202 二重輝攻戦士

 ジュストくんが私を庇うようにカーディナルとの間に入った。

 敵に注意を払いつつ、斬られた背中に薬草と痛み止めの薬を塗ってくれる。


「あうっ……」

「ジッとしてて」


 思わず大声を出しそうになったけれど、すぐに痛みは薄れてきた。

 うん、これならまだ動けそう。

 どうやら思ったほど傷は深くないみたい。


「おまえ一人なの?」


 カーディナルは期待を裏切られたような顔で尋ねた。

 助けに入ったジュストくんは、以前と変わった所は見られない。

 違うのは、左手のガントレットが前と違うものに変わっているくらいか。


「ああ。今夜こそお前を倒させてもらうぞ」

「そっちのピンクならともかく、ただの輝攻戦士がわたしの相手になるとは思えないけど?」


 ピンクって言われた。

 人を色で呼ぶとか最悪だと思うんですけど。


「やってみればわかるさ」


 ……やっぱりかっこいいなぁ、このカッコつけてる時のジュストくん。

 惚れ直しちゃいそう。

 よぉし、私ももう少し頑張っちゃうぞ。


「ジュストくん、作戦があるなら教えて。私もまだ手伝えると思う」


 私はカーディナルに聞こえないよう囁いた。


「ごめん、力を借りれるかな?」

「みずくさいな。仲間でしょ」


 ジュストくんはこちらを振り向いて小さく笑う。

 その間、カーディナルはつまらなそうに地面を蹴っていた。


「別れのあいさつは済んだ? 何かやるならさっさとしてよね、奴隷輝士」


 カーディナルのバカにするような声も私は右から左に流した。

 誰がなんと言おうと、私とジュストくんはそんな関係じゃない。

 私たちは、信頼しあえる仲間。


「でも、その前に確かめたいことがある。少しだけ手を出さないでもらえるかな」

「え、でも輝攻戦士にならなきゃ……」


 私が言う前に、ジュストくんは懐から短剣を取り出した。

 木製の鞘に収まった、ナイフより少し大きい程度の武器だ。

 スラリ、とそれを鞘から抜く。

 特に何の変哲もない普通の短剣に見えるけど……


 そう思った瞬間、ジュストくんの体が淡い光――輝粒子に包まれた。

 私はまだ彼に触れていない。

 っていうことは、あの剣は。


「輝攻化武具?」

「秘剣マエスタ。ザトゥルさんから借りたんだ」


 ダイのゼファーソードと同じ、使用者に輝攻戦士と同等の力を与える武器。

 あの短剣があれば私に負担がかかることなく輝攻戦士になれる。


 それは私に対する彼の優しさなんだと思う。

 けれど、なぜか私は頼ってもらえなかったことが寂しかった。

 そんな風な思いが伝わったのか、ジュストくんは私に優しく微笑みかける。

 それから表情を一変させてカーディナルを睨み付けた。


「……行くぞ」

「力の出所を変えたくらいじゃ、わたしには勝てないよ」

「やってみればわかるさ」


 ジュストくんが地面を蹴る。

 同時にカーディナルは電撃で応戦した。

 左手のガントレットを盾にして、ジュストくんは電撃を正面から受け止めた。


「ちっ」

「おおおおおっ!」


 以前みたいにしびれて動けなくなったりはしない。

 電撃を弾くための特殊な防具みたいだ。

 あの短剣とガントレットが、ジュストくんの考えた対策?

 でも……


「ほらっ!」


 カーディナルが剣を振る。

 ジュストくんは紙一重でかわして反撃に移る。

 今度はジュストくんの一撃をカーディナルが受け止める。

 がら空きになった彼の腹部に、小さな雷の矢を放つ。


「くっ!」


 ジュストくんがうめく。

 やっぱり、あの小さな手甲じゃ、すべての攻撃を防ぐのは無理だ。


 ジュストくんの動きは私との隷属契約で輝攻戦士になっていた時と変わりない。

 しかも武器は小さな短剣だ。

 大剣を軽々と振り回すカーディナル相手にはどう考えても分が悪い。

 

 これじゃダイの時と同じ結果になる。

 斬撃の合間に挟まれる雷の矢によって、彼は確実に力を奪い取られていく。

 

「うおおおおっ!」


 ジュストくんが気合いを込めてナイフを振う。

 傍目から見ても隙だらけの大降りの一撃。


「短期は損気。はい残念」


 カーディナルは必要最小限の動きでジュストくんの攻撃をかわす。

 そしてカウンターの斬撃。

 ダメだ、やられる――

 そう思った次の瞬間。


「は?」


 ジュストくんは思いっきり地面を蹴って後ろへ跳躍した。

 私のすぐ隣に着地する。


「逃げ足だけは速いね。でも、これでわたしには勝てないってわかったよね?」


 逃げられたのが不愉快なのか、苛立たしげに挑発するカーディナル。

 彼女の言うとおり、ジュストくんの対策は通用していなかった。

 最後の攻撃を避けたものの、確実にダメージは受けている。


「ルー」

「は、はい」


 彼は私の名前を呼び、私に手を差し出した。


「力を貸してくれ」

「え?」

「できる限りだ。思いっきり僕に輝力を送り込んでくれ」


 って、もう一度、輝攻戦士化させるってこと?

