244 ▽地方官の刺客

 通路の少し先で倒れている人たちを発見した。

 壁際には炎の点ったままの松明が投げ捨てられている。

 その姿を見るなり、ジュストは素早く彼らの元へと駆け寄った。


「大丈夫か!」


 倒れている男の数は四人。

 うち三人は完全に気を失っているようだ。

 うめき声を上げながらも、一人だけが反応する。


「どうした、なにがあったんだ?」


 先ほど別行動を主張した、厳つい顔の傭兵である。

 ジュストが彼を抱き起こすと、苦しそうに顔を歪め、吐き出すように呟いた。


「やられた……地方官が刺客を送り込んでやがったんだ」

「相手は何人だ」

「一人だ。とんでもなく腕の立つ剣士で、四人がかりでも手も足も出なかった」


 彼らの実力は知らないが、傭兵などをやっているのだ。

 十分な体格もあるし、弱いわけではないだろう。


 本職の輝士と比べるべくもないとは言え荒事で生計を立てている傭兵。

 それを四人まとめて倒してしまうのだから、相手は相当な使い手だと推測できる。


「相手の特徴は?」

「暗くて顔はよくわからなかったが、奇妙に湾曲した片刃の剣を使っていた」

「待ち伏せをされていたのか?」

「いや、角を曲がったところで偶然鉢合わせた。あいつは俺たちを倒すと、向こうの通路に入っていった」

「そうか、わかった」


 ジュストは傭兵の男をその場に横たえ、フレスたちの方を向いた。


「どうやらかなり手強い敵がいる。とりあえず、フレスは彼らの治療を」

「うん。わかった」


 事態が事態なので、フレスは素直に従った。

 まずは意識のある傭兵の横でしゃがみ込み、大きな怪我がないかを調べる。


 目立った外傷はない。

 お腹の辺りに触れると痛みを訴えたので、その辺りに触れて水霊治癒アク・ヒーリングをかける。

 男の顔から険が取れたのを確認してから、他の三人も見て回る。


 相手は剣士と言っていたが、斬られたような痕は見られなかった。

 その代わり、骨が折れていたり、大きな青アザがあったりと打撲傷が多い。

 気を失っているということは、頭部にかなりの衝撃を受けたのかもしれない。


 治療を終えると、フレスは顔を上げた。


「傷はもう大丈夫だけど、目が覚めるまでは動かさない方がいいと思う」

「よし、じゃあ奥に進もう。他の人たちが襲われる前に僕たちの手で刺客をどうにかしないと」


 強敵と戦うのは怖い。

 だが、危険な敵がうろついているのを放ってもおけない。

 相手がどれほどの手練かは知らないが、剣士一人ならジュストの力と、フレスの援護があればなんとでもなるだろう。


「行きましょう。悪の地方官の手下、この手で成敗してくれます!」


 なぜかシルクは細剣を鞘から抜き放ち、先端を通路の先に向けていた。

 聖少女に憧れていると行っていたし、もしかしたらヒーロー気質なのかもしれない。


 気絶したの三人を意識のある傭兵に任せ、ジュストたちは刺客が向かったらしい通路に入って行った。




   ※


 暗い洞窟の中を照らすのはライテルのかすかな光のみ。

 フレスがこまめに明かりを灯し、視界を確保しながら移動するため、あまり早くは移動できない。

 と、前方に松明の煌々とした灯りとは明らかに違う光が見えた。


「待て」


 ジュストが低い声で呼びかける。

 ライテルの光の中に佇むのは青い髪の男。

 革製の鎧を着た見慣れないその男は先ほどの傭兵たちの中にはいなかった。

 右手に大きな曲刀を持っており、その先端は尻餅をついて倒れている別の男に向けられている。


「ひっ、助け、助けてくれっ」


 目を見開いて命乞いをしているのは傭兵の一人である。


「……貴様らもこいつの仲間か」


 青い髪の曲刀男がこちらに視線を向けて言う。

 ジュストは質問に答えず、逆に相手に問い質した。


「ブルート地方官の手の者か」

「ああ、そうだ」

「なぜ僕たちの邪魔をする。神器を餌にして、悪事をでっち上げるつもりか」

「さあな、俺は金で雇われただけだ。お偉いさん方の都合なんて興味もないね」

「地方官はすでに神器を手に入れているんだろう。ならば――」

「ジュストさん、問答は無意味ですよ」


 二人の会話にシルクが割って入る。

 彼女はジュストと敵の間で細剣を構えていた。


