245 ▽仲間同士の対決

「ふう」


 相手が気絶したことを確認してジュストは一息ついた。

 さすがに輝士見習いだけあって、人間相手の戦い方も心得ている。

 武器を失っても素手で相手を制圧する術は持っているし、ちゃんとやり過ぎないように手加減もしてあった。


 刺客を退け、とりあえずは一安心である。

 しかし、今の戦いでジュストの剣はますますボロボロになってしまった。


「あの曲刀もらっちゃおうかな」

「それ泥棒だからね。私たちは盗まれた物を取り返しに行く依頼中だって忘れないでね」


 ベレタが落とした武器を横領しようとするジュストをフレスが咎めていると、


「す、すごいです!」


 シルクが瞳を輝かせながらジュストの手を取った。


「素晴らしく流麗な剣さばき。相手を殺さずに意識を奪う技量。ジュストさん、あなたはまさに私の理想とする輝士様です!」

「いえ、それほどたいしたことでは……」


 褒められてまんざらでもなさそうなジュストに、フレスは何故かイラっとする。


「美女に手を握られたくらいで鼻の下を伸ばさないでよ。ルーチェさんに言いつけるからね」

「別にしてないだろ。あと、すぐルーの名前を出すのはやめろ」


 フレスはため息を吐き、嬉しそうに瞳を輝かせるシルクの横顔を見た。


 綺麗な人である。

 きっと性格も良いのだろう。

 だが、彼女はいったい何者なのだろうか?


 その自信と裏腹に剣技はからっきしだった。

 とてもじゃないが、新代エインシャント神国からたった一人で旅をしてきたとは思えない。


 悪意があるわけじゃなさそうだし、多少くっつくくらいは大目に見てもいいのだが……

 なんで彼女を見ているとこんなに心がささくれ立つのだろう。

 別にもう、ジュストのことなんて何とも思っていないのに。


「おーい!」


 野太い呼び声と共に、数人の足音が近づいてくる。

 さっきの三叉路で倒れていた四人組だった。

 どうやら全員意識を取り戻したらしい。


「ああ、ちょうど領主の刺客を倒したところです」


 ジュストは手を引っ込め、彼らの方を向く。

 掴んだ手を離されたシルクが少し寂しそうな表情をしていたのを、フレスは見逃さなかった。


「マジかよ、あんたすげえな……で、倒した刺客はどこにいるんだ?」

「そこに倒れていますよ」

「あん?」


 男は倒れているベレタに視線を向ける。

 その表情がみるみる訝しげな形を作る。


「誰だこいつ? 俺達を襲ったのはこんなやつじゃねえぞ」

「え?」


 ジュストは倒れるベレタの方を向き、もう一度傭兵たちに視線を戻す。

 他の傭兵たちも揃ってクビを横に振った。


 僅かな沈黙。

 傭兵たちを倒したのはベレタではない。


 刺客はまだ他にいる。

 おそらく、ベレタよりも強い何者かが。

 その事実に気付いたジュストは表情を引き締める。


 同時に、洞窟の奥から足音が聞こえた。


 誰かがこちらに向かってくる。

 おそらくは、もうひとりの刺客。

 素早く身構えるジュストと四人の傭兵。

 フレスも輝術で援護できるよう、後方に下がって敵が来るのを待った。


 ところが、彼らの前に姿を現したのは意外な人物だった。


「お、ジュストじゃねえか。何やってるんだこんなところで」


 まだ少年と言っていい年齢。

 黒いレザージャケット。

 同色の真っ黒な髪。


 ミドワルトの人間ではあり得ない、特異な外見の剣士。

 その少年の名を、フレスもジュストもよく知っていた。


「ダイさん!?」


 彼らの旅の仲間。

 ダイだった。




   ※


 意外な場所での仲間との再会。

 思いがけない幸運を喜ぼうとした時、傭兵たちの一人が剣呑な声で叫んだ。


「そいつだ! そいつが俺らをやった領主の刺客だ!」


 彼は確かにダイを指差している。

 わなわなと腕を振るわせ、恐怖に満ちた表情を浮かべながら。


「あ? なんだ、さっきのザコじゃねーか」

「ひいっ」


 ダイが一睨みすると、屈強な傭兵たちは叱られた子どものように居竦んでしまう。

 どうやら彼が、さっきの場所で四人をボコボコにしたのは間違いないようだ。

 傭兵たちをビビらせたダイは、気にする様子もなくジュストに向き直る。


「もしかしてお前ら、邪教徒に手を貸してんのか?」

「なっ――」

「なんですって!?」


 フレスが聞き返すより早く、シルクが大声で叫んだ。


「言うに事欠いて邪教徒とは! 悪徳領主に利用されているだけの下っ端とはいえ、その暴言は許せません!」

「あん?」

「ひっ」


 ダイが睨み付けて凄むと、シルクはびくっと怯えてジュストの背中に隠れた。

 体を半分隠したまま、彼女は高らかに宣言する。


「お、お前など、このジュストさんにかかれば敵じゃありません! 悪に身を落としたことを後悔して、正義の輝士であるこの方にボコボコにされてしまいなさい!」

「い、いや、ダイは本当に敵じゃないんだけど……」


 ジュストが訂正する。

 が、若干言葉の選択を間違えたようだ。

 彼は「敵対する人物ではない」という意味で言ったのだろう

 だがこれでは、問題のなく倒せる相手と言っているようにも聞こえる。


「ほら見なさい! ジュストさんもお前ごとき瞬殺できると仰ってます!」

「ほお、そうかよ」

「えっ、言ってない……」


 ダイが腰から剣を抜いた。

 カタナという、やや反りのある片刃の異国風な彼の愛剣だ。


「そっちがその気なら、別にやってもいいぜ。もらった金の分の仕事は果たさないとな」

「いやいやいや、ちょっと待とうよ。冷静に落ち着こうよ」

「オレは冷静だぜ。こんな機会でもなきゃオマエと本気でやり合うチャンスなんてないしな」


 好戦的な笑みを浮かべるダイ。

 どうやら完全に火がついてしまったようだ。

 ジュストは諦めたようにため息をつき、しぶしぶと剣を構えた。




   ※


 二人の剣士が刃を交える。


「がんばれっ! ジュストさんがんばれーっ!」

「す、すげえ……あいつらいったい何者だ……?」

「あれが東国の剣士か。改めて端から見れば、なんと鋭い太刀筋だろうか」


 その動きを追うことすら難しい、達人同士の手合わせ。

 目の前で繰り広げられるその戦いに、シルクは元より傭兵たちも大興奮である。


「はあ、なんでこんなことに……」


 そんな中、フレスは一人頭を抱えていた。

 本気の殺し合いをしているわけではないのはわかる。

 だが気づけば、ジュストまで突発的な戦闘を楽しみ始めている。


 ダイとジュストは普段から摸造剣を使った手合わせをよくやっている。

 だが、明確な勝敗を決めるため、こんなふうに全力で戦う機会はまず訪れない。


 互いに別陣営の依頼を受けているから已む無いという状況。

 近くにエヴィルのいない安全地帯であること。

 普段なら止める役のルーチェの不在。


 そして万が一怪我をしても、治療できるフレスがいるという安心感。

 すべてが二人に全力で暴れる理由になっていた。


 どちらも超一流の剣士であるから、互いに技を競い合うことに余念はない。


「はっ、ちょっと見ないうちに鈍ったんじゃねーか!?」

「誰が! 本気を出すのはここからだぞ!」


 剣戟の音と傭兵たちの歓声が響く中、フレスは彼らをどうやって止めるべきかを必死に考えていた。

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