203 望まぬ闖入者

 ジュストくんはカーディナルから視線をそらさない。

 私は彼の隣に立ち、仰向けに倒れるカーディナルを見下ろした。

 肩が上下に激しく揺れている。

 苦しそうに息を吐き、立ち上がる様子はない。


「やったの?」

「まだだ……はやく、トドメを刺さないと」


 そう言う彼も、かなり苦しそうだった。

 二倍の輝力を纏うのは、やっぱりかなりの負担があったみたいだ。


「まいったな、わたしもついに終わりかあ」


 カーディナルが呟く。

 その声からは、悲壮な感じは微塵も感じられなかった。

 反撃をするような余力が残っているようには見えないけれど……

 

 カーディナルがジュストくんを見る。


「輝力を二重に取り込むなんて、とんでもない無茶をするね。一歩間違えたら内側からはじけてバラバラになるよ、それ」


 輝攻化武器の短剣は結局、力に耐えられず壊れてしまった。

 ジュストくんが使っていた力の凄まじさがよくわかる。


「お前を倒すには、これくらいの無理はしないとな」


 ジュストくんが自前の剣をカーディナルに向ける。

 刺された胸の傷も、回復する様子は見られない。

 きっと治癒のための輝力を使い果たしたんだろう。


 もう一度突き刺せば、カーディナルはたぶん、死ぬ。


「輝力を奪った人たちを元に戻して、二度と悪事を働かないと誓うなら――」

「無理。わたしが輝力を奪うのは生きていくのに必要なことなんだから」


 ジュストくんの提案は即答で返された。


「巣窟に戻り、以前の生活に戻れば……」

「やだってば。それじゃおなかいっぱいにならないの」


 カーディナルは不愉快そうに目を細める。

 その表情はまるで駄々をこねる子供のよう。


「煮え切らないね。こんな姿でも、わたしはおまえたちが言うところのケイオスだぞ。ヒトの出した妥協案なんかに応じるわけないだろ」

「わかった。なら、仕方ない」


 ジュストくんが右腕を軽く引いた。

 カーディナルに止めを刺すために。


 ……仕方ない。

 そう、仕方ないんだ。

 カーディナルを可哀想だと思ってしまうのは、人間の女の子の姿をしているから。


 放っておいたら輝力を吸われた人たちは元に戻らない。

 これからも被害者は増えていく。

 街の平和を守るためには、殺すしか――


「!」


 何かが降ってきた。

 いや、飛んできたと言うべきか。

 ジュストくんは後ろに跳んで、その何かをかわした。

 私は彼が少し前までいた場所、地面に刺さった物を見て、目を点にした。


 ……バラの花?

 なんでこんなものが……


「ノホノホノホノノホ!」


 笑い声だか動物の鳴き声だか判断がつきづらい声がした。

 振り向くと、そこには奇怪な物体があった。


 いや、人がいたって言うべきなんだろうけど。

 私はそれを人だとは認めたくない。

 だって、おまんじゅうが奇妙に擬人化して、悪趣味に着飾っているようにしか見えないんだもん。


「待たせたノ! ボキが来たからには、吸血鬼の野望もおしまいなノ!」


 何故か真っ黒な燕尾服に身を包んでいるのは、おまんじゅうみたいな顔の星輝士さん。


「どいつが吸血鬼なノ! このボキが退治してやるノ!」


 コイツは……

 なんで全てが終わりかけた時に出てくるかなぁ。

 別に誰も呼んでないし、カーディナルはジュストくんがやっつけてくれたんだから、はっきり言って場違い以外の何者でもない。


 ってか、こんなことなら先にコイツと戦わせてやればよかったな。

 ダイにやられたコイツがカーディナルと戦って勝てるはずもないし。

 カーディナルに食べられれば少しは大人しく――

 ……って、待って!


「ジュストくん、カーディナルを――」

「遅い」


 カーディナルはすでに立ち上がっていた。

 彼女はおまんじゅうに向かって跳ぶ。

 おまんじゅうが何故かバラを投げて迎撃しようとするけど、普通に手でたたき落とされた。

 なんだあのバラ。


「いただき!」


 おまんじゅうに飛びついたカーディナル。

 そのまま半回転して背後に廻ると、そのぶよぶよした肉付きのいい首筋を抱いて……

 えええ!?

 おまんじゅうにキスした!


 やられているのはおまんじゅうなのに、なぜかカーディナルが襲われているような錯覚に陥る。

 その光景は、ハッキリ言って直視に耐えがたい。

 いや、キスが相手から輝力を吸う方法だっていうのはわかってるけど、なんていうかその、あまりにひどい絵柄だったもので。


「ノノノーン!」

「マズっ!」


 謎の奇声を上げて、おまんじゅうさんが顔から地面に倒れた。

 カーディナルは口元を押さえ、しばらく気持ち悪そうにしていたけど、すぐに立ち直って凄惨な笑みを浮かべた。


「けど、お腹一杯になった。さあ第三ラウンドを始めようか」


 冗談でしょ……?

 せっかく、やっつけたと思ったのに……

 カーディナルがおまんじゅうから輝力を吸い取ってしまった。

 胸の傷は塞がり、さっきまでの弱々しい姿が嘘のようにピンピンしている。


「輝攻化武具も壊れたし、もう二重輝攻戦士デュアルストライクナイトはナシでしょ? じゃあ、今度はわたしが反撃する番だね」

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