174 謎の女の子

 疲れていたのか、フレスさんは部屋に戻るとすぐにベッドに横になって眠ってしまった。

 寝る前にお喋りしようと思ってたから、ちょっと残念。


 万が一のことなんてないと思うけど、一応ビッツさんのベッドは部屋の反対側に移動させてもらった。

 フレスさんが窓側で、私がその隣。

 三人部屋って言ってもずいぶん広いから、これなら布団を借りれば五人全員でも寝れたかもしれない。

 まあ、今ごろジュストくんたちは向こうで楽しくやってるでしょう。


 寝息を立てるフレスさんを見ていたら私も眠くなってきた。

 ビッツさんはいつ帰ってくるか言わなかったし、明日もまた移動しなきゃいけないから、私も寝ちゃおうかな。


 久しぶりのフカフカベッド。

 倒れこんで枕に顔を埋めた時、ふいに違和感がした。


 何だろう、これ。

 体の奥が疼くような感覚……

 あ、わかった。


 ビッツさんが輝攻戦士の力で訓練してるんだ。

 離れていても私の輝力は彼と繋がっているから、彼が力を使えば私の中の輝力も反応する。

 意識を集中してみれば、隷属契約スレイブエンゲージをした相手の大体の居場所も把握できる。


 最初にジュストくんとしたときは敏感に感じたけど、今じゃすっかり慣れてしまったので、今じゃこんな風にリラックスした時にしか意識しない。意図的に集中すればわかるんけど。


 気になるほどでもないし、寝ちゃおうか。

 ……って、私が寝ちゃっても輝攻戦士契約って続くんだっけ?


 いや、前に私が気絶しちゃったら、ジュストくんの輝攻戦士モードが解除されちゃったことがあった。

 ってことは、起きてなきゃダメかぁ。


 いや、訓練はビッツさんが勝手にやってることだし、私が起きてなきゃいけない義理もないんだけど。

 言っておかなかった私も悪いし、少しくらい付き合ってあげよう。

 ただし二時間経っても続けてるようなら寝ちゃうからね。


 私はフレスさんのバッグから、彼女が暇つぶしに持ってきた小説を借りて読むことにした。

 それにしてもずいぶん沢山持ってきたな……

 馬車があるとはいえ、これじゃ荷物になって重いだろうに。

 あ、『深緑の聖女』がある。

 フレスさんもこれを読んで輝術師に憧れたりしたのかな?


 そんなに起きてるつもりもないので、一番薄い本を手に取った。

 恋愛物の短編集。意外と面白くてすっかり夢中になっちゃった。

 結局最後まで読んでしまい、気がついたら二時間以上も経っていた。


 そろそろ寝ようかと思って本をカバンに戻したところで、さっきとは別の違和感に襲われた。

 今度の原因はすぐにわかった。

 ここ数日、毎日同じような感覚を鮮明に味わっているから。


 ……エヴィルが近くにいる!


 方向は村の外れ、馬車を泊めてある方とは逆の入り口側だ。

 ビッツさんもその近くにいる。

 フレスさんは寝ちゃっているし、ジュストくんたちの泊まっているもう一つの宿はここから遠い。

 相手は一匹だけみたいだし、結界があれば村の中には入れないから、追い払うだけなら私とビッツさんの二人でも何とかなるかもしれない。


「よし!」


 私はズボンだけ動きやすいものに履き替えて、宿を出た




   ※


「ルー?」


 建物から出たところで、ジュストくんと会った。


「どうしたの、こんな夜中に」

「ジュストくんの方こそ、どうして? ザトゥルさんの所に泊まってたんだよね」

「ちょっとね、嫌な予感がして様子を見に来たんだ。うまく言えないけど、ルーが不安を感じているような気がして。ダイは気のせいだって言ってたけど……」


 私が? 不安そう?

 あ、もしかして。


 私が遠く離れたビッツさんの感覚をなんとなくわかるように、同じく隷属契約スレイブエンゲージをしたジュストくんも、私のことがなんとなくわかるのかもしれない。


 今のジュストくんは輝攻戦士化していない。

 けど、輝力を操る天才の彼だから、普通じゃ気付かない感じに気付いたのかも。


 離れていても、二人は繋がっている。

 なーんて……

 ちょっと、きゅんってしちゃったり、


 わーわー!

 だめだめ、旅の間はそういうのはお休みです!

 ビッツさんともフレスさんとも約束したんだから!

 私だけ抜け駆けなんて、そんな卑怯なことはできません!


