253 ▽都合良く、自分勝手に信じても……
シルクが合図をすると、教会入り口の扉から傭兵たちがゾロゾロと入ってきた。
その中の一人、厳つい傭兵がフレンドリーに手を挙げる。
「よお、あんたらも無事だったか」
「どうしたんですか。皆で揃って」
「いや、洞窟から出た後、しばらく全員でどうするかって話してたんだけどな」
「町に入る直前に変なやつに襲われたんだよ」
「そ、そうですか……」
別の傭兵が割り込むように話を引き継ぐ。
彼はなぜかグイッと顔を近づけてきたので、フレスは思わず反射的に後ろに下がった。
「そう、邪教の神父が放った刺客でした! ですが、私たちは力を合わせて返り討ちにしたのです!」
「え?」
シルクが高らかに宣言する。
フレスは思わず聞き返してしまった。
ベツィルクの言い方だと、別の刺客はトーアと同等か、それ以上の強さを持っているような感じだったが……
「私たちが倒したのです!」
「あ、ああ。そうそう。俺達が協力して倒したんだよ。本当だぞ」
なにやら含みがありそうである。
だが、何らかの手段で刺客を追い払ったのは事実のようである。
「そいつが落としていった証拠品も保管してあるし、神父の命令を受けたって自白をさせて
傭兵が言うと、ベツィルクは目を見開いて反論する。
「ば、馬鹿な! でたらめだ! 貴様らのような有象無象に、あのザルツがやられるわけがない! やつはこれまで何人もの傭兵を始末してきた歴戦の手練れだ! しかも、やつには古代神器のクリスタルダガーも与えてあるのに……」
「ああ、ちなみに
ほとんどの国の刑法上、そこに記録された言葉は十分な証拠になる。
ベツィルクはマヌケにも自らの悪事を自白をしてしまったのだった。
絶望にくれるベツィルクに、シルクははるか頭上から指を向ける。
「さあ、悪党よ! ここから先は懺悔の時間です!」
「ねえジュスト、シルクさんってあんなキャラだっけ」
聖少女に憧れていると言っていたが、どうも違う方向に向かっているように見える。
もしかしたら、単なる
「クリスタルダガーか……」
ジュストはジュストで、まだ見ぬ古代武器の名前を聞いてそちらに興味が移っている。
もう放っておいても事件は解決しそうだし、なんだかフレスはどうでもいい気分になった。
「くっ、かくなる上は!」
ベツィルクが奥の扉から逃げていく。
「待てこら!」
「待ちなさい!」
ダイが即座に後を追いかける。
シルクは叫んだ後、きょろきょろと辺りを見回した。
どうやら彼女、あそこから降りる方法が見つからないようである。
どうやってあんな場所に上ったのかも謎だが、とりあえず放っておこう。
フレスはジュストを小突いて思考を中断させると、彼と一緒にダイの後を追いかけた。
その後を傭兵たちがゾロゾロと追ってくる。
「全員で行ってもしかたない。皆は出入り口を塞いでおいてくれ」
ジュストが走りながら傭兵たちに指示を出すが、
「そりゃねえぜ。ここまで来たんだから、悪党の最期くらいはこの目で見たいじゃねーか」
「そうだ、そうだ。残るならあんたが残れ」
「わ、わかりました。みんなで行きましょう……」
全然言うことを聞いてくれない。
仕方ないので集団で追いかけっこだ。
廊下の角を曲がったところで、床の一部が不自然にめくれているのが目に入った。
昨日は気づかなかったが、こんなところに地下へと続く階段があったのだ。
ベツィルクと先に行ったダイはおそらくこの中だろう。
「おい押すな!」
「そっちこそ!」
階段は人ひとりが通るれるギリギリの狭さだった。
先頭にジュスト、それに続いてフレスが階段を降りる。
その後は傭兵たちが我先にと押し寄せて詰まってしまう。
うるさい人たちはそのまましばらくつっかえててくれると助かるのだが。
地下はやたらと薄暗くかった。
フレスは
ダイの後ろ姿が見えた。
「どうした?」
背中を向ける彼にジュストが声をかける。
「見てみろよ、イカれてやがるぜ」
ダイの視線の先には不敵に笑うベツィルクの姿。
どうやら通路はそこで行き止まりらしい。
だが、奥に鉄格子がある。
その中に、信じられないモノがいた。
「エヴィル……?」
成人男性を遥かに上回る体躯。
窮屈そうに体を屈める生き物は、どうみても人間ではない。
本来なら頭がある位置に、醜悪な牛の首がくっついている、異形の魔人。
以前に戦ったクインタウロスとよく似ているが、こちらは全身の毛が鈍い金色である。
「こいつは『トランボース』だ。私が八年前に拾い、今日まで育てた最強のエヴィルだよ」
「育てた……?」
フレスは神父の言葉の意味がよく理解できなかった。
「こいつがまだ小さい頃、近くの森で捕らえたのだよ。それから毎晩のように側で話をしてやったものさ」
「エヴィルを飼うなんて可能なのか……?」
ジュストが疑わしげに尋ねると、神父は嬉々として質問に答えた。
「簡単だよ。エサは食わぬが、放置しても決して衰弱することはない。放っておいたら勝手に大きくなってくれた。もちろん、檻からは一度も出さなかったがね」
「狂っているとは思っていたけど、本当にエヴィルを飼っていたなんてね」
ますます、あの老人を彷彿とさせる。
あちらは狂信者ではなく、エヴィルを利用し、最終的にはケイオスの力までその身に取り込んだが……
というか、それは飼っていると言っていいのだろうか?
空腹では死なないのを良いことに閉じ込めていただけじゃないのか。
「で、どうすんだよ?」
「決まっている。こいつを解き放ち、お前たちを殺させるのさ」
「んなことしたらオマエが真っ先に殺られるぜ」
「普通のエヴィルならそうかも知れぬ。だが、私とこいつは長い年月をかけて信頼関係を築いている。清火のリングを得ようとしたのも、いわば保険に過ぎない。こいつはもう私の言うことなら何でも聞くに違いないと、そう信じているよ」
もう一つ、あの老人と決定的に違う点がある。
あの老人は邪法を使ってエヴィルを操り、強制的に従わせていた。
しかし、このエヴィルは何らかの術による制御を受けているわけではない。
「まずい、やめろっ!」
「よせ。手遅れだ」
慌てて飛び出そうとするジュスト。
その背中をダイが掴んで止める。
「くひひっ。そう、もう遅い」
鉄格子が開かれる。
はじめは、ゆっくりと。
半ばまで開いた所で一気に全開となる。
自由を得たトランボースが、内側から思いっきり叩きつけたのだ。
「グルルルルゥ……」
「さあ行け、我が息子よ! 闇の始祖の祝福を受けし我らを妬む愚かなる者どもを、一足先に地の国へと誘って――ぐぎょっ」
邪教の神父は、命令の言葉を最後まで言うことなく、頭をトマトみたいに破裂させて死んだ。
もちろん、それをやったのは金毛牛頭のエヴィル、トランボースである。
「だから言ったのに!」
ジュストが苦々しげに吐き捨てる。
神父は長年に渡ってエヴィルを閉じ込め、飼いならした気になっていたのだろう。
しかし当然ながら、エヴィルと人間との間に信頼関係など生まれるはずがなかったのだ。
どちらにせよ神父の行動は常軌を逸している。
仮にそれが人間であっても、八年間も狭い檻に閉じ込めていた者の言うことなど、誰が聞くものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。