233 ▽雇われ盗賊団の黒幕
「ねえ」
カーディナルの声がラインの口から洩れる。
「なんですか?」
ラインが同じ口から違う声で聞き返す。
「まさかと思うけど、まだ関わり続けるつもり? あたりまえじゃないですか、盗賊を利用して子どもを誘拐しようとする悪人なんて放ってはおけませんよ」
ひとつの口から続けて発せられた別の声同士が会話をする。
ラインは現在、麓にある街道沿いの町にやって来ていた。
昨日、ドレスを中腹の村に届ける依頼を受けた町である。
現在向かっているのは町の外れにある酒場。
わりと大きめの酒場で、盗賊によればそこで彼らに依頼をした人物が待っていると言う。
盗賊団を壊滅させた後、ラインは上の村に戻って村長に事情を説明した。
村の大人を引き連れて再度盗賊団のアジトに向かい、壊滅を確認。
すると家から出てきた村人たちから夜中にもかかわらず盛大な歓迎を受けてしまった。
食糧は一部奪われ、家畜も殺されてしまったが、それでも村に平和が戻ったことに喜びを隠せない様子だった。
子どもたちの元気な姿を確認したことで満足し、村を去ろうとしたラインだったが、お礼をさせて欲しいと強く引き留める村人たちの声には逆らえなかった。
その日は結局、ありがたくもてなしを受けて村長の家に泊まった。
日の出前に起床し、こっそりと村を出発。
山を下りて町に到着すると、まずは衛兵詰め所に行って盗賊団の後始末を依頼した。
その足で現在、盗賊団の黒幕が待ち構えている酒場に向かっているのである。
「無駄足に関してはもう文句言わないけど、こんな風に何にでも首を突っ込んでると、そのうち痛い目に合うよ。ご忠告ありがとうございます。多少の荒事なら大丈夫ですから」
大人しく優しい性格のため頼りなく見られがちだが、これでも当時は歴代最年少で
最年少記録こそあっさり更新されたものの、同世代で彼に並ぶ者は世界に五人といない。
そもそも輝攻戦士というだけで、並の人間やエヴィルなら問題ともしないほどの戦闘力を持っている。
そのため、ラインは多少楽観に過ぎるところがあった。
自分の力が及ばないような事件はそう起こりうるものではないと信じ込んでいる。
カーディナルに寄生され、どうにもならなくなったという件があるにも関わらず……
「ところで、やけに体が疲れてるんですが、心当たりありませんか? さあ、知らない」
カーディナルはとぼけているが、ほぼ間違いなく勝手な行動をしているはずである。
昼間はまだ意識を保てるが、夜になればカーディナルは完全にラインの体を乗っ取れる。
意識は封じ込められ、その間に起こったことは関知できない。
その際、カーディナルは本来の姿を擬似的に形成する。
往年には及ばないが、ケイオスとしての力を発揮することができるのだ。
明け方の時点で村に異変はなかった。
意識のない間に勝手なことをされるのは困るが、人間を襲ってはいないと信じたい。
※
酒場はまだ開店時間になっていないが、遠慮なく扉を開けて中に入る。
カウンターに人はいない。
店の奥のテーブル席に、ぽつんと座っている初老の男が目についた。
「失礼ですが、白豹団という名前をご存じですか?」
その男は朝っぱらから酒をあおっていた。
見下ろすように隣に立ち、ラインは単刀直入に質問する。
「……やつらの関係者か?」
「ええ。昨晩、彼らを壊滅させたシュタールの輝士です」
男の厳しい視線がラインを射抜く。
それを平然と受け止めて言葉を続ける。
「子どもの誘拐を依頼したと聞きました。そんなことをした事情を説明してもらえないでしょうか。場合によっては衛兵を呼ぶことになります」
男は酒の入ったグラスを置き、大きな溜息を吐いた。
観念したのか、椅子の背もたれに体重を預け、つまらなそうに言葉を吐いた。
「まさか大国が介入してくるとはな。すまんが、ワシの命で責任は取るから、深く追求はしないでくれんか。誘拐は未遂に終わったんじゃろ」
「そうはいきません、あなたの罪は法に照らして償ってもらいます。喋りたくないというのなら後は衛兵に任せますが、その場合は過酷な尋問がセットになることをお忘れなく」
「ふむ……」
老人は顎に手を当てて、何事か考え始めた。
一見するとただの酔っ払いに見えるが、隙あれば逃げ出すか、奇襲でもしてきそうな雰囲気がある。
その倉庫に、忙しなげに視線を動かして周りの状況を確認しているた。
ラインが隙を見せないので、結局は何の行動も起こさなかったが。
「ならば正直に答えよう。ワシはツェッテル国の密偵だ」
やはりバックが居たが、思ったよりも大きな相手だったことに内心驚く。
ツェッテルはこの街からみて、すぐ東の国境を越えた先にある小国の名前である。
「なぜ隣国の、それも小さな村の子どもを攫わせるようなマネを?」
「答えてもいいが、この計画はワシの独断であるということを断っておきたい」
