173 恋愛禁止協定

「え……五人分の部屋、空いてなかったんですか?」

「三人部屋が一つ。それ以外は、ベッドのない物置のような部屋しか空いていないそうだ」


 宿の前で困った顔をしながら待っていたビッツさんに声をかけると、そんな事情を説明された。


「すまない。自ら引き受けた役目も完遂できぬとは……」

「い、いや。ビッツさんのせいじゃないですよ」


 最初から部屋が空いてなかったんじゃ誰が行っても同じだし。

 というか、私たちは雑用を彼に任せすぎかもしれない。


「布団は余っているらしいが、男女で相部屋をするわけにはいくまい」


 流石に王子様だけあって、その辺りの考えは紳士的だ。

 私は別に構わないけど、狭い部屋の床にすし詰めは男の子三人がかわいそう。

 とは言ってもやっぱりベッドで寝たいとは思うし……

 さて、どうしたものか。


「だったら僕はいいよ。ザトゥルさんの所に行くから」

「ザトゥル氏とは?」


 ジュストくんはビッツさんにさっきのできごとを説明した。


「なるほど。だが、それでもこちらの問題が解決したわけではないぞ」

「だったらオレもそっちに行く」


 ダイは頭の後ろで手を組んでニヤニヤしている。


「問題ないだろ? ジュストの師匠ってやつがどんなもんだか、オレも見てみてーしな」

「あ、うん。僕は構わないよ」

「じゃあ決まりだ。オレもこっちに行くから」


 図々しいことにダイは強引に決めてしまった。

 まあ、ジュストくんも嫌そうではないけど。


「それじゃ解決だね。ザトゥルさんの宿にダイとジュストくんで、こっちの三人部屋に私たち三人」


 ジュストくんがいないのは寂しいけど、久しぶりに会った恩人さんに会いに行くなら仕方ないよね。

 せっかくの水入らずなのに、ダイは相変わらず空気読まないけど。

 ともあれ、これで解決……

 と思いきや、ビッツさんが反対した。


「いや、やはり男女同室は良くない。私は別の部屋で寝る」

「物置みたいな部屋しかないんでしょ? 別に私は気にしないから……」


 と、そこまで言って私はフレスさんの意見を聞くのを忘れていた。

 私は良くても、彼女は嫌がるかもしれない。


「あのフレスさん、ビッツさんと同じ部屋でもいいかな?」


 フレスさんは上の空で何かを考えているようだった。


「フレスさん?」

「え、あ、はい!」

「ビッツさん、部屋がないみたいだから同じ部屋でいいよね? 変なことは絶対にさせないから」

「あ、私は構いませんけど……」


 よかったよかった。

 雑用を押し付けておいて、当の本人は物置行きなんて可哀想すぎるもんね。


「というわけで、一緒の部屋ね。そのかわり、着替えのときは外に出てもらうけど。変なコトしたら私とフレスさんで丸焼きの氷漬けにしちゃうから」

「う、うむ」


 しぶしぶだけど、納得してくれたみたい。

 もちろん、言ってみただけで、彼が変なことするなんて思ってないけどね。


「じゃあまた、明日ね」

「うん。また明日」


 私たちは手を振って別れると、それぞれの宿に向かっていった。




   ※


 宿に入ると、さっそく旅の汚れを洗い流すために浴場へ。

 たっぷり一時間はお湯に浸かってから部屋に戻ると、荷物を担いだビッツさんと入れ違いになった。


「あれ、どこ行くんですか?」


 お風呂に入りに行くにしては荷物が多い。

 剣なんか持っていく必要ないでしょう。


「外へ出てくる」

「いや、だから私たちなら気にしないってば」

「そうではないよ」


 ビッツさんはふっと笑いながら言った。


「ちょっと訓練を行おうと思ってな」

「訓練?」

「知っての通り、私は前衛としてはあの二人に及ばない。火槍を手に入れたことでなんとか役に立ってはいるが、いざという時に足手まといにならぬため、輝攻戦士本来の戦術も練習しておきたいのだ」


