頼みごとって何?」


 私はふと思い出し、途中になったままの話の続きを促した。


「あ、ああ……それな。うん、さっきも言おうとしたんだけど……」


 なんだなんだ、どうも歯切れが悪い。

 普段頼み事なんかしないせいか、タイミングを逃すと言い出しづらいのかもしれない。

 私は袋からシュガースイートを一粒取り出して口に入れた。

 しゃりしゃり。

 あまい。


「はい」


 ダイにも一粒手渡す。

 お菓子を食べてリラックスすれば、話もしやすくなるでしょ。


「ああ、サンキュ」


 素直に受け取ったダイは、シュガースイートを口に入れ――


「――っ!」


 吐き出しやがった!


「なにやってるの、もったいない!」

「てめーこそ何しやがる! 何を食わせた!」

「お菓子だよ。シュガースイートっていうの」

「……その菓子、共用語だとなんて言う」

「角砂糖」


 ダイは私の頭をぽかりと叩いた。


「バカ野郎! 砂糖の塊なんか食わすな!」

「ひどーい! こんなに甘くて美味しいのに!」

「ってことは何か、さっきから飲んでるそのハニージュースとやらは」

「蜂蜜」


 頭を抱えて顔を背けるダイ。

 なによっ、蜂蜜直飲みするのがそんなに変?

 お店のおばさんもストローをつけてって言ったら変な顔してたけどさ。

 甘いもの好きならこれくらい普通です。

 普通だよ。

 普通だよね?


「で、頼み事ってなによ」

「なんかオマエなんかに頼むのがバカらしくなってきた」

「なによそれっ」


 真面目な話っぽかったから、こっちから聞いてあげたのに。


「いいから言いなさい。恥かしがらないでっ」

「袖を引っ張るな」


 普段のダイは私にお願い事なんて絶対しない。

 そんな彼が頼みたかったことって、何かすごい気になる。

 こうなったら絶対に聞き出してやるんだからね。


「……わかったよ。ああ、オマエに頼みたいことがあるんだ」


 最初から素直にそう言えばいいのよ。


「あのな」


 ダイは私の手を振り払うと、なぜか視線をそらした。

 な、何よその態度は。

 まるで告白直前みたいな雰囲気じゃない。

 夕暮れのいい雰囲気も相まって、余計な想像が膨らんじゃう。


 やだ、ドキドキしてきた。

 落ち着け私、ダイに限ってそんなことは絶対にありえないんだから。


「この前の戦いさ、ちょっとアレだっただろ」


 やっぱり違った。

 この前の戦いって言うと……

 洞窟でケイオスを退治した時のこと?


「いや、この前に限らず、吸血鬼のガキと戦った時くらいから、ずっとアレだったんだけどさ」


 やたら遠回しだな。

 アレじゃわからなよ。


「オマエにこんなこと言いたくないんだけどな」

「なによ」


 頼み事があるとか言っておきながらシツレイな態度。

 そんなだと私もちょっとイラっとしちゃうぞ。


「……オレ、いつも途中でヘバっちまうだろ」


 ふて腐れたようなダイの顔が、赤くなって見えたのは夕日のせいか。


「今回も最後はジュストと吸血鬼のガキ任せだったし」


 えっと、何?

 悔しがってるの?


 この数ヶ月の旅で、ダイは間違いなく私たちの中で一番多くのエヴィルを倒している。

 けれどその反面、最後は疲れ切ってしまい、強敵相手はジュストくんに任せることが多い。


「それは仕方ないんじゃないかな。その代わりダイがエヴィル相手に頑張ってくれているから、ジュストくんは最後の戦いに専念できるんだし。向き不向きはあると思うよ」

「それってつまり、オレじゃケイオスの相手は務まらないってことだろ」


 ダイは思いのほか真剣な表情で私を見つめていた。


 ケイオスは強い。

 私たちだって強くなったけど、前回戦った相手も、一対一じゃ絶対に敵わない。


 さっきの人が言ったように、ダイは世界でも指折りの剣士だ。

 それでも、人間より遥かに強い力を持ったケイオスには勝てない。

 負けん気が強い子だから、そんな状況を気にしているのかもしれない。


 あんなバケモノに一対一で勝てるとしたら、本物の五英雄クラスじゃないと無理。

 あるいは同じケイオスのカーディか、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトで人間の限界を超えたジュストくんくらいだ。


 そのジュストくんにしても、最後に力を温存しておくため、道中は余力を残して戦っている。

 それを最大限にサポートしているのは間違いなくダイだ。


「だから、頼みがあるんだ」

「わっ」


 突然、ダイが私の肩をがっしと掴む。


「オレと隷属契約スレイブエンゲージをしてくれ!」

「は、はい!?」


 な、なな何を言い出すのこの子は!


「ジュストみたいに上手くできるかはわからない。けど、オレだって必死に修行してきたんだ。二重輝攻戦士デュアルストライクナイトとかいう力だって、使いこなせるかどうか試してみてーんだ」


 あ、あー、あー。

 そ、そういうことね。

 つまりダイは、ジュストくんに差をつけられているのが悔しいわけだ。

 ゼファーソードから得られる力だけじゃ二重輝攻戦士デュアルストライクナイトにはなれないから、私と隷属契約をして、もっと強い力が欲しいと……


「なあ、頼む。オマエだって戦力が増えれば楽になるはずだろ。だから――」

「ちょ、ちょっと待ってってば!」


 純粋に力を求める彼の態度は応援してあげたいと思う。

 もちろん、戦力がアップするのは大歓迎だよ。

 けど、そう簡単に隷属契約なんてできないよっ!


「あのさ、隷属契約って簡単に言うけど、どうやるのか知ってるの?」

「オマエに触れて、輝力を送り込んでもらうんじゃねーのか」


 あちゃ、やっぱり……

 普段、ジュストくんやビッツさんに力を貸す時は、二回目以降のやり方だ。

 ダイが勘違いしているのはしょうがない。

 けど、それは最初にちゃんとした契約をした後だからできるやり方だ。


 隷属契約をするためには、最初にちょっとした儀式的なことをしなければならない。

 いや、儀式ってほどのものじゃないんだけどね……


 たしかダイとは前に一度しようとして、断られた記憶がある。

 アレが隷属契約だって気づかなかったのは、まあ、お子様だから仕方ないけど。


「あのね、よく聞いて。隷属契約って、そう簡単にできるものじゃないの」

「準備が必要なのか?」

「うん、あのね」


 やる気まんまんのダイに、私は隷属契約の方法を一から説明した。

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