密偵が個人の判断で隣国に入り込んで工作を行うわけがない。
間違いなく上層部の命令を受けているだろうが、それをこの場で追及するのは無意味だろう。
「わかりました。そういうことにしておきますから、理由を聞かせてください」
密偵の男性はあいまいな返事をするラインを無言で睨みつけたが、やがて訥々と喋りはじめた。
「……ツェッテル王都の近くに、クノップ山という急峻な山がある。そこに二か月前からとんでもないバケモノが住みつきおったんじゃ」
「バケモノ?」
「ドラゴンじゃ」
その単語を聞いてラインは息を飲んだ。
ドラゴンと言えば、トカゲのような姿をした巨大なエヴィルである。
恐ろしいまでの力と、凶悪な爪と牙を持ち、五階層の輝術にも匹敵する強力なブレスを吐く。
もちろん個体差はあるが、種族単位ではエヴィル最強種と言われている。
「神の使い。悪魔の権化。悠久の時を生きる神獣。大昔から様々な言葉で物語に語られる生き物じゃ。あんなものに襲われたら、我が国などひとたまりもない。大国に援軍を要請する暇すらないじゃろう」
「心労はお察ししますが、それと子どもたちを攫おうとしたのと、一体どういう関係が?」
「幼子を生贄に捧げればドラゴンは住み家を変える。そういう伝説が昔からあるんだよ」
ラインの質問に答えたのは幼い少女の声だった。
カーディナルがいつの間にかラインの体を離れ、少女の姿で具現化していた。
「その通りじゃ。ドラゴンを追い出すには、遠い地から連れてきた生贄を捧げるしかない」
「そんなバカなことって……!」
「バカなこと? クノップ山は王都から数キロと離れておらん。ドラゴンが王都の上空を旋回するところも何度も目撃されておる。今はまだ無事でも、いつドラゴンの襲撃を受けてもおかしくない。そうなったら何百人という民が虐殺されるんじゃぞ!」
「でも……!」
ドラゴンは他のエヴィルと比べ、積極的な破壊活動は行わないと言われている。
だが、人間を襲わないわけではない。
どちらかと言えば気まぐれな種族というだけである。
空を飛べるドラゴンが町中に降り立ったら、際限のない破壊をもたらすことは想像に難くない。
「おまえの言い分はわかった。けど、それは無意味だよ」
ラインよりも遙かに冷静に、カーディナルがはっきりと断じる。
「無意味、とは?」
「その生贄の伝説は眉唾だってこと」
倫理観ではなく、事実を持って男の非道な行為の過ちを告げる。
「強大な力を持っていても、あれは獣並の知能しか持たない中位エヴィルだ。神獣なんかじゃない。他の種族と比べるとやや腰が重くて拠点を作るという習性はあるけど、おまえが言うように生け贄を捧げられて住処を移すなんてことはないんだよ」
「……そうか」
男は深々と頷いた。
今のカーディナルの姿はただの子どもである。
その言葉を素直に信じるのは難しいのではないかとラインは思ったが、
「シュタールの輝士に言われては仕方ない。ワシが考えた対処方は無駄だったということか」
あっさりと過ちを認めた。
きっと、彼も本心ではこのような作戦を嫌がっていたのだろう。
自国のためとはいえ、見知らぬ子どもを犠牲に捧げるなど許されることではない。
まして、一歩間違えれば戦争になってもおかしくない案件である。
逆に言えば、そこまでツェッテル国は追い詰められているのだ。
知性すら持たない一匹の獣によって。
「……わかりました」
ラインは決意し、そして頷いた。
カーディナルがジト目で見上げてくる。
きっとラインが次に言う言葉を想像したのだろう。
そして、おそらく彼女の予想通りのセリフをラインは口にした。
「ドラゴンの件、ボクに任せていただけませんか」
「任せる、とは?」
「ボクがこの手で追い払って……いや、退治してみせましょう」
男は信じられないものを見るように目を見開いた。
「正気の発言とは思えませんな。いくら大国の輝士とはいえ、ドラゴンは並のエヴィルとは違います。助力を申し出てくれるのはありがたいが、我が国のために命を捨てる覚悟がお有りなのか?」
もちろん、無駄に死ぬ気はない。
ラインは答えるかわりに隠していた身分を告げる。
「ボクは
「なんと! あの選ばれし星輝士……ということは、輝攻戦士なのですか」
「はい。地域の平和を守り、邪悪の芽を摘むのがボクら星輝士の役目です。どうかご安心ください」
「これはまさしく神のお導き。おお、主神ワイドフルよ! よくぞワシをこの方の元へ導いてくださった!」
どちらかといえばラインの方から訪れたのだが、敬虔なラパス信徒であるらしい彼に、細かいことを突っ込んでも意味がないだろう。
神に捧げる感謝の言葉が一区切りしたところで、ラインはさらに詳しい事情を男から聞くことにした。
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