231 ▽お人好しな末席の実力
「本当にありがとうございます。おかげさまで、無事に結婚式を執り行うことができますわ。ぜひお礼の品をお渡ししたいので、あとでうちに寄って下さい」
「いえいえ、お気持ちだけもらっておきますよ。ご結婚おめでとうございます」
「……もらっておけばいいのに」
二日後に結婚式を迎えるという村娘。
ラインと彼女の会話に、カーディナルがボソリと口を挟んだ。
村娘の耳には届かなかったようだが、ラインは明らかに聞こえていたのに無視した。
現在、カーディナルはラインの体から分離している。
自らの輝力で肉体を構築しているのだが、完璧な状態ではない。
そのため、外見上も五〜六歳ほどの子供の姿になってしまっている。
「でしたら、せめて式に出席して下さってください」
「急ぎの用があるんです。うぐっ。お二人の幸せを祈っていますよ」
脛に幼少カーディナルの蹴りを脛に食らいつつ、ラインは笑顔を保ったままその場を立ち去った。
「くれるものはもらっておけばいいのに。邪魔なら捨てればいいんだし」
村娘の姿が見えなくなると、カーディナルは先ほどと同じ言葉を、今度はハッキリとラインに聞こえるように繰り返した。
付け加えられた言葉は酷かったが。
「あ、蹴ったのはおまえが容れ物の分際で、わたしの言葉を無視したからだからね」
「べつになんでもいいですよ……だって、悪いじゃないですか。たいしたことはしていないのに、お礼なんて」
急ぎの旅の途中、ルートを変えてまで街道から外れたこの村まで寄ったのである。
なので、報酬をもらうに値する行動は十分にしている。
ラインにその自覚はないようだったが。
「仮にいただくとしても、もらったものを不要だから捨てるとかできませんよ」
「意味不明なんだけど。もらったものをどうしようが勝手じゃない」
「ありえません。贈り物をした人の気持ちとか、そういうのがあるでしょう」
「さっきは気持ちをもらうって言ったのに」
「揚げ足を取らないでください」
言い合いをしながら、ラインと幼い姿のカーディナルは村の中を歩いていた。
顔つきも髪の色も異なるが、わがままな妹の面倒を見る気の弱い兄という構図にも見える。
ちなみに、半端な具現化状態(通称・幼少モード)のカーディナルに戦闘能力はほとんどない。
この隙に逃げようとしたこともあったが、カーディナルはラインの輝力の波長を覚えているらしく、逃げてもあっという間に追いつかれてしまう。
ラインは村の中央にある広場に目を向けた。
そこでは結婚式場らしき舞台の設営を行っている。
村人の女子供が、総出で飾り付けをしているようだ。
村中がお祭り騒ぎのように活気づいていた。
辺境の小さな村では、若者の結婚が大きなイベントなのだろう。
その主役が晴れ舞台を飾るための一助になれてよかったと、ラインは満足した気分になった。
「さて、それじゃ改めてトラントへ向かいましょうか」
「ちょっと待って。今から行く気なの?」
「寄り道した分、急がなきゃ先廻りできませんし。このまま夜通し歩こうと思います。カーディナルさんも夜の方が元気いいんだから、構わないでしょう?」
「そうだけど」
他人には気を使うが、自分のこととなると急に無頓着になる男である。
文句は出たものの、カーディナルの反論はなかった。
ラインが村を出ようとした、その時。
「すみません、旅の方」
「はい?」
真っ白なあごひげを湛えた老人がラインを呼び止めた。
「新婦の父親でございます。今回は本当になんと感謝をしたら良いか……」
「いえいえ、ついでのようなものですから」
「ところでこの時勢に幼子を連れての旅とは、何かしらの事情がおありでしょうか?」
「まあ……できればどこかに預けたいのですが……やむにやまれず……」
厳密には事実とは違うが、似たようなものだ。
カーディナルの勝手な提案とはいえ、皇帝陛下から正式に新代エインシャント神国へと向かう命令を賜ってしまったラインである。
なので旅をすること自体はもう諦めた。
でも、可能なら早いところカーディナルと離れたい。
最強のケイオスといつまでも一心同体とか勘弁して欲しいものである。
「ほほう。少女を守りながら旅するだけの、確かな実力がおありだと見える」
「もちろん、多少の武芸の心得はあります」
カーディナルが顔をしかめた。
老人が次に口にする言葉と、ラインがそれになんて答えるかわかってしまったから。
「そのお力を見込んで御頼みしたいことがございます。この山のもっと奥地に別の村があるのですが、あなたにはそこに行って欲しいのです」
「いいですよ」
「おいっ」
予想以上の即答だったため、反射的に蹴りが出た。
突然の要求を内容すら聞かずに了承するとは何事だ。
「ぐがっ」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも……一応、詳しい理由を聞かせてもらえますか?」
足の痛みに耐えながらも平静を装うライン。
老人は首をかしげていたが、ラインに先を促され言葉を続けた。
※
老人の話はこうだった。
山奥には、ここより規模の小さな村落がある。
娘の結婚式なので、その村の知人にも手紙を寄こしたのだが、一か月経っても返事がない。
それどころか、手紙を届ける役目を引き受けてくれた男もここに戻って来ないのだ。
