246 ▽騙されているのはどっちだ?

 軽快な動きで斬撃をかわしつつ反撃を狙うダイ。

 ジュストは連続攻撃の合間にも常に間合いを計るのを忘れない。


「やるなっ!」

「そっちこそ!」


 互角の攻防がしばらく続いた。

 どちらも決定打を打ち込めずにいる。

 別に決着がつくのを待っていてもいいのだが、この後のことを考えるとさっさと終わりにして欲しいとフレスは思った。


 熱中し始めた二人を止められる人物ルーチェはここにはいない。

 ならば自分がなんとかするしかない。


 せっかくなので、ちょっと前に覚えたあの術を使ってみよう。


「いけっ、そこだー!」

「ああ惜しいっ、もう少しだったのにっ!」

「ジュストさーん! 頑張って-!」


 無責任に盛り上がるギャラリーたちを尻目にフレスは精神の統一を始めた。

 この術なら失敗しても怪我をさせることはないし、そこの五人を巻き込んでしまったとしてもあまり良心は痛まない。


 十秒ほどかけて術を完成させると、フレスは拡げた両手を地面に向けた。


縛氷結陣グラ・フリゾーバ


 足下の地面が凍り付く。

 複数の蛇がのたうち回るように氷が地を這い、伸びてゆく。

 その軌道はグネグネと蛇行し、途中でいくつにも分岐する。


 ある筋は壁際へ。

 ある筋は声援を送っているシルクと傭兵たちへ。

 そして一番大きな筋は、ちょうどつばぜり合いをしていたジュストとダイに向かっていった。


「冷てっ!」

「きゃあっ!」


 対象に辿り着くと、そのまま膝下三十センチほどまで這い上がる。

 足を凍らせ、地面と一体化させる。


 ギャラリーたちが先に叫び声を上げ、それに意識をとられたことが、達人二人の反応を遅らせる要因となった。

 ジュストもダイも、足下からの奇襲を避けることはできなかった。


 ダイは前のめりに倒れ、両手を地面に着く。

 ジュストは下手に避けようとしたため、バランスを崩して尻餅をついてしまう。


 当然、地に着いたそれぞれの部分にも氷の蛇は這い上がる。


「おい、なんだこれっ!」

「ちょっ、シャレになってないぞ……!」


 文句を言う二人に、フレスはにこやかに微笑みながら近づいていく。


「さ。じゃれ合いはその辺にして、お互いの事情を説明しましょうね」


 直接的な殺傷力はない。

 しかし相手を拘束することに特化した四階層の輝術である。

 輝攻戦士化もせずに抜け出せるほど甘いものではない。

 フレスは有無を言わさぬ迫力で二人に呼びかけた。


「……ちっ」

「おいっ。こんなことしてタダで済むと思って――」


 ダイは抵抗できないことを悟ってすぐに諦めたようだが、ジュストは愚かにも楯突いてきた。

 フレスはしゃがみ込み、動けないジュストの頬に触れて言った。


「大人しくダイさんと話をするのと、このまま放置されて下半身が使い物にならなくなるの、どっちがいい?」

「わかりました。ごめんなさい」


 最初からそう言えばいいのに。

 せっかく仲間と再会できたんだから。男同士のくだらないバトルごっこでこれ以上待たされるのはゴメンである。




   ※


 術を解除して拘束を解く。

 ジュストとダイは仏頂面でそっぽを向いた。

 どうやら横槍を入れたことで不機嫌にさせてしまったらしい。

 他の五人は何故か壁際で身を寄せ合って固まっている。


「ダイさんはどうしてこんな所にいるんですか?」


 まずは互いの事情を聞かなくては話が進まない。

 邪教とか悪の領主とかはとりあえず置いておく。

 ダイは武器を鞘に収め、渋々ながら話し始めた。


「さっきも言ったけど、宝を盗もうとする邪教の手下からここを守ってるんだよ。ブルートってやつの依頼でな」

「ブルート地方官とはどこで知り合ったの?」

「ここから少し離れたカナールって町だ」


 ダイたちはその町のレストランで、隊商を引き連れたブルート地方官と偶然出会ったらしい。


「なんで地方官が隊商を連れてそんな所に?」

「隣の地方を視察した帰りだったらしいぜ」


 大量の品物を運んでいるので、短い距離とはいえ護衛なしで移動するのは避けたい。

 カナールの町に辿り着くまでは別の護衛がついていたのだが、あいにくと途中で怪我を負って契約を打ち切られてしまったらしい。


「仲間とはぐれたって事情を説明したら、部下に命令して探させてくれるって話でな。その代わりに護衛を引き受けてやったんだよ。ま、オマエらと会えたなら、その必要もなくなったけど」

