191 実はボクも星輝士なんです

 ダイは仰向けになって天井を睨み続けていた。

 慰めの言葉をかけようかとも思ったけど、たぶん逆効果な気がしたので、やめておいた。


「ただいま帰りました」


 ラインさんが戻ってきた。

 博士の命令で買い出しに出ていたらしい。


「随分遅かったな」

「いやあ、街はパニック寸前ですよ。国中の輝士があちこちを駆け回っています」

「何が起こってるんですか?」

「また大臣が余計なことを言ったみたいで……」

 

 吸血鬼はきまって夜に現れる。

 ならば、昼間は何らかの事情で力が出せないのではないか?


 そんな風に考えた大臣さんが、どこかに潜んでいるかもしれないカーディナルを探すため、輝士団に大規模な捜索活動を命令したそうだ。


 そのせいで、街中が異常な緊張感に包まれている。

 市民の不安を煽らないため被害者を公表しないことにしたのに、これじゃまったく意味がない。


「夜しか活動できないっていうのも、あくまで推測でしかないんですけどね。下手に刺激して日中の街中で輝士団と激突、なんてなったら目も当てられませんよ」

「たかがケイオス一体に帝都が振り回されるとは……魔動乱の頃より酷い有様じゃな」


 博士とラインさんは、二人そろってため息を吐いた。

 その姿を見ていると私まで憂鬱になってくる。


「ルーチェさん」


 フレスさんが声をかけてきた。

 パンやスープが乗ったお盆を持っている。


「キリサキさん、私が言っても食べてくれないんです。ルーチェさんから言ってもらえませんか?」

「ええ? 私じゃもっと無理だよ」


 せわしげに大勢の看護をしているフレスさんには気の毒だと思うけど、アイツを説得する言葉なんて私には思いつかない。

 また文句を言われてケンカになっちゃうのが目に見えてる。


「とりあえず傍に置いておけば。お腹がすいたら勝手に食べるんじゃないかな」

 

 そう言ってみると、フレスさんは仕方なさそうにお盆を持ってダイの方に方に歩いていった。


「彼女、とてもよく働いてくれて助かってますよ」

 

 フレスさんの後ろ姿を眺めながら、ラインさんが言った。

 吸血鬼被害者達は意識は飛んでしまっているけど、生体機能は正常に動いている。

 だから誰かが毎日の世話をしてあげなきゃいけない。


 看護は重労働だけど、フレスさんは嫌な顔一つせずに黙々と仕事をこなしているそうだ。

 機械マキナによる治療はラインさん、看護はフレスさんと、仕事を分けて患者の面倒を見ているらしい。

 フレスさん、頑張ってるんだなあ。


 ドンドン。

 ドアをノックする音が響いた。

 続いて野太い声が響いてくる。


「ライン様、いらっしゃるんでしょう! 一大事なのです、是非ご協力を!」

「呼んでおるぞ。やかましくて敵わんから、追い払うなり素直に出て行くなりしてくれ」


 椅子に腰かけて機械マキナに繋がった映水機の画面を眺めていたラインさんは、ひときわ大きなため息を吐くと、面倒くさそうに立ち上がってドアの方に向かって行った。


「誰ですか?」

「ラインを連れに来た輝士じゃろ」


 博士は肩をすくめた。


「これだけの騒ぎだし、猫の手も借りたいんじゃよ。あやつが協力しても無駄じゃと思うがな」

「どうして輝士がラインさんを連れて行くんですか?」

「ああ見えて一応、あやつも星輝士じゃからな」

「えっ!?」


 初耳だった。

 あの穏やかで女性か男性かもよくわからないような人が、世界中の輝士が憧れる星輝士の一人?

 ぜんぜんそうは見えなかったよ……


「せっ、星輝士の人がこんな所にいてもいいんですか?」

「こんな所?」


 博士に睨まれる。

 いや、ごめんなさい。

 こんな所っていうのは言葉のあやです。


「星騎士には国益と輝士道精神に反しない限り、己のが正しいと思う活動を行う権利があるんじゃよ。他の星輝士が残存エヴィルを狩りに各地へ飛んだり、自主的に防衛任務に就いているのに対して、あやつは医療技術の発展こそが己の責務だと思いこんでおる。確かファーゼブルにも似たような役職があったじゃろ?」


