254 ▽金毛牛頭魔人

「オマエらは下がってろ! あれが相手じゃ、戦えるのはオレしかいねー!」


 ダイが腰の剣を抜く。

 すると、彼の周囲に輝粒子が舞った。

 輝攻化武具ストライクアームズ、ゼファーソードの力で輝攻戦士になったのだ。


 相手が中位エヴィルなら、輝攻戦士の出番である。

 敵は初めて見る種族、しかも見た目からしてかなり強そうだが、ダイなら決してひけは取らないはずだ。


「行くぜ!」


 ダイが床を蹴る。

 一足飛びで距離を詰め、一気に飛び込む。

 金毛牛頭のエヴィル、トランボースの懐へと。


「うおおおおおっ!」


 気合い一閃。

 ゼファーソードがトランボースの分厚い胸板を薙いだ。


 しかし――


「危ないっ!」


 ダイは続けざまに連撃を繰り出そうとしていた。

 その頭上に巨大な拳が振り下ろされる。


「うおっ、アブね!」


 ダイはジュストの声に反応し、即座に後ろに跳んで拳をかわした。

 あのまま攻撃を続けていたら危なかっただろう。


 トランボースが踏み込む。

 反対側の腕を振り上げて殴りかかってくる。

 ダイはその拳の先を狙い、正面から斬りつけた。


 刃と拳が激突する。

 音もなく、火花も散らない。

 しかし刃はエヴィルに通らなかった。

 そのまま数秒硬直し、やがて両者が弾かれるように体勢を崩した。


「おいおい、マジかよ!」


 たたらを踏んでなんとか倒れるのを堪えたダイ。

 その声には焦りの色が浮かんでいた。


 戦闘中に彼がうろたえるなど滅多にないことだ。

 しかし、今回ばかりはそれもしかたない。


 あの金毛牛頭のエヴィルは、攻撃を食らいながらでも平気で反撃してくる。

 その腕力は輝攻戦士とほぼ互角。

 しかも、こっちの攻撃はほとんど通らない。


 あんなやつと正面からやり合ったら、苦戦は必死である。

 それでも、十分に動き回れるスペースがあれば戦いようはあるだろう。

 見たところ動きは遅いし、輝攻戦士の機動力で翻弄しながらダメージを与えていけば、いつかは倒せるかもしれない。


 だが、ここは左右に避けることもままならない、細い通路の途中なのである。

 こんな場所ではろくに仲間の援護も得られず、ダイの動きも極端に制限されてしまう。


「ダイ、一度下がるんだ! 外におびき出して戦えば――」


 ジュストが彼の背中に呼びかける。

 教会の周りはちょっとした森になっている。

 幸いにも町からは離れているし、表に出れば有利に戦えるのは確実だ。


「おお、追いついたぞ……って、なんだありゃ!?」


 だが間の悪いことに、階段で詰まっていた傭兵たちがやって来てしまった。


「エヴィルがいるんだ! 早く地上に戻れ!」

「ひいっ、なんだそりゃ!?」


 二人並んで歩くのも難しいこの通路。

 来るときは行儀良く縦一列に並んでいたが、パニックになった彼らはまたしても途中で詰まってしまう。


「……ちっ、だから言ったのに」


 これでは出口に向かうのは至難の業だ。

 思わず舌打ちをしてしまったジュストの気持ちもわかる。


 こうしている間も、ダイはトランボースと死闘を繰り広げている。

 敵の攻撃を弾いては押され、押し返しては反撃を受けを繰り返している。

 輝攻戦士は超人的な戦闘力を持っているとはいえ、無限に戦えるわけではない。

 やがて疲労が溜まれば劣勢に追い込まれる可能性もあるだろう。


「うろたえないでください!」


 と、パニック状態になった傭兵たちの向こうから、凛とした女性の声が響いた。

 狭い通路の中に大声が反響して思わず耳を塞ぎたくなる。

 その声の主はもちろん半ピンクの女剣士、シルク。

 なんとか高所からは降りたらしい


「エヴィルがなんですか。我らは人類の敵などに怯みません!」

「いやいや! 無理だから! 気合いだけでどうにかなる相手じゃないから!」


 傭兵たちの隙間を縫って前に出てきたシルクを、ジュストが必死に押し止めようとする。

 彼女が実力に見合わない無鉄砲な女性なのはわかっているが、今回はふざけていられるような状況ではない。

 とりあえずパニック状態の傭兵たちを大人しくさせてくれたのは感謝するから、今すぐに回れ右して出口に向かって欲しい。


「そんなことないです! 私も戦えます! 見てください、この風衝剣とクリスタルダガーがあれば、エヴィルなんてイチコロですよ!」

「いくら古代神器があっても……って、パクったんですか、それ」

「倒した敵が持っていたんですから、もう私のものです」

「それ世間じゃ泥棒っていうんだけど。あと風衝剣は拾ったものでしょ」

「そうっすよシルクの姉さん。もったいないけど、神父の悪事を暴くための証拠品として提出するって、皆で決めたじゃないっすか」