「それじゃ、ルーチェさんたちは……」

「ルー子とバカ王子なら、そいつの屋敷で別の手伝いをしてるよ」

「よかったぁ」


 フレスは安堵した。

 仲間の無事を確認できた上、問題なく合流できそうなのである。

 これでまた、新代エインシャント神国を目指す旅を続けることができるだろう。


 しかし、いくつか問題は残っている。


「ちょっと気になることがある。僕たちが聞いた話では、ブルート地方官はとんでもない悪辣な為政者だって話なんだけど……」


 ジュストがその点をダイに突っ込んだ。

 神父様の話を聞く限り、ブルート地方官は見ず知らずの旅人を助けるような立派な人物とは思えない。


「そんなに悪いやつじゃないぜ、メシもたらふく食わせてもらったしよ。ま、偉いやつが内心で何を考えてるかなんてわかんねーけど」

「もう一つ。なんで僕たちが邪教に手を貸しているなんて思ったんだ?」

「ブルートがそう言ったんだよ。ルシフとかいう危ない奴らが島に侵入しようとしているって」

堕天派ルシフ!?」


 フレスは耳を疑った。

 それがあまりに受け入れがたい言葉だったからだ。


 教会には大まかに分けて、主神派メイン楽園派ヘブンの二種類の宗派がある。

 だが歴史の陰には、それ以外の異端と呼ばれる宗派が存在する。

 その代表的なものが堕天派ルシフである。


 言われてみれば、あの教会の雰囲気はフレスの知っている楽園派ヘブンとはどこか趣が違っていた。

 あれが本来の宗派を隠すための擬態だとしたら?

 堕天派ルシフの教義など詳しくは知らない。

 が、噂では他宗派への攻撃や、生け贄などの残酷な手段も厭わないという。

 それ故に中央教会から異端扱いされ、五十年以上前に根絶されたはずなのだが……


「もしそれが本当なら、騙されてたのは僕たちってことになるな」

「うん、でも……」


 この時代に堕天派ルシフが残っているなど、にわかに信じられる話ではない。


「今はまだ判断できないよ。もしかしたら地方官様が悪い人で、騙されているのはダイさんたちかもしれないし」


 伝聞で判断するのは危険である。

 なので、フレスたちがすべきことは一つだ。


「町に戻って情報を集めよう。ダイさんも手伝ってくれますか?」

「……ま、恩人を疑いながら仕事するのも嫌だしな。いいぜ、付き合ってやるよ」

「決まりだ、いちど地上に出よう。あなたたちはどうする?」


 ジュストがシルクおよび四人の傭兵たちに話しかける。


「わ、私は信じられません。神父様が邪教徒だなんて……」

「だから、それを調べに行くんだよ」


 ダイが苛立たしげに言うと、シルクは黙り込んでしまった。


「俺たちゃ正直どっちでもいいんだけどな。それが本当の話なら、報酬をもらえるかどうかも怪しいぜ」

「情報を偽る人間の依頼ほど信頼できないものはないからな」


 邪教の信徒なら、人を金で釣った上で裏切るくらいは平気でやりそうだ。

 傭兵たちにとっては仕事自体が無駄になる可能性もある、死活問題である。


「けど、あんたらに同行するのもゴメンだぜ。そっちのガキには痛い目に遭わされたからな」

「別にザコの手助けなんかいらねーよ」


 不満を表す傭兵に、露骨な挑発を返すダイ。

 ジュストが両者をなだめ、ひとまず落ち着いたところで、彼らとは別れて行動することに決まった。


 黒髪の少年を再び仲間に加え、フレスたち三人はトラントの町へと戻る。

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