その男は麓の町の兵士であると言う。
急ぎの用事があって、村へ戻らず町へ直行したということも考えられなくはない。
が、それを確かめる術はない。
町へ行って兵士を尋ねるよりは、直接上の村に行って安否を確認した方が速い。
しかし今は結婚式の準備で忙しく、わざわざ人員を割く余裕もない。
そういうわけで、上の村へ行ける人物を探していたのである。
またもお使いである。
しかもさらなる遠回りだ。
強烈に時間を浪費することになる。
だがラインに断るという選択肢はないようだ。
困っている人がいれば可能な限り助けるというのは、彼の信条なのだ。
もちろん時と場合と損得は考えるが、自分に多少の手間が掛かる程度のリスクなら全く厭わない。
というわけで、ラインはさらに山の奥深くへと向かう山道を歩いていた。
カーディナルは具現化をやめてラインの中に戻っている。
日は傾いているが、まだ本来の力を出せる時間には早い。
さすがに急いだ方が良いので、ラインは輝攻戦士化して移動していた。
低空飛行とダッシュを繰り返すその移動速度は早馬をも超える。
狭い山道で人が出せる最大速度だろう。
日が暮れる前に上の村に着きたいというのもあるが、凶暴化した獣やエヴィルに出くわす可能性もある。
余計な戦闘になって体力を消費するよりは、一気に駆け抜けてしまう方が良いという判断だった。
どちらにせよ、この時間では到着後に上の村に一泊するのは確実であるが。
走るライン。
前方に動く影が見えた。
エヴィルか、野生の獣か。
動きを落とさず一瞬で判断する。
現れたのは『ピテコス』という猿のようなエヴィルである。
これが野生の獣ならば、人に危害を加える可能性があるとは言え、無理に戦う必要はない。
対してエヴィルは『生物ではない何か』であり、発見したからには放置しておく理由は何もない。
ラインは腰に装着してある鞭を取った。
武器の先端まで輝力を込め、腕を振る。
鞭の先端がピテコスの顔面を強打。
さらに首に巻き付いて、そのまま近くの木へと放り投げた。
魔猿のエヴィルはあっさりと赤いエヴィルストーンに姿を変えた。
ラインそれを鞭ではじき、走りながら片手でキャッチした。
この間、彼は一度も足を止めていない。
温和な性格ゆえに軽んじられることが多いが、
「手加減なしだね。エヴィルが相手なんです、当然でしょう」
カーディナルの茶化しに、同じ口を使って反論する。
若干であるが、攻撃に力を注いだために速度が落ちた。
全力で飛び続けるよりも、周囲に気を払うため、駆け足で行くことにした。
「でもそれって差別だよね、この世界の獣なら命までは取らなかったでしょ? だって、エヴィルは人類の敵ですよ」
そうするのが当然であり、またラインはそう教わってきた。
事実、歴史を紐解いてもエヴィルが人間に友好的だったという話は聞かない。
ラインにとってはエヴィルを『殺した』という感覚もなく、災害を一つ取り除いただけだ。
エヴィルの生態は実のところよくわかっていない。
生きているうちは常に人間に害意を持っていて手に負えず、死んでも体が残らないから、研究のしようがないのだ。
一口にエヴィルと言っても種族は様々である。
動植物型から不定形、亜人、妖魔型と、無数の種別が存在する。
共通しているのは、すべてが人間に敵意を持っているということ。
そして、死ねば消滅してエヴィルストーンという宝石に変化するということだ。
人間やこの世界の生物とは違い、致命傷を負わずとも、ダメージの蓄積で死に至ることもある。
そもそもが生物と呼べるのかどうかもわからないのだ。
唯一、調べる術があるとすれば知能を持つ上位エヴィル――ケイオスから話を聞くことだが、それもまた人間に対しては害意しか持っていないため、会話が成功したという例はない。
ここにいる、唯一の例外を除いては。
「あいつも渇いて仕方なかっただけなんだろうさ」
ラインの体と同化しているカーディナル。
彼女もケイオスだが、積極的に人を殺すことはない。
カーディナルは以前、衝撃の事実を語った。
エヴィルは人間を殺してもその肉を食らうわけではない。
なので、人間の目には無意味に人を襲っているようにしか見えなかったのだが…………
すべてのエヴィルは異世界にいる彼らの王よって、抗えない『渇き』を感じさせられているという。
エヴィルは渇きを癒やすために人間を殺し、その体から漏れ出る僅かな輝力を吸収しているのだそうだ。
カーディナル自身も、以前は渇きを癒やすため人間から輝力を奪っていた。
帝都アイゼンでは次々と人を襲い、街を恐怖のどん底に突き落とす事件を起こした。
現在は天然輝術師という安定した食料源を見つけたため一般人を襲うことはなくなったが。
彼女は渇きの元を絶つため、エヴィルの王を倒そうとしている。
しかし彼女が人間の味方になったかと言えば、必ずしもそうではない。
何らかの理由で安定した輝力を得られなくなればまた人を襲い始めるだろう。
彼女に寄生されているラインも、ある意味で被害者の一人と言えなくもない。
人類にとって、エヴィルはやはり底知れない存在なのだ。
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