「えー。せっかく伝説の剣が手に入ったのに」


 ああ、うるさい。

 ダイさんが必死に戦っているのに、なんなのよこいつら。

 下手したらこのまま全滅するような状況だってことをわかってるのかしら。


 道を塞いだ上、ぎゃーぎゃーやかましくお喋りして。

 さすがに苛立ってきたし、面倒だからまとめてやっちゃおうかしら。

 でも、こんな場所で大技をぶっ放したら、こっちにまで被害が出ちゃうから――


 そこまで考えて、ふとフレスは妙案を思いついた。


「シルクさん、ちょっとその剣を貸してもらえませんか」

「えっ。でもこれ私の」

「は や く」


 フレスがにっこりと微笑みかける。

 なぜかシルクは怯えた顔で素直に風衝剣を渡した。


「すいませんでした殺さないでくださいお願いします」

「そこまではしませんよ」


 とりあえずフレスは受け取っ剣をジュストに渡した。


「私が合図したらそれで思いっきり風を起こして。やり方はわかるよね」


 ジュストは軽く壁際に向けて三度剣を振る。

 二度目と三度目でそれぞれ異なる強さの風が吹いた。


「うん、たぶん大丈夫。だけど、この狭さじゃ援護しようにもダイに当たっちゃうぞ」

「その前に下がってもらいます。ダイさん、あとちょっとだけ頑張ってください!」


 声をかけると、ダイはちらりとこちらを見て小さく頷いた。

 どうやら彼は何も言わずともわかってくれたようだ。

 フレスは安心して輝術を使う準備に入る。


「ああ、なるほど」


 少し遅れて、ジュストもフレスの考えを理解したらしい。

 あとは準備が整うまでダイが耐えてくれればいい。

 この方法なら通路の狭さが逆に利点となる。


 三人が勝利を確信した、その時。


「ぐっ!?」


 ダイが敵の攻撃を弾くのを失敗した。

 腹部に強烈な打撃を食らい、体がくの字に折れ曲がる。


 トランボースが腕を振り上げる。

 さらに追撃を行うつもりだ。

 ダイはまだ動けない。


「フレスっ!」

「だめ、この位置じゃダイさんにあたる!」


 すでに輝術の準備はできているが、いま放てばダイも巻き込んでしまう。


「わかった、僕がダイを引っ張ってくる」

「ダメよ、それじゃ反撃が――」


 一瞬の迷いに初動が遅れた二人。

 その間を一陣の光が尾を引いて通り過ぎた。


 シルクである。


「食らえ化け物ッ!」


 輝攻戦士にも匹敵する機動力で一気に敵の懐へ飛び込んだシルク。

 彼女は金毛牛頭のエヴィルがダイにトドメを刺す直前、その眉間に透明な刃を突き刺した。


「グオオオオオオッ!?」


 あのクリスタルダガーは、おそらく輝攻化武器だったのだ。

 トランボースの絶叫が通路にこだまする。

 同時にダイが顔を上げた。


「ダイさん、戻ってきて!」

「おう!」


 ダイは前のめりに倒れそうになっていたシルクの襟元をひっつかみ、そのまま彼女を連れてこちらに飛んできた。


「おわっ!?」

「きゃあああ!」


 着地を気にする余裕はなかったらしい。

 フレスとジュストが左右に分かれて彼らを避けると、二人は勢い余って傭兵たちに突っ込んだ。


 とにかく、これで射線上には敵しかいない。

 眉間にシルクが突き刺したクリスタルダガーが刺さりっぱなしだが、この際それは気にしない。


 フレスは輝術を解放する。


氷弾暴風雨グラ・ストームっ!」


 広範囲に氷欠の暴雨を降らせる大輝術。

 フレスの使える中でも最強の威力を誇る技である。


 本来なら空中に浮かんで放つ広範囲殲滅技だ。

 こんな狭い場所で使えば、極寒の刃を伴って吹き荒れる嵐は、敵味方の区別なくすべてを巻き込んでしまうだろう。

 だが。


「ジュストっ!」

「わかった!」


 ジュストが風衝剣を思いっきり振り下ろす。

 すさまじい突風は嵐に指向性を持たせ、すべての氷片が敵のいる方へと向かっていく。


「風が弱い、もっと!」

「うおおおっ!」


 ジュストがもう一度剣を振る。

 風圧だけで巨体を吹き飛ばすほどの狂風が巻き起こる。

 もはや通路の先の視界は白一色に染まっていた。


「うわあっ!?」


 あまりの風量に、ジュスト自身も後方に吹き飛ばされた。

 風衝剣が彼の手からすっぽ抜け、回転しながら嵐の中へ消えていく。


「んっ……!」


 フレスは輝力と気力を振り絞り、最後まで輝術を出し切った。

 やがて暴風雪が止み、視界が徐々に元に戻ってゆく。

 

 嵐が止んだ後、そこに金毛牛頭のエヴィルの姿はない。

 黄色いエヴィルストーンがひとつ、地面に転がっていた。

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