211 さよなら、帝都
パーティーが終わり、王宮の客室を借りてゆっくりと休んだ翌日。
私たちは昼ごろに街外れで集合した。
「うわあ、すっごい!」
皇帝様が用意してくださった輝動馬車はものすごく立派なものだった。
車を引くのは、最新技術の粋を集めた、輝士団でもなかなか使われないパワー溢れる大型輝動二輪。
正式名称は『キーファヴィント』と言うらしい。
通称、KV1400。
馬車本体の方もフレームが輝鋼精錬された、鋼鉄製の大型サイズ。
一〇人くらい乗っても余裕があるほど広々としている。
その割に見た目に反してずっと軽いらしく、溝にはまっても輝攻戦士なら軽々持ち上げられるそう。
もちろん、強度もばっちりだ。
こんな素敵な馬車をもらえて、これからの旅はかなり快適になりそうだ。
ダイはさっさと馬車の中に入って我が物顔で寝転び、向こうではラインさんがビッツさんにシュタール式輝動二輪の扱い方をレクチャーしている。
あとはジュストくんが到着し次第、帝都アイゼンを出る予定。
昨日のパーティにジュストくんは出席していなかった。
彼はカーディと戦ってからずっとザトゥルさんを看病しるいたらしい。
ただでさえボロボロなのに加え、輝力の質を変化させてしまった後遺症がものすごく、ザトゥルさんは改めて入院することになったんだって。
ドレス姿を見てもらえなかったのは残念だったけど、そういう事情じゃ仕方ないかな。
ジュストくんは一度集合場所に顔を出した後、ザトゥルさんに出発のあいさつ言いに行った。
いやな人と思ったときもあったけど、あのヒトも国を救おうと精一杯だったんだよね。
名誉とか誇りとかはよく理解できないけど、ジュストくんの尊敬する人なら、もっとゆっくり話してみればよかったかも。
早く元気になると良いね。
「おいピンク頭、出発前に言っておくことがあるんだけど」
馬車から顔を出したのは、超絶かわいい幼少モードのカーディ。
流石に真っ黒な服は目立つので、白のワンピースに着替えていて超かわいい。
昨晩は百回くらい抱きしめてその倍くらい顔パンチを食らったけどかわいい。
さすがに旅中かわいがるわけにはいかないので、今朝からは自重しているけど、
「かわいいものはかわいい!」
「こらっ! わけのわからないこと言いながら抱きついてくるんじゃない!」
カーディの小さな拳が私のみぞおちにヒットする。
私は中腰になってお腹を押さえた。
「そ、そういえば、聞きたいことがあるんだけど……」
「答えてあげるから体をまさぐるのはやめろヘンタイ」
「プリマヴェーラがどんな人だったのか、もっと詳しく聞かせてほしいの」
カーディが嫌らしく(でもとってもかわいく!)口元を歪める。
「イヤだね、昔語りは得意じゃないんだ」
「けち」
「けちで結構。わたしは悪いケイオスだから」
「でも、これからは仲間でしょ?」
「言っておくけど、おまえはあくまでわたしの食料代わりなんだからね。馴れ合う気はないから、必要以上になれなれしくするのは……って、なにをやってる」
彼女の長い髪を左右で束ねる私。
「私の友だちなんだけど、超美少女で、こういう髪形の子がいるのね」
「だからなに」
「かわいいからカーディにもしてあげるね」
やっぱり長いブロンドにはツインテールが最強!
左右で束ねたカーディは反則的なまでにかわいかった。
「やーん、やーん」
「奇声を上げるな! 馴れ合う気も友だちになる気もないって言っただろ!」
「友だちってね、なろうと思ってなるものじゃなくて、気がついたらなってるものなんだよ」
「なにをいいことを言ったような気になってる……」
私はともかく、カーディと他の仲間たちとの溝は、そう簡単に埋められるとは思わない。
彼女はこれまでずっと一人でいたんだから。
仲間たちの中で孤立させたくないし、彼女にも楽しい思いをしてもらいたいと思う。
だから、このコミュニケーションにも、私の趣味以外の意味があるんだよ。
一%くらいね。
最初はちょっと時間がかかるだろうけど、ジュストくんもビッツさんもいい人だし。
きっとその内、カーディを受け入れてくれるようになるよ。
私はそれまで、ちょっとくらい顔パンチされてもいいから。
その代わりほっぺたをぷにぷにさせてくれればな!
