193 姉妹の再会

「スティ!?」


 スティを博士の部屋に連れて行くと、案の定フレスさんはものすごく驚いていた。

 どのくらいかというと、運んでいた洗面器を落として水を床一面にぶちまけるくらいに。

 そりゃそうだよねえ。

 故郷の村にいるはずの妹と、こんな所で再会するなんて思わないだろうし。


「どうしてこんなところに……しかも、そんな格好で」

「姉さんを連れ戻しにきたのよっ。あれから村は相当な大騒ぎだったんだからね!」

「そ、それは……」


 フレスさんは村の人たちには内緒で私たちの旅に着いてきた。

 普段は大人しく、面倒見もよくて、誰からも慕われる温厚な村娘。

 まさか彼女が村を抜け出すとは、誰も思わなかったに違いない。


 特にお姉さん大好きなスティは気が気じゃなかったはず。

 ちなみに、スティは兜を脱いだ以外はまだ鎧姿のままだ。


「今は私よりスティだよ。まさか、一人でここまで来たの?」

「一人じゃないわよ、村に来た行商人についてきたの。アイゼンから来る途中に姉さんらしい人を見かけたって聞いて、無理言って近くまで連れて来てもらったのよ」

「身分証がなきゃ都市に入れないってことは知らなかった?」


 スティはバツが悪そうにうなずいた。


「二週間も世話になっておいて、いまさら引き返してくれとは言えないじゃない。だからって帰り道なんてわからないし」


 それで迷ったあげくこっそりと進入することにしたと。

 しかし、本当に街壁を越えて都市に侵入しちゃうなんて……

 スティが凄いのか、吸血鬼騒ぎで警備がずさんになっているだけなのか。


 まあ、何事もなく無事だったんだから良かった。

 下手したら不法侵入で逮捕されてたかもしれないんだぞ。


「ともかく、早く村に帰るわよ。せっかくメガネさんが見逃してくれるって言ってるんだから」


 メガネさんって呼ばれたラインさんのメガネがずり落ちた。

 立場上、本当ならスティを捕まえなきゃいけないんだけど、ラインさんは数日以内に出ていくという条件で衛兵には突き出さないと約束してくれた。

 なので、スティはいつまでも長居することはできない。


「……今はダメ。まだ、旅を続けないと」

「なに言ってるの、姉さんが旅なんて無茶よ。あたしたちはね、ルーチェさんみたいな特殊な訓練を受けた人たちとは違うのよ」


 あの、私もちょっと前までは普通の女の子だったんだけど。

 まあ特殊な訓練は受けたけど。

 ついでに言うと、たった一人で大国の首都に侵入しちゃえるスティは、十分特殊な人だと思う。


「確かにルーチェさんに比べたら全然ダメだよ。それは自覚しているし、邪魔になるくらいなら村に帰ろうと思ったこともあったわ」


 旅を始めたばかりの頃、フレスさんは上手く術を使えずに悩んでいた。

 けれど、今では私たちのパーティになくてはならない人物になっている。

 特に戦闘に関係ない、旅を快適にするための便利な術は彼女の方がずっと上手なくらいだ。

 洗濯とか、気温調整とか、食べ物の毒を取り除いたりとかね。


「でも、今はダメなの。私がこの人たちの面倒を見ないといけないから」


 フレスさんは吸血鬼被害者たちを見回し、改めてスティに向き直った。 


「ルーチェさんたちが吸血鬼を退治するまででいいの。それが終わったらスティと一緒に帰るから。それまで待って……お願い」


 頭を下げて頼み込むフレスさん。

 彼女の真剣な様子にスティは気圧されたのか、視線を逸らしながら小声で答えた。


「……わかったわよ。病人の看護だけなら、危ないことはないでしょうし」

「スティ、ありがとう」

「その代わり、事件が解決したら一緒に帰るのよ」

「うん」


 フレスさんははっきりと頷いた。

 それは、私たちとの旅を終えるということ。


 彼女が村に帰りたいと思うなら、私たちに止めることはできない。

 村にはきっと彼女の帰りを待っている人がいっぱいいる。

 スティだけじゃなく、ネーヴェさんやソフィちゃんも。

 でも正直に言えば、友達がいなくなるのは寂しい。


「フレスさん……」

「ごめんなさい、ルーチェさん。そういうことだから……」

「んっ、こほんっ!」


 しんみりした空気に気まずくなったのか、スティが手を叩いて大声を出した。


「とりあえず、ルーチェさんの仕事が終わるまで、あたしも姉さんを手伝ってあげるわ」

「えっ」


 フレスさんは何故か顔を赤くする。


「あ、そ、それは大丈夫。スティは何もしなくていいから、どこかで待っててよ」

「……なによ、あたしが手伝っちゃ迷惑?」

「そ、そういうわけじゃないんだけどね。ほら、大変なお仕事だし、スティも疲れてるだろうし」


 なんだろう、フレスさんの態度が怪しい。

 けど、スティは言い争っても無駄だと思ったのか、素直に彼女に従った。


「わかったわ。じゃあ、終わるまで待ってる。ルーチェさん、何が起こってるか知らないけど、さっさと解決しちゃってね」

「あ、うん……」


 私は言葉に詰まった。

 事件を解決するには、あのカーディナルを倒さなきゃならない。

 けど、ダイがやられて、ザトゥルさんの作戦も失敗した今、あのとんでもなく強いケイオスを倒す方法なんて簡単には思いつかない。


 ……いや、あるにはある。

 私が限界を気にせずに力を解放すれば、あるいはあのカーディナルにも通用するかもしれない。


 スカラフと戦った時のように。

 けど、その時に私が自分自信をコントロールできるかどうかは、わからない。

 前回はジュストくんの言葉に反応して正気を取り戻した……らしい、けど。


 今度も上手くいくとは限らない。

 あの時と違って、なんだか今はちょっとギスギスしちゃってるし……


「そう言えば、さっきジュストが来ましたよ」

「え?」


 フレスさんが床に落とした洗面器を拾いながら言う。


「ルーチェさんに話があるから、帰ってきたら建物の裏手で待ってるって言ってました」


 話があるって、ここじゃダメなのかな。

 というか彼は最近どこで何をやってるんだろう。

 なんだかこのまえ拒絶されて以来、ちょっと距離を感じちゃってるし。


 まあ、話があるならちょうどいいや。

 そういうことも全部聞いてみよう。


「わかった。ちょっと行ってくるね」

「はい、お気をつけて」


 フレスさんが部屋の入り口まで見送ってくれる。

 そういえば最近の様子を見ていると、彼女はもうジュストくんのことを吹っ切ったようにも見えるけど……

 実際の所はどうなんだろう。


 人の気持ちなんて、はたから見たら全然わかんないなぁ。

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