「身柄を拘束するのが先決です。とりあえず、叩き伏せてしまいましょう」

「えっ、うん……」


 ジュストは曖昧に頷くが、特に反論することなく引き下がった。


「フレスさん。先ほどの治癒輝術、見事でした。今度は私の力を見せて差し上げましょう」

「あっ、はい」


 まあ、無意味に問答を続けるよりは、拘束してから尋問するほうが情報も得やすいだろう。

 シルクが代わりに戦うというなら止める必要もない。


 それにしてもこの堂々とした態度。

 さぞかし腕に自信があるに違いない。


「教会に反旗を翻す悪人よ、名を聞きましょう」

「ベレタだ」

「ではベレタよ。覚悟はいいですか」

「その細腕で俺とやる気か? 面白い、かかって来い」

「懺悔の言葉は牢獄で聞きましょう。我が名はシルク、いざ参ります!」

 

 シルクは大声で宣言すると、その手にした細剣を片手でながら、敵めがけて突進した。


「……は?」


 ジュストが間の抜けた声を出す。

 あの細剣、どう見ても刺突に特化した武器である。

 大上段からの斬激が有効とは思えない。

 しかも、右脇が隙だらけだ。


 何か特殊な技を出すのか、あるいは攻撃を誘っているのか――

 ベレタは警戒しつつ、油断なく曲刀を構え、後ろに飛び下がる。


「食らえっ!」


 シルクの細剣が振り下ろされた。

 ベレタが攻撃をかわしつつ反撃に出る。

 横薙ぎに振った曲刀が、細剣の腹に直撃した。


 シルクの手から剣が弾き飛ばされる。

 そのまま音を立てて洞窟の地面に転がった。


 しばし、無言の刻が場を支配した。

 ベレタは次なる手を警戒してか、距離を取ったまま。

 しかし、シルクは武器を失った自分の手をじっと見つめているだけである。


「…………えっと」

「ねえジュスト、あの人もしかして」


 ジュストは言葉を失っている。

 フレスもその事実に気づいた。

 やがてベレタも理解したようで、怒りに顔を歪めながら、曲刀を肩に担いで彼女に向かって行く。


 間違いない、シルクは……

 武器の扱い方も知らない、戦いの素人だ。


「おい、覚悟はいいか?」

「ま、待ってっ、武器を落としてしまったので、せめて拾いに行かせてくださいっ」

「問答無用だ」


 ベレタが曲刀を腰だめに構え、駆ける。

 攻撃を避けつつ武器を狙った彼の腕前は素人ではない。

 あんな大きな武器を軽々と振り回す腕力も相当なものだ。


 まともに斬られれば、シルクの細い体など容易く上下に分かれてしまうだろう。

 フレスは輝術でサポートしようとしたが、それより早くジュストが動いた。


 走りながら剣を振り、手作りの木鞘を飛ばす。

 ベレタは即座にその横槍に気づいた。


 曲刀が飛来物を薙いだ。

 不格好な木鞘が両断されて木屑になる。

 距離を詰めたジュストが剣を振る。

 ベレタはその攻撃を返す刀で受け止める。

 狭い洞窟内に金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。


「次の相手は僕だ」

「ほう、お前はそこそこやりそうだな」


 あの体制から二撃めを受け止めたベレタの技量もさすがである。

 あれなら四人の傭兵を瞬く間に倒したというのも頷ける。

 けれど、それくらいならジュストにも可能だ。


 問題は敵が肉厚の重厚な武器を持っていることに対して、ジュストの剣は今にも折れそうにボロボロだということだが……


氷矢グラ・ローっ」


 なにも、一対一にこだわる必要はない。

 フレスは氷の矢を撃ち出してジュストの肩越しにベレタを狙った。


 氷の矢は切り結ぶ二人から少し離れた地面に突き刺さる。


 フレスの攻撃輝術は命中率に難がある。

 しかし、横からの攻撃にベレタは一瞬だけ気を取られた。


 ジュストが力任せに曲刀を跳ね上げる。

 空いた敵の胴に横薙ぎの一撃を叩きつける。


「がっ……!」


 革製の鎧を着込んでいるため刃は通らない。

 だが渾身の力を込めた一撃は、男をよろけさせるのに十分だった。


 ジュストは敵の後ろに回り込む。

 首を絞め、そのまま十数秒押さえ込む。

 刺客の男の手からカラリと音を立てて曲刀が地面に落ちた。

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