「それで、どうかしたの?」

「べ、べべ、別にたいしたことじゃないよ。ちょっと、村の外れにエヴィルが現れただけだし……」

「……それ、大変なことだよね?」

「そうだよ! 大変なんだよ!」


 私はしょうきにもどった!

 のぼせてる場合じゃない、急がないと!


 私はジュストくんに触れて輝攻戦士化してもらい、急いでエヴィルの気配がする場所に向かった。




   ※


「ビッツさん!」


 村から出たところの林の手前で、私たちはビッツさんの姿を発見した。

 やっぱり力の制御に苦労しているのか、体中泥まみれになっている。


「二人とも、こんな夜中にどうした? 私の事は心配いらないから先に眠っていてくれ」


 努力している姿を見られたくないのか、ビッツさんは少し気恥ずかしそうに言った。

 やっぱり彼は私が寝ると輝攻戦士状態が切れちゃうことを知らない。

 ジュストくんと違って私の違和感にも気付かないみたい。


「エヴィルが近くに来ているらしいんです」


 ジュストくんが言うと、ビッツさんの顔つきが変わった。

 彼もまた危機に対処する戦士の表情になる。


「数は? どっちの方角だ」

「一体だけ。あっちの方から」


 私は奥の林を指差した。

 こっちに近づいてはいるけれど、まだ少し距離はある。


「ダイやフレスは?」

「まだ寝てると思う。ジュストくんとは偶然会ったの」

「接近を予知したのはどれくらい前だ?」

「うーん、五分くらいかな?」

「とすれば妙だな。エヴィルのわりには動きが遅い」


 それは私も思った。

 私はそれほど遠くのエヴィルを察知できるわけじゃない。

 馬車での移動中に残存エヴィルと出会うときも、大抵は感知した数秒後に敵が現れるっていうパターンが多かった。


 今回は宿からここまで来るのに、ずいぶん時間が掛かっている。

 偶然ジュストくんと一緒になったけど、本当は一人で来るつもりだったのも、もう一つの宿まで行ってたら間に合わないと思ったからだ。


「たった一体というのも気になるな。迷い込んだわけでもあるまい」

「確かに、小さな村とは言え、結界はありますしね」


 村にエヴィルが単独で近づいてきたところで被害が出ることはまずない。

 とすれば、考えられる原因は。


「ビッツさんが輝攻戦士の練習してたからじゃないかな」


 ここはすでに村の結界の外。

 彼の輝力に釣られてエヴィルがやってきた可能性は十分にある。

 私たちがよく襲われるように、エヴィルは輝術師などの、強い輝力を持つ人に引き寄せられる習性があるらしい。


「ああ、なるほど。迂闊だったな、夜中の練習も考え物か……仕方ない」


 ビッツさんは剣を置き、火槍に火薬と弾丸を詰め始めた。


「相手は一体だけなんだし、練習の成果を試さないんですか?」

「エヴィルを呼び寄せた責任は取る。そなたたちにもこれ以上の迷惑はかけられん」


 その辺は変に真面目なんだね。

 まあ、村にエヴィルを近づけないことが第一なのは賛成。


 火槍を使ったときのビッツさんの強さは知っている。

 ジュストくんも剣は抜かず、彼に任せるつもりみたいだ。

 一応、私は彼の後ろでいつでも戦えるように待機しておく。


 林の奥のほうに意識を凝らす。

 がさり。

 茂みが動き、何かが林から出てきた。

 ビッツさんが火槍を構え、狙撃体勢に入る。

 私は現れたエヴィルに注意を向け――


「う、撃たないでください」


 茂みから現れた影を見て、ビッツさんの動きが止まる。


「人間……?」


 それは、人間の女の子だった。

 背は私より少し低く、ショートブロンドの髪が月の光を浴びてキラキラと輝いている。


「あ、あの。私、道に迷って、村を探してたら明かりを見つけて……」


 女の子は今にも泣きそうな表情で震えている。

 ビッツさんは気まずそうに構えていた火槍を降ろした。


「そ、そうか、すまなかった。ともかくここは危険だ。早く村に入るといい」


 ビッツさんは火槍を傍の木に立てかけ、震えている女の子にゆっくりと近づいた。

 女の子が安心したように表情を緩ませる。


「こんな所で迷子……?」


 ジュストくんが眉根を寄せて呟いた。

 確かに怪しい。

 真夜中に、こんな若い女の子が森の中に?

 いったいどういう状況で……

 はっ。


「ビッツさん、その人から離れて!」


 私はとっさに叫んだけれど、遅かった。

 女の子が物凄い速さでビッツさんに飛びついた。

 その白くて細い腕が彼の首筋に絡みつく。

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