私に髪を弄らせるのを断固阻止しようとするカーディ。
しばし丁々発止のやりとりを繰り広げていると、ジュストくんがやってきた。
さすがに今回は地図を渡してあった上、「わかんなくなったらすぐ人に聞きなさい」と言ってあったから、迷わずたどり着けたようだ。
「さあ、行こう。新代エインシャント神国はまだまだ遠いからね」
彼の声にカーディを除く全員が頷き、私たちは馬車に入った。
中ではすでにダイがぐーすか眠っている。
ビッツさんは初めて乗るはずの輝動二輪に胸を高鳴らせている様子だった。
ラインさんはいつでも対処できるよう、馬車の一番前で見守っている。
「見てください、こんなに食糧をもらっちゃいました」
箱いっぱいのフルーツやら干し肉やらを、楽しそうに車内に積み込んでいるフレスさん。
てっきりこの街に残って看護士さんを続けるかと思っていたけど、意外にも彼女は私たちとの旅を続けると言ってくれた。
「よかったの? せっかくの逆ハーレムだったのに」
以前にからかわれた仕返しに、ちょっと意地悪を言ってみる。
「なに言ってるんですか。男はどこにでもいますけど、私のともだちはルーチェさんだけなんですよ」
そう言ってにっこりと微笑むフレスさん。
そんな風に言われたらちょっと照れちゃう。
やっぱり女の子の友だちが一緒なのは私も嬉しい。
「ジュストくん」
私は反対側で荷物を整理しているジュストくんに声をかけた。
「これからも、がんばろうね」
特に意味はないけど、言ってみた。
先はまだまだ長い。
新メンバーも加わり、ますます大変な旅になると思う。
けれど、何があっても、私はあなたと一緒だからね。
はっきりと言葉にはできないけど、そんなキモチを込めて。
「うん。一緒に頑張ろう」
そう言って笑顔を返してくれる彼がいる。
それだけで私は頑張れる。
そして、私たちを乗せた馬車はアイゼンを出発にしようとして。
「あ」
私はあることに気がついた。
隣に座っているジュストくんが私の方を向く。
「どうしたの?」
「輝鋼石の洗礼を受けさせてもらうの忘れてた」
「あ」
彼も気づいたみたい。
吸血鬼を退治したお礼として、ジュストくんを正式な輝攻戦士にしてもらう約束をしてたのに。
「どうしよう。今から戻ってやってもらう?」
「
カーディが意味がわからないと言いたげに聞いてきた。
抱きつきたい衝動を抑えつつ、ジュストくんが私に負担をかけたくないと思っていることを教えた。
「なんだ、そんなつまんない理由か」
「つまらなくなんかない。僕はルーの命を縮めたくないんだ」
カーディに対するジュストくんの口調は厳しい。
やっぱりすぐに打ち解けるのは難しそうだ。
ちなみに、同じようにエヴィルに対して思うところのあるフレスさんは、さっきから馬車の隅で本を読んでいるフリをしながら、チラチラとカーディの方を見ている。
怖いのかな。
そのうち、彼女にも慣れてもらいたい。
ところで本の向きが逆さまですよ。
「んー」
カーディは気にした様子もなく、目を細めて口元をにやけさせた。
「ピンクの輝力容量が普通じゃないことは知ってるよね。並の輝術師ならともかく、そいつなら隷属契約をしても一切影響はないと思うよ」
「え……」
私はジュストくんと顔を見合わせた。
それって、今まで通りでも問題ないって事?
「しかし、やはり後の事を考えると……」
「じゅ、ジュストくん!」
私は彼の腕を掴んだ。
「カーディがこう言ってるなら大丈夫だよ。戻るのもかっこ悪いし、このまま行こう」
「だ、だけど」
「私なら大丈夫だから」
本当は、ここで洗礼を受けておいた方が彼にとってもいいのはわかっている。
でも、この
私だけが彼の特別。
私だけの輝攻戦士。
子どもじみた独占欲だけど、そんな関係をもう少し続けていたい。
「わかった。その代わり、できるだけ僕から離れないようにしてくれ。いざと言うときに、すぐ駆けつけるられるようにね」
「うん、はなれない」
本当はそれが目的だったりしてね。
「へえ?」
カーディが面白そうな目つきで私を見た。
「信頼し合っているんだね。羨ましい限りだよ」
「大丈夫。カーディのことも大好きだから」
私は彼女が余計な事を口走る前に、抱き着いて黙らせた。
「こら、離れろっ」
「はなれない。これからはずっと一緒だからね」
大好きな人とかわいい子。
それから頼りになる仲間たち。
みんなと一緒の旅は、これからもっと楽しくなりそうだ。
「っていうか、今さらだけど、一緒に旅をするつもりはないからね」
「は?」
「わたしはこのメガネを使って一人で新代エインシャント神国を目指すから」
カーディの信じられない言葉に私は多いに動揺した。
「な、なななんで? だだだって、私の輝力を適度に吸わないと、元の体に戻れないんでしょ?」
「時々もらいに行くよ。でもできれば別の安定した手段で輝力を得たい。ああ、約束通り人は襲わないから安心して」
「私なら気にしないよ」
「わたしが気にするんだよ。女なんかに何度も口づけしたくない」
「私なら気にしないよ!」
「気にしろよ!」
幼少カーディはラインさんの首根っこを引っ掴むと、自分の体を光の球に変えて、口から体の中に入って行った。
温和そうだった中性的緑髪メガネさんの表情が憎たらしく歪む。
「なあに、心配せずとも道中で会うこともあるさ。ぼ、ボクはできれば居心地のいい馬車の方が。つべこべ言うなよ、あの秘密をばらされたいか?」
一つの顔でころころ表情と声色を変えるメガネの星輝士さん。
最後は青ざめた顔になって、しぶしぶ馬車から降りた。
なにか弱みでも握られてるのかな。
「ケイオスを探せ」
「え?」
馬車から下りたラインさん=カーディは、そこに見えない足場でもあるかのように宙に浮かびつつ、少女の声で言った。
「残存エヴィルの活性化はただの前兆じゃない。必ず中心となるケイオスがいる。わたしとは違う、真の異界の先兵がね」
「えっと、それが……」
「ケイオスが倒れれば付近の残存エヴィルは大人しくなる。修行にもなるし、一石二鳥だろ?」
「だったら、カーディも私たちと一緒に」
「わたしは一人が好きなんだ。だったらボクは放っておいて一人で言ってくださいよぉ。乗り物は黙ってろ」
乗り物扱いされたラインさんはしとしとと涙を流す。
「それじゃね、また会うこともあるだろう」
「ああん、待って――」
止める間もなく、カーディ=ラインさんは森の中に消えていった。
伸ばした私の手が、何もない空間を掻いた。
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