210 祝賀会

「あの、すいません」


 宴に出席するためのドレスを借りられるというので、私は客室で待っているフレスさんを迎えに行くため、ジュストくんたちと別れて一人でお城の廊下を歩いていた。


 その途中で声をかけられた。

 話しかけてきたのは高貴そうな印象の女性。

 ウェーブがかったオレンジの長い髪。

 青を基調とした煌びやかな衣装。

 全身から気品がにじみ出ているような綺麗な人だった。


「吸血鬼を退治してくださった英雄様とお見受けします」

「は、はい。いちおうそうです」

「おかげさまで、息子は無事に意識を取り戻しました。本人に代わって、心よりお礼を申し上げたいと思います。本当に、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる高貴な女性。


「息子さん、無事でよかったですね」


 なるほど、吸血鬼被害者は美形ばかりだし、そのお母さんなら美人なのも納得。


「はい。息子にとっても、今回の件はいい薬になったと思います。一人息子だからと甘やかして育てたせいか、星輝士になってからは自分一人で何でもできる気になっていたようで……これを機に、輝士らしい誠実さを取り戻してくれればよいのですが」


 ……はい?


「あの、息子さんって……」


 私の知っている限り、今回の事件に関わった星輝士の男の人は五人。

 マルスさんは妹がいるから一人息子じゃないし、ザトゥルさんのお母さんにしては若すぎる。


「メガネとかかけてますか?」

「? いえ」


 ラインさんでもない。

 とすると、残ったのは……


「ああ、立ち話をさせてしまって申し訳ありません。ドレスルームに案内しますので、どうぞこちらへ」


 人の良さそうな微笑みを浮かべる高貴な女性。

 改めて眺めてみても、すごい美人だ。

 どうみてもおまんじゅうを生むような人には見えない。


 えっと……

 先を行く彼女の後姿を見ながら、この人の旦那さんってどんな人なのかを想像する。

 なんだか悲しい気持ちになってきた。




   ※


 鏡に移った自分の姿を見て、しばらく目の前にいるのが誰なのかわからなかった。

 やばっ、これやばっ。


「まあ、とってもお似合いですよ」

「で、でもこれ、派手すぎないでしょうかしら」


 思わず変な言葉遣いになった私に、女給さんはにっこりと微笑んで返す。


「そんなことはありませんよ。とてもお綺麗です」


 されるがままにやってもらった初めてのお化粧。

 アップにした髪と、ヘアカラーに合わせた薄ピンクのロングドレス。

 足もとまでの長さのふわっと広がったスカート。

 大胆に肩を露出させたその格好は、慣れていないせいかかなり恥ずかしい。


 もう一度鏡を覗き込んでみる。

 ……うん、奇麗、かな。


 いや、ドレスがね?

 それにしても、まさかお城のパーティーに出席するようなことになるとは思わなかった。

 こんな機会だから、ちょっとくらい調子に乗ってもいいかな。


 ……ジュストくんも、綺麗って言ってくれる、かな。


 女給さんにつき従ってパーティ開場のダンスフロアへ。

 今回のパーティは堅苦しいものじゃなく、あくまで戦勝のお祝いの立食会。

 とはいっても出席するのは国の偉い人たちや元貴族の人たちばかり。

 硬くなる必要はないって言われても、難しいよねえ。


「まあ、ひょっとして白の生徒の輝術師さまではありませんか?」

「えっ、は、はい!」


 とってもマダムな女性に話しかけられ、次々と周りに人が集まってきてしまう。


「まあまあ、お可愛らしい」

「でもとってもお強いのですわよ。星帝十三輝士シュテルンリッターも敵わなかった、あの黒衣の妖将を倒したのですから」

「本当に五英雄の再来ですわ。あなたは帝都の英雄です」

「あの、いや」


 次々とかけられる言葉にしどろもどろになってしまう。

 それがおかしいのか、マダムたちはまた笑う。

 好意的に見てくれているのはわかるんだけど、とっても居づらいぞっ。

 

 マダムたちは次第に私をネタに自分たちだけで話し始めたので、隙を見て輪から抜け出すことにした。


「そ、それではっ、失礼しますっ」


 うまく逃げることに成功したので、誰か知り合いがいないか探す。


 と、向こうの方に、やたら目立つ黒髪の少年を発見した。

 普段通りの格好で、周りの人たちに話しかけられてるのも無視して、お皿に山盛りのお肉を乗せてガツガツと食事に没頭している。


 相変わらずあいつはマイペースだな。

 っていうか、あいつが無視してるのって皇帝さまじゃないの?


