232 ▽狙われた村

 上の村に着いた時には、すでに夕日が長い影を作っていた。


 村に入るなり、すぐに違和感に気づく。

 このご時世、小さな村の入り口には必ず見張りが立つはずだ。


 武装した兵士がいれば上等。

 最低でも素早く異変を知らせるため、体力のある若者の一人は待機しているはず。

 なのに、それがない。


 よほど人手が不足しているのか。

 もしくはたまたま交代の時間なのか。

 不審に思いつつも、ラインは村の中に入った。


「すみません、誰かいませんかー」


 さらに異常なことに、村内には人影がまるでなかった。

 そろそろ農作業に出ている男たちも家に帰る時間だろう。

 子どもの遊ぶ声も聞こえない


「皆殺しにされたのかな」


 カーディナルがさらりと怖いことを言う。


「いえ、人の気配はします……おそらく家の中に閉じこもっているのでしょう」


 輝攻戦士化することで鋭くなった知覚を周囲に伸ばす。

 間違いなく村内には多くの人が残っている。


 下の村と比べてもさらに規模の小さな村だ。

 おそらくは二十人も住んでいないだろうが……

 夜中でもないのに建物の中に籠っているのはどう考えてもおかしい。


「誰かいませんかー!」


 思い切って大声で呼びかけてみる。

 すると、近くのドアが遠慮がちに開いた。

 恐る恐る様子を探るように、隙間から老婆が顔を出す。


「……誰だ?」

「下の村の遣いです。先日出した手紙の返事が来ないので確認しにいってくれと、村長さんに頼まれてやってきました」

「白豹団の関係者ではないのだな」

「白豹団?」


 知らない名前である。

 嘘をついているわけではないと信じてもらえたのか、老婆はドアを開いて家の中に導いてくれた。


「入れ。よそ者ならあまり騒がれても困る」




   ※


 老婆はこの村の長老だった。

 ラインは客間に通されたが、食事などは一切振舞われない。

 歓迎されていないのかと思ったが、どうやら食糧がかなり不足しているらしい。


「わしらも自分らが食うだけで精いっぱいなのでな」


 不思議なことである。

 少なくとも下の村は貧困にあえいでいる様子はなかった。

 ならば重税をかけられているわけでも、凶作に見舞われたわけでもないだろう。


「何かあったのですか?」

「白豹団の連中に食糧庫の中身を根こそぎ奪われた。オマケに監視されていて、村から出て助けを呼ぶこともできん」


 またその名前である。

 どうやら村の異常事態はそいつらのせいらしいが……


「その、白豹団とは一体何者なのでしょうか?」

「最近この辺りに現れるようになった盗賊団の名前じゃよ」


 荒んだ時代に盗賊団が増えるのは珍しいことではなかった。

 とはいえ、決して楽観してよい現象ではない。

 なにせ人間相手には結界が通じないのだ。

 十分な戦力を持たない辺境の村にとって、ある意味エヴィル以上の脅威となり得るのが盗賊なのである。


「白豹団の目的は?」


 まさか危険を冒して村を襲い、食糧を奪うだけということはないだろう。

 村に兵士がいない、もしくはすでにやられてしまったとしても、時が経てば必ず異変を聞きつけた輝士が町からやってくる。


 普通はある程度の金品を奪ってすぐに次の標的を探すはずだ。

 村一つを封鎖し続けるなど、よほどの事情があるに違いない。


「やつらは子どもを要求しているんじゃ」

「子ども?」

「村には幼子が三人おるが、それを差し出せと言っている。さもなくば食料と畑を焼くぞと脅されてな」


 ますます妙な話である。

 子どもをさらって食料や金を要求するのならばまだわかる。

 まず食料を奪い、村を封鎖してから子どもを差し出せとは、あまりにも意味不明である。


 子どもを要求するという行動自体も理由がわからない。

 良からぬことを行うためだとしても、あまりに大がかり過ぎる。


「村の子どもたちは今、どこにいますか?」

「家族と一緒に自分の家に居るよ。白豹団のやつら、最初は強引にさらおうとしたんじゃが、我らが抵抗すると村を封鎖する方針に変えおったんじゃ」

「争った時、村人に犠牲者は?」

「今のところはおらん。大人が二人ほど軽い傷を受けた程度じゃ」

「なるほど……」


 話を聞く限りでは、白豹団はできるだけ村人を傷つけたくないか……

 もしくは傷つけられない理由があるらしい。

 食糧庫を抑えながら、他に金目のものを何も奪っていないことからも、そう推測できる。

 どちらにせよ、盗賊団の規模はそこまで大きくなさそうだ。


「わかりました」


 ラインは立ち上がった。

 事情はまだよくわからない。

 きっとこれ以上長老に聞いても話は見えてこないだろう。


 ならば、本人たちに直接聞いてみるのが一番良い。


「最後に質問です。白豹団の本拠地はどこですか?」




   ※


 そこは浅い洞窟の中だった。

 火をともした薪を中央に据え、十人ほどの男が焼けた肉を貪りながら下品に笑っている。


「うめえうめえっ」

「ひひっ、これだけでも大収穫だな」

