192 潜んでいた者
「この辺りでしたよね」
「はい、上から見た感じでは」
街の周りをぐるりと囲む街壁は、
人間同士が争っていた戦乱の時代に、都市防衛のために建造されたのがその始まり。
その後、より遠くを見渡す必要のあった魔動乱時に、いくつもの見張り塔が設置されたのだ。
……と、聞いてもいないのにラインさんが説明してくれた。
「これはその内のひとつなんです。魔動乱が終わってから、まったく使う必要が無くなってしまったんで、放置されてますけどね。しかし、かつてはエヴィルを監視するのに使っていた見張り塔が、今はケイオスの住処になっているかもしれないとは、なんていう皮肉でしょうか……」
「ふーん」
よくわからないので、適当に相槌を打っておく。
重要なのは本当にここにカーディナルが潜んでいるかどうかだ。
「昼間は力が出せなくて隠れてるんだとすれば、見つけたルーチェさんは大手柄ですよ。もしかしたら、一気に事件が解決してしまうかもしれませんね」
「力が出せないって仮説が正しい証拠はないんですよね?」
「ですから、それを確かめに行くんですよ」
不確実とは言え、こちらからアクションを取れるのは嬉しい。
敵が現れるのを待つしかないのは、精神的に辛いものがあるし。
「でも、どうやって近づきます? ハシゴとかで昇ったらすぐ気づかれちゃいますよね」
見張り塔の本来の入り口は、頑丈に板で打ちつけられて入ることができない。
万が一、カーディナルが昼間も力を使えるとしたら、両手が塞がった状態じゃいい的だ。
上から電撃の矢で狙われたら、はしごに掴まっていることすらできない。
高さによってはそのままトマトになっちゃう。
「近づく必要はありません。あぶりだして捕まえればいいんですよ」
ラインさんが作戦を説明する。
まず、遠距離からカーディナルのいると思われる位置に攻撃を仕掛ける。
焦って降りてきたところを、ラインさんが捕獲する。
「上から見た時にロープの束があったでしょう。あれは恐らく緊急脱出用です。力が使えず、両手が塞がった状態なら確実に捕まえられますよ」
「実は昼間も力が使えるとしたら?」
「その時は残念ですが、気付かれないうちに撤退しましょう。もし戦闘になったらボクが時間を稼ぎますから、ルーチェさんは大声で輝士団を呼んでください」
さすが星輝士、いざって時は頼もしい。
「で、どうやってあぶり出すんですか?」
「それはもちろんルーチェさんの役目ですよ。炎の蝶で追い込んで下さい」
「わかりました」
作戦を確認し合い、二人で物陰に隠れる。
「じゃあ、やりますよ」
私は炎の蝶を作り出し――
ふと、違和感があった。
なんだろう、何か変な感じがする。
何かがおかしいような。
「どうしました?」
「あ、いえ、なんでも」
まあいいや、今はカーディナルを捕まえることが先決だ。
私は威力を弱めにした火の蝶を、カーディナルが潜んでいると思われるあたりに……
ええと、どうすればいいのかな。
いいや、とにかく、あの辺であばれてこい!
見えない位置に火蝶を送り込み、適当に動き回らせていると、上の方でドタドタと物音がした。
見張り塔に潜んでいるやつが私の攻撃に気づいたらしい。
塀の上から全身鎧姿の人間が顔を出す。
キョロキョロと下を見回し、誰もいないことを確認して、ロープを放り投げた。
適当なところでロープを結んで固定すると、おっかなびっくり降りてくる。
あれが昨日、身軽にダイの攻撃をかわしていたカーディナル?
とてもじゃないけど、同一人物だとは信じられない。
本当に昼間は全く力が使えないのかな。
「今です!」
半分ほど降りて来たところで、ラインさんが飛び出した。
鎧の人物は声に気付いて下を向くも、両手が塞がっていて何もできない。
ラインさんが取り出した鞭が伸び、その身体をぐるぐる巻きにする。
「せいっ!」
相当な重さがあるはずなのに、軽々と鎧の人物を手元に引き寄せる。
どうやら彼は鞭に輝粒子を伝わせて自由自在に操れるらしい。
「ぐえっ!」
鎧の人物がカエルみたいな声を上げ、うつぶせに地面に叩きつけられる。
私は身もだえているそいつの周囲に炎の蝶を配置した。
「動かないで。下手に抵抗したら、兜の隙間からこの子達を入れて丸焼きにしちゃうんだからね」
二人で挟み込む形で鎧の人物に近づく。
相手は両手が塞がれているので抵抗はできない。
顔を覆う無骨な兜越しに焦りが伝わってくる。
鎧の人物はぶんぶんと首を振った。
「下手に近づかないでください。それより、今のうちに両腕だけでも焼いておいた方がいいと思います」
ラインさんが容赦ない。
けど、あのカーディナルが相手なら、それくらいの慎重さは必要かもしれないね。
よぉし。じゃあちょっと可哀そうだけど、やっちゃうぞ。
「ごめんなさい! 無断で進入したのは謝るから、焼かないで!」
途端に鎧の人物が慌てはじめた。
その声は確かに女の子の声だけど、明らかにカーディナルとは違う。
けれど、どこかで聞いたことがあるような……
「あたし、あたしです! ルーチェさん!」
あたし?