 ジュストくんは輝攻化武具を使ってすでに輝攻戦士化してる。

 この状態でさらに私の輝力を上乗せするなんて……できるの?


 もし可能だとして、彼の体はどうなってしまうのか

 ただ、このままじゃ絶対に勝てないことは間違いない。


「いいんだね?」

「大丈夫。僕を信じて」

「……わかった」


 今は信用するしかない。

 私は彼の手を握り返し、いつもの要領で彼に輝力を送り込んだ。

 輝力が流れていく。

 僅かな抵抗を感じたのは一瞬。

 確かに二度目の輝士契約は成功した。


「お?」

「うおおおっ!」


 ジュストくんが吼える。

 彼の周囲を取り巻く輝粒子が――

 いや、それは粒子と呼べるようなものじゃなくなっている。

 まるで液状の物体が絶えず流れ出ているように、彼の周囲に青白い輝きが滞留していた。


二重輝攻戦士デュアルストライクナイト!?」


 カーディナルの声に驚嘆の色が混じった。

 こうして側にいるだけで、燃えさかる炎を前にしているような威圧感がある。

 ジュストくんの体に、普通じゃあり得ない量の輝力が重っている。

 彼の全身が溢れるばかりに輝いていた。


「――行くぞ!」


 ジュストくんが飛んだ。

 速い!


 そのスピードはこれまでの比じゃない。

 一瞬でカーディナルとの距離を詰める。

 むしろ勢い余って通り越した。


 けどすれ違いざま、彼のナイフはカーディナルの衣装を掠めていた。

 黒衣の裾が裂ける。

 彼女の顔に焦りの色が浮かぶ。


「そんな無茶な力を扱えるものか!」


 カーディナルが後ろを振り向き、雷の矢を撃つべく指を伸ばす。

 その時にはすでに、地面を蹴って折り返したジュストくんが目の前に迫っていた。


「やっ!」


 掛け声と共に一閃。

 短剣がカーディナルの左腕を薙いだ。


「うぐっ!?」


 苦痛のうめき越え。

 カーディナルの術が中断される。


「はああああああっ!」


 ジュストくんの攻撃は終わらない。

 二撃目、三撃目、四撃目、五撃目。

 次々と連続して斬撃を繰り出していく。


 流読みを使っても追い切れないほどのスピード。

 しかも通常の輝攻戦士と違って、輝粒子が途切れない。


 刃がカーディナルの体を何度も切り裂く。

 超回復能力を持つカーディナルも、これにはひとたまりもない。


 迸るような輝力の奔流を、ジュストくんは完全に使いこなしていた。


「くっ!」


 カーディナルの体が揺らいだ。

 音速亡霊ソニックゴーストが来る!

 次の瞬間、カーディナルはジュストくんの攻撃からのがれ、彼の背後に移動していた。


 大剣を振りぬく。

 巨大な刃がジュストくんの背中に襲いかかる。

 超速の機動から繰り出される必中の一撃。

 けれど――


「何!?」


 カーディナルの斬撃は確かに当たった。

 けれど、刃は彼の体を傷つけない。

 流れるような輝力を全て左腕に集中させ、新型ガントレットで受け止めた。


 半端な輝力の扱いじゃ絶対に真似できない。

 輝力を操る天才だからこそできる、ギリギリのガード。


 ジュストくんが体を回転させつつ、遠心力を乗せた一撃を叩きつける。

 カーディナルは大剣を立てて防御の構えを取った。


「うおおおおおおおおおっ!」


 短剣に輝力を集中させる。

 威力増幅された攻撃は、カーディナルの大剣を半ばから真っ二つに折った。


「バカな……っ」


 けれど、その直後。

 輝攻化武器の短剣も音を立て折れてしまった。

 ジュストくんは輝攻戦士ですらない普通の状態に戻ってしまう。


「おおおおおっ!」


 だけど、カーディナルを守るものはもう何もない。

 ジュストくんは最後の力を振り絞り、折れた短剣をカーディナルの胸元に突き刺した。


「がはっ……」


 カーディナルは倒れた。

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