 ビッツさんが他の二人に比べて輝攻戦士として未熟なのは、別に彼が悪いわけじゃない。

 ジュストくんは何千人に一人かの才能の持ち主だし、ダイは輝攻戦士になってから結構な年季がある。

 生身での剣術ならビッツさんもかなりの腕前だし、狙撃手として十分に戦力になってるから、気にすることはないと思うんだけど。


 ……っと、そうだ。

 ちょうど良い機会なので、私は彼に伝えたいと思っていたことを話すことにした。


「ねえ、ビッツさんさ」

「なんだ?」

「あのさ、前に言ったじゃない。その、ビッツさんが、私のことを、その、あの、ええと」


 ああ、口にしようとすると恥ずかしい。


「私がそなたを好きだと言ったことか?」

「あっ、やっ」


 そ、そう、そのことなんだけど。

 そんな風にハッキリ言われると照れちゃうってば。


「そ、そのことなんだけどね」


 こうしてハッキリ言われても、正直まだ信じられない。

 だって、私なんかがそんな風に、男の人から言ってもらえる事って、今までなかったし。

 嬉しくないかと言えば、そんなことはない。

 でも。


「できたら、この旅の間、そういう恋愛とかの話はナシにしたいなと思ってるんですけど……」

「ふむ、どういうことだ?」

「ほら、ずっと五人でやっていくわけでしょ? だから、誰かと誰かが付き合うとかそうなったら、気まずい雰囲気になっちゃうかも知れないし」


 これはビッツさんに対してだけじゃなく、ジュストくんに対してもそう。

 例えばハッキリと彼に「好きです」なんて言って、断られたらしばらく立ち直れないと思う。


 今の私たちに必要なのは、無事に新代エインシャント神国へと辿り着くこと。

 余計なことをして仲間同士の信頼関係にヒビを入れたくない。


 もし仮に、仮にだけど、仮定の話だけど。

 私が原因で、男の子たちが争ったりしちゃったりするのも、やっぱり嫌だし。


「なるほど。そういうことなら、そなたの言うとおりにしよう」


 ビッツさんは頷いて、私の提案を受け入れてくれた。


「私にとっても今は己を鍛え直す時だ。犯した罪への償いもある。恋にうつつを抜かしている暇があったら、少しでも自分自身を磨かなくてはな」

「将来は立派な王様になるために?」

「無論それもある。どちらにせよ、父上が健在なうちは二十五になるまで王位は継げぬがな」

「え、ビッツさんっていまいくつなんですか?」

「この夏で二十二になる」

「へえ、以外と年上なんだ。もっと敬意を払った方がいいですか?」

「からかわないでくれ。年上だからと偉そうに振舞うつもりはない。ひとりの仲間として接してもらえればうれしく思う」

「うん、わかった」


 一時はどうなることかと思ったけど、とりあえず心配事の一つは消えたかな?

 どっちかというと棚上げしただけって感じかもしれないけど。


 でも、やっぱりビッツさんの気持ちには応えられないと思う。 

 だから私はせめて彼が立派な王様になれるよう応援したい。


「生き残った狼雷団員たちも、今は償いのため国で労役に服している。父が上手く取り計らってくれたおかげだ。以前は穏健主義特有の甘さが気に入らなかったが、やはり王の器とは万民から慕われるようになってこそ……おっと、話し込んでしまった。そろそろ良いか?」


 ビッツさんが時計をちらりと見た。

 修行しようとしたところなのに、ずいぶん引き留めてしまったみたい。

 

「じゃあ、頑張ってくださいね」

「ああ。それで、悪いのだが……」

「うん」


 私はビッツさんの手に触れ、輝力を分け与えた。

 輝攻戦士の証である輝粒子が彼の周りを舞う。


「ありがとう」

「いえいえ、疲れたらいつでも戻ってきてくださいね」


 手を振って見送る。

 ビッツさんは輝攻戦士の力を暴走させないため、壁に手をつきながらゆっくりと歩いて行った。


「王子様なのに努力家なんて、偉いですよね」

「わっ、びっくりした」


 気がつけばいつの間にか隣にフレスさんが立っていた。

 彼女は尊敬のまなざしで歩いていくビッツさんを見ていた。

 ひょっとして、さっきの話も聞いてた?


「それより」


 なぜかにっこり笑ってこっちを向くフレスさん。

 笑顔なのに、すごく怖いのは気のせい?


「ルーチェさんは相変わらずモテモテですね」

「も、もてもてって……」

「本人は否定してたけど、きっとジュストもあなたのこと好きですし」


 え? ジュストくんが?

 そうかな? そうかな?


「あと、キリサキさんもあなたのこと好きですね、絶対」

「あぶっ!」


 私は立ったまま何かに足を引っ張られたようにすべって転んで頭を打った。


「な、なに言ってるの!? ダイのどこを見ればそんなこと……」

「あんなに気兼ねなく話してるじゃないですか。二人とも遠慮なく言いたいことを言い合ってますし、よっぽど信頼しあってないとああはできませんよね」

「ありえない! あってはならない!」


 い、いや、確かにダイ相手だと遠慮なく話せるけど。

 けど、本当に……?

 ダイのあの憎らしい態度も、ひょっとしたら照れ隠しだったりして……


 ぶんぶん。

 ないから、あのお子様に限ってそんなことはありえないから。

 フレスさんは大げさに驚いたような顔で口元に手を当てていた。


「これが、逆ハーレム……」

「だから、そういうんじゃないから」

「誰にするか決めてるんですか? それとも全員囲っちゃうんですか?」


 囲うとか言うんじゃありません。


「あのね、フレスさん。さっきビッツさんとも約束したんだけど……」


 下手に誤解されたままだと彼女が原因で問題が発生しそう。

 なので私はフレスさんにもはっきり言っておくことにした。


「この旅の間は好きとか付き合うとか、そういう恋愛話はナシにしようって思ってるから」

「え、なんでですか?」


 良く意味がわかっていないようで、フレスさんは可愛く首をかしげた。


「ほら、みんなで旅してるんだし、特定の人とだけ仲良くして、雰囲気が気まずくなっても困るし」

「本人達が愛し合ってるならそんなこと関係ないと思いますけど」

「ダメです。私たちは修行しながら新代エインシャント神国へ向かうって目的があるんだから、恋愛とかは世界が平和になってから、その時にってことで」

「ルーチェさんは真面目に考えてるんですね」


 フレスさんはちょっと困ったようにため息を吐いた。


「そうですよね、大事な使命があるんですもんね。ちょっと軽薄でした」

「そんなことないよ。私はフレスさんがいてくれて助かってるって」

「本当に?」

「本当のほんとう。フレスさんって器用だし、女の子がいたほうが色々と話もできて楽しいし」

「……そうですね、ともだちですもんね」


 フレスさんは納得したようにうんうんと頷いた。


「なんだか皆がルーチェさんの事と好きになる気持ち、わかっちゃうかも知れません」

「えっ」

「安心してください。仲間の和を乱すようなことはしませんから」


 そう言ってフレスさんはにっこりと邪気のない笑顔を浮かべた。

 なんだか、フレスさんって話すたびに不思議な一面を見せてくれる気がする。

 私、まだ彼女のことよくわかりません。

 ま、まあ、納得してくれたようでよかったの……かな?

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