「ルーチェか?」


 後ろからかけられた声に振りかえると、ビッツさんとフレスさんが並んで立っていた。

 さすがに王子様のビッツさんは正装もびっちり決まっている。

 フレスさんは控えめなベージュのドレスを着て、お化粧もほとんどしていないみたいだった。


「ビッツさん、元気になったんですね」


 なぜかビッツさんは黙ったまま目を丸くしていた。

 あの、と声をかけると、彼はハッとして、


「す、すまぬ。そなたがあまりに美しいもので見とれていた」

「やだ、ビッツさんてばお世辞がうまいんですから」

「お世辞なんかじゃないと思いますよ。ルーチェさん、本当に素敵です」

「いえいえ、フレスさんこそ綺麗だよ」


 女の子同士お互いにドレス姿を褒め合う。

 ビッツさんが気まずそうに会話に入ってくる。


「すまない。今回は何もできず、完全に皆の足手まといになってしまった」


 そう言えば、放心状態でも周囲の状況は知覚しているって言ってたっけ。


「償いは必ずしよう。だから今回の失態はどうか許して欲しい」

「失態なんて……別に、そんな風に思ってないですよ」


 今回はたまたま最初に狙われたのがビッツさんだっただけ。

 運が悪ければジュストくんやダイがそうなっていたかも知れない。

 それに、仲間なんだから助け合うのは当たり前だよ。

 気にしないでと言おうとした時、少し離れたところで男の人たちの歓声が上がった。


 なに? と思ってそちらを見る。

 ビッツさんと同じく吸血鬼被害者だった男の人たちだ。

 彼らの視線の先には私たち……正確には、フレスさんがいた。


「あの少女だ。我らを献身的に看護してくれたのは」

「こうして見ると、なんと美しい……」

「女神だ、慈愛の女神だ」


 十数名の美男子が、口々にフレスさんをほめたたえる。

 彼女もまんざらではないようで、軽快な足取りで彼らに近づくと、極上のスマイルを浮かべた。


「みなさん元気になられたようで何よりです。看護士の端くれとして、こんなに嬉しいことはありません」


 うおー、と再び歓声が上がる。

 その中には超絶美剣士マルスさんの姿もあった。


 えっと、なんだろうこれ。

 フレスさんってば、すっかりアイドルになっちゃって……

 って言うか、あなた看護士じゃないでしょう。


「ルーチェさん」

「は、はい」


 フレスさんは極上の笑みを浮かべたまま振り向いた。


「私、勘違いしてました」

「はあ、何の話でしょう」

「少し優しくしてあげたらこの通りです。男なんて意外とチョロいんですね。今まで怖がってたのが馬鹿みたいです」


 な、なにを言ってるんだこの人は!


「なので、ジュストのことはルーチェさんにお任せします。私、一抜けしますから。どうぞ好きなだけイチャイチャしてくださいね」

「えっ」

「それじゃ、申し訳ないけど失礼します。私は彼らにエサ……お話してきますから」


 その表情は昨日までの彼女と同じ優しいスマイル。

 なのに、黒い何かがかかっているように見えるのは気のせいでしょうか。

 ああ、純朴な田舎少女はいったい何処へ……


「ルーチェさん」


 今日はなんかやたら後ろから声をかけられる日だね。


「あ、スティ」


 振り返るとフレスさんの妹のスティがいた。

 こちらは普段と変わりない格好で安心させてくれる。

 いや、彼女の場合は普段の行動がぶっ飛んでるんだけど。


「どう、楽しんでる?」

「なんかもう、息が詰まっちゃいそうよ。お城のパーティってすごいのね」


 彼女もカーディと闘った仲間の一人だから、私が無理を言って参加できるようにしてもらった。

 私とスティは並んで椅子に座り、互いにこれまでの旅の話などをして盛り上がった。

 ビッツさんはいつの間にか離れた所にいる。

 なにやら国の偉い人らしいスーツ姿のおじさんと話をしていた。


「あのさ。姉さんのこと、頼むわね」


 ふと、スティが真面目な表情になった。


「姉さんを村に連れて帰るのはやめる。それと今回の旅でよくわかったわ。あたしみたいな何の力もない人間じゃ、エヴィルと戦うことなんてできないって」

「そんなこと……」


 ない、とは言い切れなかった。

 訓練を積んだ輝士ならともかく、いくら腕っ節が強くても、スティはただの女の子。

 私たちみたいにエヴィルと戦いながら旅をするのは大変過ぎる。

 正直に言って、彼女が私たちと一緒に新代エインシャント神国に行きたいと言い出したら、なんて言って引き留めようか悩んでいた。


「あたしね、この国に残って輝士になるの」

「え?」

「輝攻戦士とまでは言わないわ。けど、この腕でどこまでできるか試してみたいの。英雄にはなれなくても、目の前で傷ついている人を守れるくらいにはなりたいから」


 村に戻ると言わなかったのは驚いたけど、彼女の決意に私は感動した。

 スティもこの旅で自分のやりたいことが見つかったようだ。


「ジュストの二番煎じみたいでカッコ悪いけどね。せっかく輝士の国にやってきたんだから、ただ憧れて駄々をこねてるだけじゃなくて、できる限りのことをやりたいの」

「うん、応援する」


 それはとても大変な選択だと思う。

 けど、スティならきっとやれると思う。

 だから、フレスさんのことは私に任せてね。


「ありがと。ルーチェさんも、世界を救う旅、がんばってね」


 スティが手を差し伸べる。

 私はその手を握り返した。

 私だって、いまの自分が正しいのかなんてわからない。

 けれど、とりあえずはできることをやっていこうと思う。

 いつか再会したとき、いまの自分に胸を張っていられるように。

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