「ちょろいもんだな、盗賊なんて」


 食っているのは上の村から奪った家畜を焼いた肉である。

 食糧庫の中身は穀物ばかりだったが、盗賊たちにとっては十分な蓄えがあった。

 残念ながらすべてをアジトに持ち運ぶわけにはいかないため、この洞窟に運びこんだ。

 ここなら万が一村人たちが怪しい動きを見せたとしても、見張りの報告を受けてすぐに対応できる。


「後は早いところガキを差し出させれば仕事は完了だ。明日あたりまた脅しに行くか」

「それだけどよ……せっかく食い物もこれだけ手に入ったんだし、わざわざガキを攫う必要なんてないんじゃねえか? マジで殺し合いなんかになったら嫌だぜ、俺ぁ」

「っても前金はもらっちまったしなあ」


 白豹団などと名乗ってはいるが、実はこれが盗賊団を結成して初めての仕事である。

 ほとんどが貧民街出身者や、元冒険者のあぶれもので構成され、平均年齢は四十歳前後。

 世の中に不満を持ちながらも、積極的に悪行を行えなかった、中途半端な悪者たちである。


 そのため、「無駄な殺生はしない」などと中途半端な理想を掲げており、依頼された子どもを攫うという目的は未だに達成していない。

 それどころか、食糧を奪えただけで彼らは半ば満足してしまっていた。


「慌てなくても、村のやつらだってすぐに音を上げるさあ。食い物がなきゃいつまでも持つはずがねえ」


 残存エヴィルの出没回数が増えた今、街道から大きく外れた村に訪れる人間なんてそうはいない。

 いるとすれば税の徴収官や交易商人くらいだが、見かけたら一緒に押し込めてしまえばいいだけだ。

 その場合、外部の人間が異変に気づく前に強攻策を使うことになるが……


「万が一、やり合うことになったら頼むぜ。アッシュ」

「ああ」


 白豹団一の使い手である剣士が酒を喉に流しながら頷いた。

 元々が知り合いばかりで構成されている中、彼は数少ない部外者であった。


 アッシュは数日前、立ち寄った町の酒場で偶然にも白豹団の結成に立ち会った。

 今の生活に疲れ切っていた彼は、つい衝動的に盛り上がっていた盗賊たちに声をかけ、そのまま自分も加入してしまったのだった。


 後悔はしていない。

 だが現在の自分と、理想との落差を思えば、決して明るい気分ではいられない。


 この仕事が終わったら団を抜け、また一人で旅でもしてみようか。

 魔動乱の頃、一緒に冒険者をやっていた友人たちは何をやっているのだろう?

 こんな俺の姿を見たら、あいつらはきっと幻滅するだろうな。


 ……などと考えながら、アッシュが人知れず自虐的な笑みを浮かべた時、


「てっ、敵襲だっ!」


 洞窟入口に立つの見張りが大声を上げた。

 アッシュは素早く剣を取って立ち上がり、外へ向かう。

 酒のためにやや足元がおぼつかないが、戦えないことはない。


 やや遅れて他の盗賊たちも彼に続いた。

 夜闇の中に飛び出た瞬間、アッシュは何かに頬を強く打たれた。

 何が起こったのかもわからないまま、元冒険者の剣士の意識は闇に沈んだ。




   ※


 ラインは鞭を振い、洞窟の中から出てくる盗賊たちを次々と打ち倒していった。


 まるで話にならない。

 統率も取れていなければ、サポート役もいない。

 それぞれが剣を手に突っ込んできては、勝手に自滅するという酷い有様だった。


 上の村の長老に話を聞いた時にもしやと思ったが、やはり彼らは素人集団だ。

 恐らくは子どもの誘拐も誰かの依頼によるものだろう。


 町にたむろしていたゴロツキを適当に雇ったのか……

 ともかく、白豹団と名乗る盗賊団など、ラインの敵ではなかった。

 輝攻戦士になる必要すらなく、単純な鞭さばきだけで、あっという間に残りは一人だけになった。


「ひ、ひえっ」

「あとは貴方だけです。死にたくなければ大人しくしなさい」


 武器を落として震えている最後の一人。

 ラインは彼を脅しながら距離を詰めていく。

 わざと気絶させずに残したのは、もちろん事情を聴くためだ。


「見たところ本職ではなさそうですが、村を襲った理由を聞かせてもらえませんか?」

「い、言う! 言うから俺だけは殺さないでくれっ!」


 当然だが、ラインは誰ひとりとして殺してはいない。

 勝手に勘違いして喋ってくれるなら、誤解を解くのは後でもいいだろう。


「俺たちゃタダの貧民だよ! 二週間前に麓の町の酒場で変なオヤジに声を掛けられただけなんだ! 金をやるからガキを攫って来て欲しいって!」


 やはり誰かの依頼で集められたゴロツキか。

 大方の予想通りだが、その目的は彼ら自身も知らないらしい。


「その人物と連絡は取れますか?」

「え、えっと、仕事が終わったら、下の町の酒場で待ってると……」


 それだけ聞ければ十分だった。

 ラインは抜き打ちの鞭で男を気絶させた。

 倒れた盗賊たちを輝術で念入りに眠らせ、きつくロープで縛り上げる。


 後は、麓の町に報告すれば盗賊騒ぎは一件落着だ。

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