……って、もしかして!
私は鎧の人物に近づき、兜に手をかけた。
「危ない! 不用意に近づいてはダメです!」
ラインさんは止めようとしたけれど、私の記憶に間違いがなければ、この声は……
「……なにやってるの、こんな所で」
「も、門番の人に頼んでも入れてくれなかったから、外の見張りをやっつけて鎧を奪って、ロープでどうにか侵入したんだけど、昼間に中に入ったらバレると思って、夜まで待ってようと思ってたら、いきなり炎の蝶が飛んできて……」
一気にまくし立てるスティは、半分涙目になっていた。
※
スティはフレスさんの妹だ。
最初こそぎくしゃくした関係だったけど、すぐに仲良くなって、村に泊まっている間はいろいろとお世話になった。
そんなスティがこんなところにいる理由も気になるけれど、大胆な方法で大国の
「と、ともかく、一緒に来て。他の人に見つかったら大変なことになるから」
「あ、うん……痛っ」
私が手を引くと、スティは膝の辺りを押さえて痛がった。
ラインさんに引き寄せられた時に怪我をしたのか、かなりの血が出ている。
「わ、大変。はやく手当てしないと」
「へ、平気です、これくらい」
そうは言っても、ひどい出血だし。
放っておいたら傷口にばい菌が入っちゃうかもしれない。
「この辺りにお医者さんか、せめて傷口を洗えるところありませんか?」
私が尋ねると、ラインさんは少し困ったような顔をしていた。
あ、そうか。
一応、彼はこの国の輝士だから、スティの不法入国を見逃すわけに行かないのかも。
うーん、どうしよう。何て説明したら……
「その人、ルーチェさんの知り合いなんですか?」
「あ、はい。フレスさんの妹です」
「え?」
ラインさんはスティの顔を見て首をかしげた。
フレスさんとスティは、髪の色は同じだけど、見た目はあまり似ていない。
外見だけじゃなく、性格はもっと似ていない。
単身で大国に侵入するというとんでもない行動をする女の子。
お淑やかなフレスさんのイメージと全く結びつかないだろう。
私だって知ってなきゃ二人が姉妹だなんて思わないよ。
ラインさんはしばらく考えてけれど、最後には納得してくれたようで、
「わかりました。けど、勝手にうろつかれては困りますので、監視も兼ねて一緒に来てください」
「ありがとうございます。スティも、それでいい?」
「う、うん」
「とりあえず、怪我の治療をしましょう」
ラインさんはしゃがんで、スティの傷口にそっと手を触れた。
そして、何かをブツブツと呟き始める。
あ、これはフレスさんと同じ……
「
スティの傷口に触れた手が輝きだす。
手を離したとき、膝の傷口は綺麗に塞がっていた。
「……治っちゃった」
驚き顔で立ち上がるスティ。
その足元がふらつき、ラインさんが支えた。
「気をつけてください。体力が低下していますから」
この術は痛みも傷も消してくれるけれど、そのぶん傷の度合いに応じてひどい倦怠感に包まれる。
傷を治す代わりに体力が低下してしまう性質の術だ。
「ラインさん、すごいいろんなことができるんですね」
「いえ、ボクの治癒術では痛みは完全には引きませんし、大きな傷は治せません。まだまだ勉強中ですよ」
ラインさんは謙虚というか、なんというか。
かなりすごいことをできる人なのに、まったく偉そうに振る舞うことがない。
困っている人や怪我をしている人を助けるのは、彼にとって当たり前のことなんだろう。
星輝士になってまで、わざわざ博士の助手をやっている理由が、少しだけわかった気がした。
「では、彼女を博士の部屋に連れて行きます」
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