204 援軍

 黒衣の少女がふわりと宙を舞う。

 曲線の軌道を描き、小柄な体格に似合わない巨大な剣を振る。

 輝攻戦士化を解除されたジュストくんに、さっきまでの防御力はない。


 攻撃はガードしても、青白い輝力を纏ったカーディナルの一撃を受け止めることはできなかった。

 左手のガントレットが紙同然に切り裂かれ、破片が乾いた音を立てて転がる。


「ぐぅっ!?」

「ほらほら、まだ終わりじゃないよ」


 左腕から血しぶきが迸る。

 カーディナルは間髪いれずに追撃を繰り出した。

 ジュストくんは後ろに跳んで、紙一重で斬撃をかわす。


 刃が鼻先を掠めた。

 前髪が数本はらりと地面に落ちる。


「いつまで避けられるかな」


 カーディナルは笑っている。

 攻撃を当てないのは遊んでいるからか。 

 それを必死に避けるジュストくんに余裕はない。


 カーディナルが本気になっていないなら、逆にチャンスだ。


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 私も黙って見ているばかりじゃない。

 二人が離れた隙を見て狙いをつけ、敵の背中めがけて火蝶を飛ばす。


 カーディナルが攻撃に気付く。

 彼女は振り向きもせずに横に飛んだ。

 その視線がこちらを向く。

 すぐ近くに火蝶が迫っているのに、防御をする様子もない。

 余裕の笑みを浮かべたまま、


火矢イグ・ロー!」


 その術を撃ったのはカーディナル。

 氷や電撃だけじゃなく、火の術まで使えるのか!

 あらゆる輝術を使いこなす万能さにも驚きだけど、その威力は私の同じ術よりも一回り大きい。

 火の矢は驚くような速度で加速し、私の火蝶とぶつかって――


「なっ!」


 二つの術は互いにすり抜け合った。

 火の矢がこちらに向かってくる。

 背中から輝力を放出し、真横に飛んで避ける。


「っ!」


 逃げた場所にも別の火の矢が迫っていた。

 私が避ける場所予測して、二発目をすでに放っていた。

 避けられないなら、防御に切り替える!


火蝶弾イグ・ファルハ!」


 とっさに火の蝶を作って迎撃する。

 カーディナルの放った火の矢は、私の作りだした火の蝶とぶつかり――

 あっさりと素通りした。


 ああっ! やっぱり火の術は火の術じゃ防げないんだ!


「きゃあっ!」


 火の矢が私に直撃した。

 幸いにも、私が着ている術師服は輝術に対する防御力がものすごく高い。

 まともに食らってもすぐに火は消えたし、たいしたダメージは受けなかったけど……

 熱い! 熱いものはあついっ!


「いくら輝力が高くても、単系統の術しか使えない相手なんて怖くない。プリマヴェーラもイグ系統以外の術は本当に苦手だったね」


 カーディナルは自分の方に向かってきた火蝶をあっさりと氷の盾で防いだ。


 そういえば以前、先生が二系統以上の防御の術を覚えておけって言っていたのを思い出す。

 火の術は、火の術じゃ防げない。

 氷や電撃なら相殺できるけど、火の術を使われたら私には全く防ぐ手段がない。


「じゃあ、今度こそいただくね。紛い物とはいえ一般人よりは多少はマシだろうし――」


 カーディナルが無防備なジュストくんへ歩み寄った。

 直後、彼女は足を止めて後ろに飛んだ。

 一瞬遅れて、彼女が立っていた場所に、いくつもの氷の矢が突き刺さる。


「なんだ、まだ援軍がいたんだ」

「二人はやらせません」


 私は声がしたほうを振り向き、


「はわっ!」


 思わず硬直した。

 私の目の前を、ものすごいスピードで剣が掠めていったから!


「武器がないならそいつを使え。安物だけど、ないよりマシだろ」


 剣はジュストくんの近くの地面に突き刺さった。

 お、おまっ、それはいいけど……


「もう少しで私に当たるところだったぞっ!」

「だってオマエが邪魔な場所にいるんだもんよ」


 そう言いきりやがったのは、まだ傷が癒えていないはずのダイ。

 俺がジュストくんに渡すために剣を投げたらしい。

 氷の矢を撃ったのはもちろんフレスさんだ。


「あら、二人も増えた」

「二人ではない、三人だ」


 カーディナルの言葉を、もう一つの声が否定する。

 ダイの後ろ、細長い剣をスラリと構えているのは星輝士のメルクさん。

 一度はやられたとは言え、彼女もかなり強い輝攻戦士のはず。


「三人とも……どうしてここに?」 


 ここは街の中心部からかなり離れている上に、用がなきゃ立ち入らないような廃棄された区画だ。

 偶然通りがかったにしては都合が良すぎる


「ラインさんは最近よく廊下で独り言を呟いてました。一人なのに誰かと言い合いしているみたいに。あまりに怪しかったので後をつけさせてももらいましたよ。ルーチェさんがここで特訓をしているのはメルクさんに聞いていましたからね」


 さすがフレスさん、目ざとい!

 おかげで助かった……かどうかはまだわからないけど。


「数が増えただけでどうにかなると思わないでね」


 ダイとメルクさんは以前にカーディナルにやられている。

 フレスさんに至っては、私以上に実戦経験が少ない。

 けど、


「どうにかなるかならないかは、試して見なきゃわかんねーだろ」

「……その通りだ。僕もまだ戦える」


 ダイの言葉にジュストくんが頷いた。

 たとえ一人ひとりの力は及ばなくても、力を合わせれば戦える。


「やれるのかよ? 立ってるのも辛そうだぜ」

「やるさ。せっかくみんなが来てくれたのに、一人だけ休んでるわけにいかないだろ」

「おし、途中でへばるんじゃねーぞ」


 そういって握った拳をぶつけ合う二人。

 ダイがいつの間にか私より彼に近い位置にいるようで、ちょっぴり悔しかった。

 いいなあ、男の子同士の友情……


「おーい、まだかー? 来ないなら、こっちから行くよー?」


 伸びきった声で挑発するカーディナル。


「……行くぜ!」


 自分の掛け声を合図に、最初に飛び掛ったのはダイだった。

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