 ああ、そういえばベラお姉ちゃんが前に言ってたような気がする。

 なんだっけ、くら、くれ……忘れた。


「それでも普通の星輝士はこんな所には近寄らん。ラインは変わり者なんじゃよ」

「それはなんとなくわかります」


 人は見かけによらないって言うけど、ラインさんは助手がぴったりのイメージだからなぁ。

 しばらくすると、ラインさんは普通に戻ってきた。


「行かなかったのか?」

「行けませんよ。僕が行っても役には立ちませんし、患者さんたちを診るほうが大事です」

「歴代最年少で星輝士になった天才輝士の発言とは思えんな」

「運がよかっただけですよ。ボクは博士の手伝いをしている方が似合ってます。それに、歴代最年少の記録はヴォルモーント様に一年で更新されました」

「あやつは特別じゃわい。比べる方がおかしい」


 確かにこの人は性格からして輝士に向いていないっぽい。

 見たところ二十歳かそこらで星輝士になれるくらいだから、相当努力してるし、かなりの才能もあるんだろうけど。

 失礼かも知れないけど、他の人たちみたいな覇気が感じられない。


 私は二人から視線を逸らし、窓から街の様子を見下ろしてみた。

 人が豆粒ほどに見えるほど遠くからでも、一目見て輝士と分かる人たちが、大慌てであちこちを駆け回っているのがわかる。


 頼みの綱の星輝士はすでに二人もやられた。

 もうまともに戦ってもダメだっていうのは、みんな感じてるのかもしれない。

 世界最大の輝工都市アジールが、本当にたったひとりのケイオスのせいで大ピンチだ。


 輝士団は隠れているカーディナルを見つけられるんだろうか。

 見つけたとしても、捕えられるのか。


 ジュストくんもまたどこかに行っちゃったし、ダイもやられたし。

 本当にこれからどうなるんだろう。


 今、まともに戦えるのは私くらいだけど、さすがに一人じゃあんなやつには敵わない。

 私の場合、前に出て守ってくれる人がいなきゃ戦えないからなあ。

 基本的には遠距離からの援護か、強力な一撃でトドメを刺すしかできないし。


「あれ?」


 街を見下ろしていると、気になる光景を見つけた。

 市街を覆う城壁。

 その一角に、不審な人物がいる。


 高い塔の影。

 下からでは死角になっていてよく見えない位置だ。

 流読みを使ってよく見てみると、それが全身を無骨な鎧に包んだ、見るからに怪しい人物であることがわかる。

 しかも、鎧のサイズが明らかに合っていない。

 傍らには長いロープらしきものが丸めて置いてある。


「ラインさん、博士。あそこに怪しい人がいます」


 二人を手招きして呼び寄せ、怪しい人物を指差す。

 博士は目を細めてそちらを眺め、首をかしげた。


「あいにくワシは目が遠くて……ライン、見えるか?」

「ちょっと待って下さい」


 ラインさんが大きく息を吐いて目を瞑る。

 すると、彼の周囲にキラキラと輝く輝粒子が舞った。

 おお。言われただけじゃまだ信じられなかったけど、本当に輝攻戦士だったんだ。


「……流読みで確認しました。いますね。確かに怪しい」

「あの塔はかつて監視所が置かれていたが、今は廃棄されておる。入り口も封鎖されておるから、入り込んでしまえば気付かれ辛いかもしれんな」

「じゃあ、ひょっとしてアレが……」

「可能性は有ります。あんなところに隠れているということは、昼間は力を使えないという推測もあながち間違いではないのかもしれませんね」

「どうします、下の兵士さんたちに知らせますか?」

「いや、ボクが行きましょう。正直なところ、これ以上の騒ぎを引き起こすのは不味い」


 それは同感。

 大勢で捕り物劇なんてことになったら、すでに不安になっている街の人たちが、余計にパニックに陥っちゃう。

 穏便に捕らえられるなら、それに越したことはない。


「じゃ、私も行きます。一人よりは二人の方がいいでしょ?」

「そうしてくれると助かります。白の生徒の輝術師さまが協力してくれるなら百人力ですよ。それでは博士、ちょっと行ってきますね」


 そういうわけで、私はラインさんと一緒に城壁の怪しい人影を調べてくることになった。

 部屋を出る前、フレスさんが「気をつけてくださいね」って言って心配してくれたのが嬉しかった。

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